夜と羊。
湊の親友の1人、紗奈の憂鬱。
ようこそ、南沢寺へ。
寒くて暗いと、何だか憂鬱になる。
コートを着て、家を出る。
南沢寺は相変わらず、賑やかで、それでいて、落ち着いていて、懐かしい気持ちでいっぱいになる。
別に何かあったわけじゃない。むしろ、何もないから、何の生産性のない今日だから憂鬱になる。何の成長も出来なかった自分に。こんなに時間がある休日ならもっと読書なり勉強なり、将来の為に何か出来たのに。私は1日を無駄にした。スマホを弄って、目を酷使しただけだった。この身体の怠さは歓迎されたものじゃない。
南沢寺にある商店街、「南沢寺ストリート」に入る。立ち並ぶ小さな店の明かりが濃紺色の街を照らす。耳につけたイヤホンからは日々の惰性的な憂鬱を叫ぶ女性の歌が響く。「夜と羊。」という私の好きなバンドだ。主に南沢寺のライブハウスを中心に活躍している。歌の中の主人公を自分に置き換える。
憂鬱、夜、寒さ、行き交う人々、気怠さ、希死念慮。
南沢寺だからこそ感じることが出来る、この負のオーラ。私は嫌いじゃなかった。むしろ、大好きだった。憂鬱な時に、憂鬱の歌を聴いて、憂鬱で泣きそうになる。そんな、ドラマみたいな状況に酔っているのかもしれない。
「紗奈はいっつも幸せそうでいいよなー」
頭の中で幼馴染がヘラヘラしている。
それは私の全てを知らないからだよ、茶髪野郎。それに滴には言われたくないから。頭の中で勝手にキレる。私がいつも気が強い女子だと思っているなら大間違い。こうやって、憂鬱に酔いしれて泣きそうになることもあるのよ、馬鹿。
嫌だ嫌だ。何で、あいつのことなんて考えてるのかしら。
曲が終わると同時に、商店街を出た。
お腹は空いてない。歩き疲れてもいない。まだ、外にいたい。
私は少し先にある、「南沢寺パフォーマンス」という商店街を見据えた。あそこには、数々の小劇場、ミニシアター、ライブハウスが立ち並ぶ。表現者達の集まる場所だ。
私はスマホの画面をタップした。
よし、2曲目だ。
寒くて暗いと、何だか憂鬱になる。