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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺での惰性的な日々はエモい。
9/51

タイプ。

湊と滴。

男子高生オンリーの下校。


ようこそ、南沢寺へ。

「『夜と羊。』の新曲聴いた?」

「……あれ、そのバンド、滴好きだっけ?」

「紗奈に教えてもらってさぁー、ハマっちまったよ。ほら、あの、商店街の、雑貨屋……何だっけ、名前……」

「……『マッシュ』?」

「そうそう、『マッシュ』! あそこでよく流れてるよな」

「あぁ……うん、確かに」

「あっ、昨夜の、覆面男殺害の事件、『メリケンサックの悪魔』の仕業だってよ」

「……物騒だな、南沢寺」


幼馴染の滴とのたわいもない会話。いつもと変わらぬ下校。

アーチ状の門を潜り、南沢寺にある商店街、「南沢寺ストリート」に入る。


「湊、今日はよく、喋るな」


滴は物珍しそうな目をこちらに向けた。


「……まぁ、紗奈いないし」

「大丈夫かなー、紗奈」


いつもと変わらない下校だが、今日はもう1人の幼馴染、紗奈が学校を休んで不在だ。


「まだ、熱下がらないって?」

「あぁ、全然」


滴はスマホの画面を見ながら、頷いた。


「体調管理も出来ないなんて、紗奈は馬鹿ですねー」


この場に紗奈がいたら滴は確実に殺されていただろう。


「あっ」と何か思い付いたような顔をすると、滴はスマホをポケットにしまった。


「……何?」

「いやさ、せっかくだから、男2人でしか出来ない話でもしちゃうか?」


いや、いい。別にしなくていい。


「裸で語り合おうぜ」


正気か。商店街だよ、ここ。


「んーだよ、その顔。別に下ネタじゃないからな」


滴から下ネタを奪ったら一体何が残るんだ? 茶髪か? 茶髪しかなくなるのか?


「意外、って顔しやがって。あのな、俺は下ネタ以外にも話せるぞ、沢山な」


学校じゃ、ち◯こ、おっ◯い、う◯こ……と小学生が言いそうな下ネタしか言ってないけどな。同じ高校生として恥ずかしい。


「女性のタイプ教え合いゲーム! ひゅうぅーっ!」


1人盛り上がる滴。

下ネタじゃないにしろ、そういう系か。


「どんな女性がタイプか教え合うってゲームだ。簡単だろ?」


そのままだな。


「……拒否権は?」

「ない!」


いい笑顔だな。


「じゃあー、まずは髪型だなー。湊はどんな髪型の子が好きなの?」


このゲームに一体何の意味があるのか分からないが……まぁ、別にいいか。僕達の下校なんて元から何の生産性もない。


「……ポニーテール、かな」


「ほほう」と、滴は意味ありげに微笑んだ。

何だよ。


「……滴は?」

「俺はなぁ、俺はーんー……似合う人なら、ツインテールがいいけど、そんな奴そうそういないし、まぁ、ショートヘアーかなぁー」


このゲームの考案者の割に結構、悩むんだな。


「次はー、身長にするか。高い方がいい? 低い方がいい?」


身長……考えてもみなかった。まぁ、そんな身長が違うことに利点を感じないし、


「同じぐらい、かな」


「ほっほぉー!」と、またもや意味ありげに微笑む滴。

何なんだ、本当に。


「滴は?」

「俺はね、俺はやっぱ、低い子がタイプかな。身長差で弄って怒られて叩かれたい、ぐふふふ」


何だ、ただのドM変態野郎か。

それに、


「滴……そんな身長高くないでしょ」

「止めろや! 気にしてんだよ!」

「……ごめんな。反省してる」

「感情込めろや!」

「ごめんって」


滴は一旦深呼吸をして、落ち着いた。


「さぁ、第3問! ででん!」


切り替え早いな。


「性格のタイプは?」


性格、か。

こう見えて、甘えたい気持ちはある。死んだ顔して何言ってるんだと思われるかもしれないが。その気持ちに答えてくれる人がいい。優しく叱られたり、注意されたり、なでなでされたり……そう考えると、僕も、変態なのかもしれない。


「……優しく包んでくれる年上、みたいな人かな」

「ほっほぉっー!」


もう、滴のこのリアクションは無視する。


「滴は?」


滴は眉間に皺を寄せて考え出した。


「俺はぁ、んーーー甘えん坊もいいしなぁ、でもなぁーんーーー……しっかり者がいいかなぁ。うん、すっごい、ちゃんとしてて、俺を世話してくれる感じ」


てっきり、凄いエロい子とか言うと思ってたけど、案外普通で驚いた。

滴は首を傾けた。


「何だよ、その顔」


素直に答えてみる。


「いや……あまりにも普通な回答で」

「誰が変態だよ!」


変態だろう、滴は。


「じゃあ、最後の質問!」


もう、最後か。意外と真剣に考えてしまった。果たして、何だろう、最後は。


「おっぱいのタイプ!」


最低だな。


「おっぱい! おっぱい! 1番大事だぞ! おっぱい!」


間違いない。滴は正真正銘の最低だ。

……胸。ないよりは、ある方がましか。うん、僕はある方が好きかもしれない。ただ高望みし過ぎず、現実にありそうな……。


「……Cカップかな」


滴は細めた目をこちらに向けた。


「何だよ……その目」

「いや、割とこだわりあるんだな、って」


カップ数で答えるのってこだわりに入るのか。


「湊のことだからさ、何でも、とか、小さくなきゃいい、みたいに答えるかと思ってたわ」


そんなんでいいのかよ。何か恥ずかしいよ。


「……じゃあ、滴は、どうなんだよ」


大体予想はつくが。


「まぁ、そう焦るな、少年」


別に焦ってはいない。


「巨乳、かな」


まぁ、そうだろうな。

だが、そこで滴は終わらなかった。


「前までならそう答えていたかもしれない」


ん?


「でも、大事なのはそこじゃないんだ」

「……ど、どういう意味?」

「大事なのは……」

「大事なのは?」


一呼吸置いて滴は口を開いた。


「大事なのは、敏感さ、さ」


あぁ、本当に最低だな。心から清々しい程思った。この思いに誤りはない。今度、紗奈に処刑してもらうことを決めた。


「え? 何? 理由を聞きたいって?」


言ってない。むしろ、全力で耳を塞ぎたい。

滴は得意げに続けた。


「やっぱり、巨乳でもリアクションが欲しいわけ。揉んだ時の」


童貞が何を言ってるんだ。


「揉んだら俺は、柔らかい、気持ちいいなって思う。でも、相手が感じなかった場合、俺の一方的な楽しみになってしまう。それなら、貧乳で敏感な方がいい。揉み心地が少し足りなくても相手にも気持ちよくなって欲しい。乳首を触られて赤い顔して恥ずかしそうな声で喘いで欲しい。その光景で俺も更に興奮するし、相手も気持ちいいし、ウィンウィンだ」


止めてくれ。ここは商店街だ。僕まで一緒にされる。


「だから、僕は敏感じゃない巨乳より、敏感な貧乳を取る!」


巨乳が敏感じゃないって誰も言ってないけどな。

ちょうど、「南沢寺ストリート」を抜けて、分かれ道に差しかかった。

僕はこのまま前に進み、滴は右の道に進む。


「……じゃあ」


僕は真っ直ぐ歩き続けようとした時、


「お姉さんだろ」


滴の声が背後から飛んできた。


「……何が?」


僕は思わず、振り向いた。

滴は立ち止まってニヤニヤと笑っていた。


「お姉さんだろ」滴は同じことを言うと、続けた。「ポニーテール、同じぐらいの身長、優しく包んでくれる年上みたいな人、Cカップ……まぁ、さすがに胸の大きさまでは知らないけど、それぐらいじゃなかったっけ?」


ふっ、と僕は鼻で笑ったが、否定する言葉が出てこなかった。


「まだ、好きなんだな、お姉さんのこと」

「さぁ、どうかな」


僕は前を向き直し、再び歩き始めた。


「お姉さんの熱、下がるといいな! お大事に! じゃあな!」


そう、僕のお姉ちゃんも今、熱で寝込んでいる。

チラッと後ろを見ると、違和感を覚えた。

右に曲がる筈の滴が、紗奈の家がある左に曲がっていた。

思わず、口角が上がってしまった。


「……お互い様だな」


ショートヘアー、低身長、しっかりしてて世話してくれる、貧乳、敏感……かどうかは知らないけれど。

お互い、風邪、移らないようにな。

僕は早足で家を目指した。

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