森の里
「見えたぞ、あれが私達の里だ」
「おお・・・・・」
カラン捜索に出た集団と別れてからしばらく。もうすぐ辺りが夕日で赤くなるだろうかという頃に、突然、巨木と草花で鬱蒼としていた森が開けた。
ブンザバンザ達の眼前には今、明らかに人の手によって整備された土地が広がっている。視界を遮る木々は除かれ、元は凸凹だったであろう足場は歩きやすいようある程度までならされている。その土地の奥には、太く木材を幾つも組み合わせて作られた高い壁のようなものが見えた。ブンザバンザの故郷にあったものよりずっと大きな櫓が二つ壁の上からにょっきりと顔を出し、その櫓二つの下、挟まれる位置に壁の半分ほどの高さで両開きの門が付いているのが見える。あそこから入るようだ。
「でかい壁だなあ・・・いかにも堅牢って感じでかっこいいな」
「そうかな?壁に関しては無骨すぎて、私はあんまり好きじゃないなあ・・・魔獣の被害を抑えるために不可欠だから、文句ばかりも言えないが」
背後から苦笑めいた声が聞こえる。故郷で見たどんな建物より大きな壁の迫力にブンザバンザは見惚れてしまうが、住人であるカランは何も感じていないようだ。しょっちゅう見ているのだろうから当然と言えば当然なのかも知れない。
と、視界に入っていた二つの櫓の上にそれぞれ一人ずつ、弓を持った人物が立っているのが見えてきた。向こうもこちらを視認したようで、矢を緩く番えている。タロは少しずつ速度を落とし、櫓に立つ者の顔が分かるぐらいの位置で止まった。
「何者か!」
予想通りの誰何の声が頭上から響く。喋っているのは灰色の毛がもっさりと生えた、猫と熊を合わせたような顔の人物だ。背がブンザバンザの半分ほどしかなく、声を聞く限りは男性。
ブンザバンザの知らない種族だろうか。質問したいが今は間が悪いだろう。もう一人の見張りはカランと同じ精霊人の男性で、矢の先端をブンザバンザ達に向け狙いをつけている。
ブンザバンザはタロの首筋を軽く撫で、身体を横に向けるように促した。タロの姿勢が変わったところで今までブンザバンザの後ろに隠れてしまっていたカランが相手に手を振って声を上げる。
「クジム!私だ、カランだ!」
「カラン!?」
どうやら毛むくじゃらの人物はカランの知り合いのようだ。表情はブンザバンザには判断がつきにくいが、声色を聞くに驚いているのだろう。精霊人の方も目を見開いて弓を降ろした。
「無事だったか!」
「この通りだ!捜索隊とも会った、この後戻ってくる。こちらの方はここまで助けて下さったブンザバンザ殿だ、一緒に入れてくれ!」
「分かった、今開ける!おいカランが戻ったぞ!門を開けろ!」
クジムと呼ばれた男性は門の裏にいるのであろう誰かに向かって声を上げている。こういう時は知らない顔がいたらもっと警戒されるものだと思っていたが、これもカランの人徳のおかげだろうか。
やがて両の扉が内側に向けて開き始める。
「よし、ブンザバンザ、これで入れるぞ」
言われ、ブンザバンザの指示を待つこともなくタロが門をくぐるべく歩きだした。タロに乗ったままでもまだまだ高さに余裕のある門をゆっくりと通過すると、ついにカランの住む里、ブンザバンザの知らない人の世界が姿を現した。
幼少のブンザバンザが老人達にもらって読んだ本には、精霊人は見上げるような巨大樹の枝上や洞の中に住居を拵えると書いてあった。だがこの里はそのような話からは離れ、随分と人っぽい。
継ぎ目のほとんど無い薄茶色の壁は、粘土で作られているようだ。その壁で作られた円柱の上には人の体ほどもありそうな巨大な葉、それを乾燥させ沢山積んだ屋根が円錐状に乗っかっている。
丸くくり抜かれた穴に葉の日除けをつけた窓に、更に大きくくり抜かれた円に丸い戸を嵌め込んだ扉。
全体的に丸っこい印象の家屋。それが視界の奥、いたるところに建てられている。
ブンザバンザの故郷では粘土は貴重だったので、家屋に使うという発想自体が新鮮だ。
「カラン!」
ブンザバンザが家屋群をしげしげ眺めていると、先程カランと会話していた男性が櫓の梯子から降りてきた。それに応じてカランもタロの背から降り、男性の方に歩いて行く。
「クジム」
「よく戻ったな。お前が一人で囮になったと聞いた時はそりゃあ皆で騒いだもんだ」
「心配かけた、ご覧の通り生きてるよ」
「何よりだ。それで・・・」
男性はタロに乗ったままだったブンザバンザを見やる。このままでは失礼になりそうだ、とブンザバンザもタロから降り、男性に歩み寄った。
「ブンザバンザだ。旅の途中、縁あって彼女と行動している」
「彼には危ないところを助けられた。私の恩人だ」
「そうか・・・俺はクジムだ。この里の守備隊を指揮している。里の者を助けてくれて感謝する」
クジムはそう言って手を差し出してきた。ブンザバンザは灰色の毛でもっさりな手に自分の手を合わせ握手を交わす。肉球のような感触がした。
「クジム、あんたみたいな見た目の人とは初めて会う。なんて種族だい?」
「俺か?俺は『擬猫人』だ。」
擬猫人。ブンザバンザは聞き覚えがあった。確か昔話に出てきた猫の姿の妖精がそんな名前だった筈だ。
実在したのかと、精霊人の存在を知った時同様目を丸くするブンザバンザ。
「種族と言うならあんたもだ。その顔・・・豚人、でいいのか?」
「そうだが、この里にも豚人はいると聞いてる。珍しいもんでもないんじゃないのか?」
「いや・・・」
「カランさん!」
会話しているとまた別の人物の声がしたので振り向く。見ればあちこちから人影がいくつも現れこちらに近づいてきていた。
精霊人、クジムと同じ擬猫人、擬猫人に似ているがどちらかと言うと犬っぽい特徴の種族、鉤鼻人、鉤鼻人が大きくなったような赤褐色肌の種族、二本足で立つ爬虫類のような種族、腕に翼がくっついた種族。
視界に入る半分以上がブンザバンザの知らない種族のようだ。
「壮観だ・・・」
「ブンザバンザ?どうした?」
「いや、こっちの話だ」
「カランさん!カランさん!」
「チュリ!帰ったよ!」
近づいてきた人の群れの中から、ひと際小さな影が駆け出てくる。黒い長髪をカランそっくりにまとめた精霊人の少女だった。少女は満面の笑みでカランの飛びかかるように抱き着き、カランも笑顔で少女を抱き返した。温かい雰囲気からは二人の仲の良さがうかがえる。
「あんたの娘さんかい?」
「あっはは、違う違う。友人の娘だよ、仲良くしてくれてるんだ」
「カランさんおかえりー!」
「ただいま。ほらチュリ、こちらはお客さんだよ」
「!豚さん!」
「あっ、こら!」
カランが焦って少女の口を押さえようとするのを、ブンザバンザは大丈夫だと身振りで伝える。トロゥという男がこちらをそういった時も感じたが、やはりこの里で人に向かって豚と言うのはあまり褒められることではないらしい。しかしブンザバンザの故郷では豚を蔑称とする文化はないので、気になることは一つもない。豚人が豚に似ているのは事実であり当たり前だ。
「そうですよ、豚さんでございます、ってな。おじさん、ブンザバンザって名前なんだ。お嬢ちゃんの名前は?」
「わたしチュリだよ!」
「チュリちゃんか。カランの友達かい?」
「そう!カランさんと頭お揃い!」
「そうかそうか」
発言の一つ一つが力一杯で、まさしく子供といった風で可愛らしいものだ。いくら長命と名高い精霊人と言えど、このチュリがブンザバンザより年上ということはなさそうである。
「カランさん怪我したの?」
「したけど、大丈夫だよ。ブンザバンザさんが助けてくれたんだ」
「そうなの?おじさんありがとう!」
「どういたしまして」
そうしている間にも、後から後から里の住人が無事に帰ったカランに声をかけてくる。一部の人々はブンザバンザとタロのことを珍しそうに見つめていたが、ブンザバンザはその中にある種族を発見した。
「(丸い耳に、毛むくじゃらでない肌に、精霊人とは違って『魔』の匂いが薄い・・・もしかして石歩人か?)」
もし石歩人なら、当初の目的地だった石歩人の作ったという国について知っているかもしれない。落ち着いたら住人達に話を聞いてみようとブンザバンザは考える。
「皆、心配してくれてありがとう。私はこれからこの方と里長に報告に行くから、これで失礼するよ。ブンザバンザ、すまないが里長に紹介するから付いてきてくれるか」
「おう、分かった。タロは一緒でいいのか?」
「大丈夫だ。あとでタロが歩き回っても平気な場所に案内するから、とりあえずは一緒に行こう」
ゆっくり進むカランの先導に従って、ブンザバンザとタロは住人達の視線に囲まれながら歩きだした。




