タイプ。
湊と滴。
男子高生オンリーの下校。
ようこそ、南沢寺へ。
「『夜と羊。』の新曲聴いた?」
「……あれ、そのバンド、滴好きだっけ?」
「紗奈に教えてもらってさぁー、ハマっちまったよ。ほら、あの、商店街の、雑貨屋……何だっけ、名前……」
「……『マッシュ』?」
「そうそう、『マッシュ』! あそこでよく流れてるよな」
「あぁ……うん、確かに」
「あっ、昨夜の、覆面男殺害の事件、『メリケンサックの悪魔』の仕業だってよ」
「……物騒だな、南沢寺」
幼馴染の滴とのたわいもない会話。いつもと変わらぬ下校。
アーチ状の門を潜り、南沢寺にある商店街、「南沢寺ストリート」に入る。
「湊、今日はよく、喋るな」
滴は物珍しそうな目をこちらに向けた。
「……まぁ、紗奈いないし」
「大丈夫かなー、紗奈」
いつもと変わらない下校だが、今日はもう1人の幼馴染、紗奈が学校を休んで不在だ。
「まだ、熱下がらないって?」
「あぁ、全然」
滴はスマホの画面を見ながら、頷いた。
「体調管理も出来ないなんて、紗奈は馬鹿ですねー」
この場に紗奈がいたら滴は確実に殺されていただろう。
「あっ」と何か思い付いたような顔をすると、滴はスマホをポケットにしまった。
「……何?」
「いやさ、せっかくだから、男2人でしか出来ない話でもしちゃうか?」
いや、いい。別にしなくていい。
「裸で語り合おうぜ」
正気か。商店街だよ、ここ。
「んーだよ、その顔。別に下ネタじゃないからな」
滴から下ネタを奪ったら一体何が残るんだ? 茶髪か? 茶髪しかなくなるのか?
「意外、って顔しやがって。あのな、俺は下ネタ以外にも話せるぞ、沢山な」
学校じゃ、ち◯こ、おっ◯い、う◯こ……と小学生が言いそうな下ネタしか言ってないけどな。同じ高校生として恥ずかしい。
「女性のタイプ教え合いゲーム! ひゅうぅーっ!」
1人盛り上がる滴。
下ネタじゃないにしろ、そういう系か。
「どんな女性がタイプか教え合うってゲームだ。簡単だろ?」
そのままだな。
「……拒否権は?」
「ない!」
いい笑顔だな。
「じゃあー、まずは髪型だなー。湊はどんな髪型の子が好きなの?」
このゲームに一体何の意味があるのか分からないが……まぁ、別にいいか。僕達の下校なんて元から何の生産性もない。
「……ポニーテール、かな」
「ほほう」と、滴は意味ありげに微笑んだ。
何だよ。
「……滴は?」
「俺はなぁ、俺はーんー……似合う人なら、ツインテールがいいけど、そんな奴そうそういないし、まぁ、ショートヘアーかなぁー」
このゲームの考案者の割に結構、悩むんだな。
「次はー、身長にするか。高い方がいい? 低い方がいい?」
身長……考えてもみなかった。まぁ、そんな身長が違うことに利点を感じないし、
「同じぐらい、かな」
「ほっほぉー!」と、またもや意味ありげに微笑む滴。
何なんだ、本当に。
「滴は?」
「俺はね、俺はやっぱ、低い子がタイプかな。身長差で弄って怒られて叩かれたい、ぐふふふ」
何だ、ただのドM変態野郎か。
それに、
「滴……そんな身長高くないでしょ」
「止めろや! 気にしてんだよ!」
「……ごめんな。反省してる」
「感情込めろや!」
「ごめんって」
滴は一旦深呼吸をして、落ち着いた。
「さぁ、第3問! ででん!」
切り替え早いな。
「性格のタイプは?」
性格、か。
こう見えて、甘えたい気持ちはある。死んだ顔して何言ってるんだと思われるかもしれないが。その気持ちに答えてくれる人がいい。優しく叱られたり、注意されたり、なでなでされたり……そう考えると、僕も、変態なのかもしれない。
「……優しく包んでくれる年上、みたいな人かな」
「ほっほぉっー!」
もう、滴のこのリアクションは無視する。
「滴は?」
滴は眉間に皺を寄せて考え出した。
「俺はぁ、んーーー甘えん坊もいいしなぁ、でもなぁーんーーー……しっかり者がいいかなぁ。うん、すっごい、ちゃんとしてて、俺を世話してくれる感じ」
てっきり、凄いエロい子とか言うと思ってたけど、案外普通で驚いた。
滴は首を傾けた。
「何だよ、その顔」
素直に答えてみる。
「いや……あまりにも普通な回答で」
「誰が変態だよ!」
変態だろう、滴は。
「じゃあ、最後の質問!」
もう、最後か。意外と真剣に考えてしまった。果たして、何だろう、最後は。
「おっぱいのタイプ!」
最低だな。
「おっぱい! おっぱい! 1番大事だぞ! おっぱい!」
間違いない。滴は正真正銘の最低だ。
……胸。ないよりは、ある方がましか。うん、僕はある方が好きかもしれない。ただ高望みし過ぎず、現実にありそうな……。
「……Cカップかな」
滴は細めた目をこちらに向けた。
「何だよ……その目」
「いや、割とこだわりあるんだな、って」
カップ数で答えるのってこだわりに入るのか。
「湊のことだからさ、何でも、とか、小さくなきゃいい、みたいに答えるかと思ってたわ」
そんなんでいいのかよ。何か恥ずかしいよ。
「……じゃあ、滴は、どうなんだよ」
大体予想はつくが。
「まぁ、そう焦るな、少年」
別に焦ってはいない。
「巨乳、かな」
まぁ、そうだろうな。
だが、そこで滴は終わらなかった。
「前までならそう答えていたかもしれない」
ん?
「でも、大事なのはそこじゃないんだ」
「……ど、どういう意味?」
「大事なのは……」
「大事なのは?」
一呼吸置いて滴は口を開いた。
「大事なのは、敏感さ、さ」
あぁ、本当に最低だな。心から清々しい程思った。この思いに誤りはない。今度、紗奈に処刑してもらうことを決めた。
「え? 何? 理由を聞きたいって?」
言ってない。むしろ、全力で耳を塞ぎたい。
滴は得意げに続けた。
「やっぱり、巨乳でもリアクションが欲しいわけ。揉んだ時の」
童貞が何を言ってるんだ。
「揉んだら俺は、柔らかい、気持ちいいなって思う。でも、相手が感じなかった場合、俺の一方的な楽しみになってしまう。それなら、貧乳で敏感な方がいい。揉み心地が少し足りなくても相手にも気持ちよくなって欲しい。乳首を触られて赤い顔して恥ずかしそうな声で喘いで欲しい。その光景で俺も更に興奮するし、相手も気持ちいいし、ウィンウィンだ」
止めてくれ。ここは商店街だ。僕まで一緒にされる。
「だから、僕は敏感じゃない巨乳より、敏感な貧乳を取る!」
巨乳が敏感じゃないって誰も言ってないけどな。
ちょうど、「南沢寺ストリート」を抜けて、分かれ道に差しかかった。
僕はこのまま前に進み、滴は右の道に進む。
「……じゃあ」
僕は真っ直ぐ歩き続けようとした時、
「お姉さんだろ」
滴の声が背後から飛んできた。
「……何が?」
僕は思わず、振り向いた。
滴は立ち止まってニヤニヤと笑っていた。
「お姉さんだろ」滴は同じことを言うと、続けた。「ポニーテール、同じぐらいの身長、優しく包んでくれる年上みたいな人、Cカップ……まぁ、さすがに胸の大きさまでは知らないけど、それぐらいじゃなかったっけ?」
ふっ、と僕は鼻で笑ったが、否定する言葉が出てこなかった。
「まだ、好きなんだな、お姉さんのこと」
「さぁ、どうかな」
僕は前を向き直し、再び歩き始めた。
「お姉さんの熱、下がるといいな! お大事に! じゃあな!」
そう、僕のお姉ちゃんも今、熱で寝込んでいる。
チラッと後ろを見ると、違和感を覚えた。
右に曲がる筈の滴が、紗奈の家がある左に曲がっていた。
思わず、口角が上がってしまった。
「……お互い様だな」
ショートヘアー、低身長、しっかりしてて世話してくれる、貧乳、敏感……かどうかは知らないけれど。
お互い、風邪、移らないようにな。
僕は早足で家を目指した。




