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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺での惰性的な日々はエモい。
6/51

取引。

前回の続きです。


ようこそ、南沢寺へ。

家に帰ると案の定、まだお姉ちゃんはいなかった。

「友達と遊びに行ってくる」と昨日の夜、嬉しそうに言っていたのを思い出す。とても可愛いなと思った。でも、ちょっと寂しいとも。それを察してか、「夕食には帰ってくるから」と微笑んだ。お姉ちゃんに気を遣わせるのが嫌で「いいよ。夕食ぐらい、自分で用意するから楽しんで」と言ったのだが、お姉ちゃんは笑顔で首を振った。「誕生日は、湊とも過ごしたい」と。


「おかえりー、湊君」


その甘ったるい声で一気に気分は最悪になった。何でいる。今朝までいなかったのに。

そいつはソファーで踏ん反り返っていた。

僕を見ると、「よ!」と言って、右手を挙げた。


「……何でいるんですか」


ふっ、とそいつは鼻で笑った。


「何で、って俺達の家でしょ?」


俺達の家? 違う。僕とお姉ちゃんの家だ。早く出て行け。


「それに今日は、水帆の誕生日だし」


色瀬いろせ南。黒髪マッシュと気持ち悪いぐらいの甘ったるい笑み。バイトもせず、小劇場の舞台俳優をやっている。

お姉ちゃんの、元彼氏。

路頭に迷っているところを久々に会ったお姉ちゃんに誘われて一緒に住み始めた。


「所詮元彼氏のくせに、重いですよ。元彼女の誕生日祝うなんて」


お姉ちゃんもお姉ちゃんだ。元彼氏なんて放っておけばいいのに。


「冷たいなぁー湊君は」


それでも南さんの口が怖いぐらいに微笑んでいた。

僕は無視して自室に向かおうとすると、南は立ち上がり、急いで俺の前に立った。

僕は敢えて不快感を露わにしながら尋ねた。


「……何ですか?」

「まぁ、そんな顔しないでさ。……それ、水帆の誕生日プレゼントでしょ?」


南さんは手にぶら下げた紙袋を指差した。中央辺りには濃紺色で「マッシュ」と横書きされている。先程行った雑貨屋の店名だ。


「買えるお金がないから、割り勘とかして、自分も買ったみたいな感じにするつもりですか? 絶対に嫌ですけど。絶対にしないですけど」


そう言われても、まだ南さんは余裕そうに微笑んでいる。


「半分正解で、半分不正解」


何だかちょっと楽しそうだ。


「もったいぶらないで早く言ってください。時間が無駄過ぎます」

「りょーかい、りょーかーい」


南さんは冷蔵庫に向かって歩き出した。そして、前まで行くと止まった。

南さんは振り向くと、不気味に微笑んだ。


「取引をしよう」

「……取引?」


何を言っているんだ、この人は。


「なーに、簡単な取引さ」


俳優をやっているからだろうか、やけに喋り方が海外映画の吹き替えを聴いているみたいだ。


「この誕生日会は2人で企画したことにする。それだけ」


何が言いたいのだろう、この人。


「まだ、分かっていないといった感じだね。その様子だと」


やれやれといった感じで南さんは話を続けた。


「湊君。誕生日を祝うのに必要なものって何だと思う?」

「……祝う気持ち?」

「いや、まぁ、それも大事なんだけどさ……もっと具体的に」


具体的に?


「誕生日プレゼントと、ケー……あ」


致命的なミスに気が付いた。南さんが冷蔵庫の前に立った意味も。


「湊君、気が付いたみたいだねぇ。半分正解なのは、俺にはもうお金がない。冷蔵庫に入っているケーキで、水帆から貰ったお小遣いを使い果たした。そして、多分、湊君。君も同じ。プレゼントで使い果たした」


この際もう、何であんたまでお小遣い貰ってるんだよ、ってツッコミはしない。段々先が読めてきた。


「そして、気になる半分不正解は、君が買ったプレゼントを割り勘しようとしているわけじゃない。ケーキと君のそのプレゼント、俺達で用意したよ、ってことにしようって言ってるんだ。取引だ。ケーキとプレゼント、どっちも合って、誕生日パーティーの完成でしょ?」


確かに……そう言われればそんな気もする。きっと南さんのことだ。この取引に応じなければ、卑劣な手を使ってでもケーキの火を消す行事に参加させてもらえなくなる。僕はただ、プレゼントを渡して終わり。ケーキ食べたい。姉ちゃんとケーキ食べたい。


「取引、する?」


南さんが左手を差し出してきた。

悔しいが、僕は右手で彼の左手を握った。

南さんはにっこりと微笑んだ。涙袋が浮き上がる。


「交渉成立。完璧な誕生日パーティーにしよう。俺達のケーキと俺達のプレゼントで」


俺達、という言葉にやはり嫌気がさし、僕はすぐさま手を離した。そのまま、南さんを置いて自室に入る。南さんがソファーに向かう足音がドア越しに聞こえる。

現在時刻14時28分。

夕食は大体20時ぐらい。お姉ちゃんはきっとその1時間ぐらい前に帰ってきて料理を作る。

自室のドアに寄りかかり、天井を見上げる。

何が取引だ。何が交渉成立だ。何が俺達だ。

お姉ちゃんは僕だけの家族だし、誕生日パーティーだって僕とお姉ちゃんのだ。南さんの入る隙はない。

南さんの陽気な鼻歌が聞こえる。

考えろ。まだ、何かある筈だ。南さんが持ち出してきた取引なんかどうでもよくなる何かが。

カチカチカチカチカチ。

時計の針の動く音が、静かな部屋に響く。

現在時刻、14時30分。

お姉ちゃんが帰って来るまで、約4時間半。

まだ時間はある。

目を瞑り、必死で脳を回転させる。

僕は必ず、お姉ちゃんと誕生日パーティーをするって決めている。

カチカチカチカチカチ。

考えろ。時間はまだある。

水帆「結局、3人で仲よく誕生日パーティーをしましたとさ。めでたしめでたし」

南「ハッピーエンド♡」

湊「♡止めてください。気持ち悪い」

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