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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
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南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。

日常は突如、崩壊する。


ようこそ、惰性的でエモく、屑が蔓延る、「塵」だらけの南沢寺へ。

南沢寺は終わっていた。

抽象的表現ではなく、言葉通り。

崩壊していたのだ。南沢寺が。


「明日香! 明日香ぁっ!」


喉が痛い。

それでも叫び続けなければならない。


「明日香ぁっ!」


もうこれ以上、悪夢を見たくはないのなら。




耳を劈くような爆発音で目を覚ました。

初めは夢の中で聴いた音かと思っていた。

が、そうではないことはすぐに分かった。

悲鳴、怒号、絶叫、車と車がぶつかり合う音、また、爆発音。

まるで戦場にいるような感覚だった。

急いでベランダに出て、街を見下ろした。

自分の目を疑った。

殺し合っていたのだ、人と人が。それだけじゃない。自殺する者、レイプする者、発狂する者……。狂気が街を支配していた。

すぐに気が付いた。

いつも隣にいる彼女がいなくなっていた。

顔を洗う時間もパジャマを着替える時間も、全てが無駄に感じた。

家を飛び出し、街を走った。


「明日香! 明日香!」


こんな状況で突然消えるなんて、只事ではない。


「ああああぁぁああああぁぁあああぁっ!」


突然、雄叫びが後ろから聞こえた。立ち止まって振り返ると、金属バットを持った巨体の男性が全速力でこちらに向かっていた。目が合った。確実に俺を狙っていた。


「やばいってまじで……」


金属バットの男性に背を向け、再度、俺も走り出そうとした。

ゴキッ。


「んぎぃっ!」


俺は足を捻って前のめりに地面に倒れた。

最悪だ。運動音痴がこんなところで仇となるなんて。

それでも地面に両手をついて、立ち上がろうとした。

大きな影が地面に映っていた。


「あああぁぁぁあああああぁぁあああぁぁああああぁぁぁっ!」


男性の野太い奇声が俺を襲った。

太くて長い棒のような影が見え、俺は目をぎゅっと固く閉じた。

終わった。心の底からそう思った。

が、次に来る筈の痛みがなかなか訪れない。

恐る恐る立ち上がり、振り返った。


「……え?」


こちらに足を向けて、あの巨体が仰向けで倒れていた。

その男性のお腹の上に誰かが跨っていた。

そいつは濃紺色のパーカーを着て、フードを被っていた。こちらに背中を向けたそいつは、両手で何度も何度も男性を殴り続けていた。

俺は感謝を言うべきか分からず、その場に数秒佇んだ。

が、辺りから聞こる奇声ですぐ我に返った。

彼女を……明日香を、捜さなければ。

さんきゅ!!!

心の中で名も知らぬそいつに礼を言って、俺は再び走り出した。

南沢寺は終わっていた。

抽象的表現ではなく、言葉通り。

崩壊していたのだ。南沢寺が。


「明日香! 明日香ぁっ!」


喉が痛い。

それでも叫び続けなければならない。


「明日香ぁっ!」


もうこれ以上、悪夢を見たくはないのなら。




気が付くと、俺は南沢寺にある大きな商店街、「南沢寺ストリート」を力なく歩いていた。

道の真ん中で堂々とセックスをする若い男女。散らかった人間の肉片で遊ぶ小さな男の子。倒れた中年男性の腹部を包丁で何度も刺す、高校生ぐらいの女子。壁に自分の頭を何度も叩き付ける老婆。全裸の女性の死体を犯す女装した男性。

感覚が麻痺しているのが分かった。

何を見ても、何も感じなくなっていた。

叫ぶ気力さえなくなっていた。

トボトボと様々な「障害」を避けながら、ただ、商店街を歩いていた。

結局、明日香を見付けることは出来なかった。

その時ふと、数ヶ月前に感じた妙な胸騒ぎを思い出した。


───何かさ、胸が騒つくような……そんな未来が待ってる気がするよ。


そんなことを、明日香に言った覚えがある。

あの時、明日香は嬉しそうに照れていた。それを見て俺も、これは胸騒ぎじゃなく、君への想いだなんて臭いことを思った。

でも、違った。

そんな生温いものではなかった。

人々は理性を失い、狂気が街を支配した。

もっと早く気が付くべきだった。この暴動がどれくらいの規模で起きているのかは分からない。が、出来るだけ南沢寺から離れた、遠くの街へ逃げるべきだった。胸騒ぎを感じた時に。

そんな、無意味で無価値で不可能な後悔が身体中を駆け巡っていた。

商店街の真ん中辺りに来た時だった。

暴れている人々の中で1人、異様な雰囲気を放った人が俺の横を通り過ぎた。

そいつは真っ黒な鳥の頭のようなものを被っていた。細身で低身長の身体に合わぬ、大きな黒色のリュックサック。それを背負ったそいつの小さな背中は、どこか儚く見えた。

俺は立ち止まって、そいつの背中を眺め続けていた。

そいつは周りで暴れる人間とはまるで違うように見えた。無価値な塵の中に埋もれた、エロ本みたいだった。


───南沢寺。


南沢寺の小劇場で明日香と観た劇の、ある台詞が突然、頭の中で再生された。


───レトロな商店街、バンド、演劇……他の街にはない特殊な雰囲気が「彼等」を呼び寄せているのかもしれない。


アッシュグレー色に染まった、そいつの後ろ髪がさらさらと靡いた。


───南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。


何故かは分からない。それなのに、その台詞が今の状況を表しているように思えた。

「塵」に埋もれたエロ本の背中が、どんどん小さくなっていく。

思えば、いつもそうだった。

離れていく明日香を、俺は常に追いかけていた。離れないように、離さないように。必死になって繋ぎ止めようとしていた。

遠くからパトカーのサイレン音が聞こえた。

ふわふわしていた感覚が元に戻りつつあった。


「はは……はははっ……」


思わず、笑みを浮かべていた。

そうだ。これは悪夢なんかじゃない。

いつもと変わらない。いなくなろうとする君を、俺が捜すだけの単純なゲームだ。

もう1度、明日香に「涼夜」と名前を呼んでもらう為に。

南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。

だったら俺は、その中から目当てのエロ本を見付け出せばいい。

ゆっくりでいい。

特別なことなんかいらない。

惰性的でエモく、屑が蔓延る、「塵」だらけのこの街で、ただ、捜し続けるだけだ。

遠ざかる奴に背を向けると、


「明日香。今、行くよ」


俺は再び、歩き始めた。

それでも人は、再生を目指して進み続ける。




これにて、完結です!

第1章〜第3章まで、ありがとうございました!


ただ、自分の中で、これからの南沢寺が見たかったり、「メリケンサックの悪魔」や「南沢寺X」、祥哉等の活躍がまだ見たいので、続編やスピンオフを構想してたり、してなかったり……。←どっちや


まぁ、そんな未来の話じゃなく、今は完結したこと、読んでくれたことに感謝です!


ありがとうございました!




【第3章の登場人物】


色瀬いろせみなみ

主人公。「ペストマスクの2人組」の1人。「塵」が見える力を持っている。「南沢寺パフォーマンス」にある劇団「羊と夜。」の団員。21歳。黒髪マッシュ。甘い笑みで女子を惑わす。色々ふわふわしている。湊と水帆と、南沢寺で暮らしている。飼育型「塵」、「忘れられない女」と「少女兵」を飼育している。


アッシュグレー君

主人公。「ペストマスクの2人組」の1人。「塵」とコミュニケーションが取れる力がある。全体的に生気のない顔。小さな黒目。所謂、四白眼。直線のように横に伸びた口。青白い唇。アッシュグレー色に染まったさらさらの髪。細身で低身長。飼育型「塵」、「猫」を飼育している。マヨネーズ味の「宵宵」が大好物。


高山たかやままゆ

「塵」を誘惑する力がある。セミロングでキャラメル色の髪、垂れ目、やけに目立つ涙袋、大人びた顔付き、顎にある黒子、綺麗な指、ふわふわした雰囲気。「『塵』テロ」を起こした。「殺戮」を飼育している。


加奈子かなこ

南と同じ、「南沢寺パフォーマンス」にある劇団「羊と夜。」の団員。南の先輩女優。南には「加奈子さん」と呼ばれている。褐色肌。艶々の唇。茶髪のショートヘアー。30代ならではの色気。大きな胸と綺麗なお尻、太腿で多くの男性を魅了。


中条なかじょう真里佳まりか

「童顔巨乳ライター」。南沢寺在住。南沢寺に強い、フリーの裏モノ系ライター。童顔で巨乳。強気で上から目線。北沢に殺される、少し前の話に登場。


雨沢あまざわみなと

高校1年生。16歳。特徴は目が死んでること。表情も同じく死んでいる。少し面倒臭がり。口数が少なく、よく心の中でツッコむ。水帆と南と、南沢寺で暮らしている。滴と紗奈の幼馴染。義姉の水帆を密かに想っている。南が嫌い。


雨沢あまざわ水帆みずほ

6月生まれ。21歳。大学に行かず、働いている。お人好し。湊と南と、南沢寺で暮らしている。弟思い。


水瀬みなせしずく

高校1年生。「塵」の声を聞ける力がある。茶髪。テンションが高く、馬鹿。湊と紗奈の幼馴染。紗奈のことが好き


山崎やまざき紗奈さな

高校1年生。気は強いが、面倒見がよく、人が困っていると放って置けない。湊と滴の幼馴染。滴にはかなり強く当たる。南沢寺のライブハウスを中心に活躍する「夜と羊。」というバンドが好き。


臼井うすい春海はるみ

南沢寺高校。1年2組。コミュ症で、自分の意見もはっきり言えない影の薄い存在。都市伝説やスプラッター映画の話になると別人のように喋り出す。「殺戮」のチェーンソーで惨殺された。


碧夜あおや

「メリケンサックの悪魔」。大学には入っていない。暴力沙汰の事件で高校を中退。三白眼。態度と口調と目付きが悪い。髪の色は、アッシュブルー。


「ブラック・ガスマスク」

黒いガスマスクを被り、南沢寺を守る正義のヒーロー。高校生の頃は、「ガスマスク男子高生」だった。


綿矢わたや承哉しょうや

大学生。千代からは「ショウ君」と呼ばれている。少し目付きが悪く無愛想な表情。コミュ症。母親が「メリケンサックの悪魔」だった。雑貨屋、「マッシュ」でバイトをしている。


相沢あいざわ千代ちよ

大学生。童顔で低身長とは反比例して巨乳。左目の下に黒子。雑貨屋、「マッシュ」でバイトをしている。


「猫」

飼育型「塵」。テニスボールぐらいの黒い球体。上品そうだが、気の強い女性の喋り方。口から真っ赤なマニキュアを爪に塗った左手を出す。アッシュグレー君に飼育されている。


首子

飼育型「塵」。「忘れられない女」。水帆の首から上。南に飼育されている。


ガス子

飼育型「塵」。「少女村」の「憂鬱軍」に所属する「少女兵」。弱気な少女。セーラー服、濃紺色はガスマスク、サブマシンガンを身に纏う。南に飼育されている。


「殺戮」

飼育型「塵」。南沢寺高校の男子用の制服を着、ハイエナのマスクを被っている。大型チェーンソーを持っている。繭が大好きでしょうがない。繭に飼育されている。


「役者」

地縛型「塵」。ロンリネス教の教祖。教祖に期待され嫌になる。アッシュグレー君の気迫に負けて南沢寺から逃げた。


「集合体」

地縛型「塵」。3メートルぐらいある。大根を半分にして切り口を下に、立たせたような歪な見た目。粘土のようにねちゃねちゃした、薄緑色の表面。身体中には、浮き出た大量の口がある。


金色ガスマスク少女

地縛型「塵」。「少女村」の「憂鬱軍」に所属する「少女兵」。セーラー服、金色のガスマスク、サブマシンガンを身に纏う。「猫」に食べられた。


黒色ガスマスク少女

地縛型「塵」。「少女村」の「憂鬱軍」に所属する「少女兵」。セーラー服、黒色のガスマスク、サブマシンガンを身に纏う。「猫」に食べられた。


「制裁者」

地縛型「塵」。豚のマスクを被り、黒いダッフルコートを着ている。最終的に爆発した。


涼夜りょうや

南沢寺に住む、ただの社会人。明日香の彼氏。突如消えた明日香を、崩壊した南沢寺で捜し続ける。

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