白いマグカップ。
ようこそ、南沢寺へ。
日曜日。
昼飯を食べてから家を出た。
行き先はは決まっている。
南沢寺の人気商店街、「南沢寺ストリート」。その中に並ぶお店の1つ。
雑貨屋、「マッシュ」。
国内の物から海外の物まで、有名な物からコアな物まで様々なサブカルチャーが販売されている。
「マッシュ」は2階建なのだが、今回の目的の物は前見た時は1階に売っていた。
店に入り、奥へ進む。
お姉ちゃんの嬉しそうな笑顔を想像して思わず、ニヤけてしまいそうになる。
「……ふふ」
そう、今日は一緒に暮らす、義理の姉の誕生日。誕生日プレゼントを買いに来た。
お姉ちゃんとよくここに来る度に「わっしょい。」と黒い文字で大きく横書きされた白いマグカップを見て、「ねぇ、湊。見てこれ。可愛い」と微笑んでいた。僕にはイマイチ何がいいのか分からなかったし、僕の名前を呼ぶお姉ちゃんの方が可愛かった。でも、お姉ちゃんの喜ぶ顔が見たいから、誕生日に買うと決めた。
「……あれ」
しかし、そこには、「わっしょい。」と記されたマグカップはなかった。マグカップが並んでいる木製の棚の元あった位置には「貧乳ではない。」と横書きされたマグカップが置いてあった。こんなの渡したら嫌われてしまう。いや、殺されてしまう。このマグカップを作った人も作った人だ。どんなセンスだよ。誰が買うんだよ。
「……あの、すみません」
知らない人と話すのはあまり好きではないが仕方がない。近くにいた男性店員に話しかけた。
「……あ、はい……何すか」
本棚の整理をしていた男性店員は嫌そうな顔をして、こちらを向いた。僕と同じ高校生か、はたまた大学1年生ぐらいだろうか。幼い顔立ちではないが、まだ大人の顔付きではない。少し悪い目付きと無愛想な表情。濃紺色のエプロンの下に着ている白いパーカーが似合っている。
「こちらに、『わっしょい。』って書かれたマグカップが前まで置かれていた筈なんですが……」
「は、はぁ……」
いや、違う。男性店員も苦手なのだ。知らない人と話すのが。目をキョロキョロとさせて落ち着かない。
「あの……もう、売り切れてしまいましたか?」
男性店員は首を傾げた。
「ないんじゃ、ないすか……ここにないんなら」
何だよ。とても冷たい。
「いや、在庫とか……」
「分かんないっす」
あまりにも適当過ぎる。
「あの、どうしました?」
女性の声が聞こえ、見ると、男性店員の後ろに、幼い顔立ちの女性がいた。身長が低い割りに胸が大きかった。左目の下の黒子がやけに色っぽい。
「あ、チヨ……何かこの人が……」
男性店員が女性店員に助けを求めるように、彼女の横に並んだ。チヨと呼ばれた女性店員は頬を膨らませると、
「こらぁ。お客さんをこの人って言わない」
と怒った。
「……あの、すみません。何かありましたか?」
チヨさんは申し訳なさそうな顔をしてこちらを向いた。男性店員はチヨさんの後ろで僕を睨んでいる。
「こちらに以前まで『わっしょい。』と書かれたマグカップが置かれていた筈なんですけど、在庫ってありませんか?」
チヨさんは優しく微笑むと、
「在庫ですね? ただ今確認してきますので少々お待ちください。……ほら、ショウ君行くよ」
男性店員を連れて事務室へ入って行った。
戻って来たチヨさんの手にはマグカップは、なかった。
「ほら、ショウ君お渡しして」
ショウ君と呼ばれた男性店員は嫌そうに手に持ったマグカップを渡してきた。そこには大きな黒文字で「わっしょい。」と横書きされていた。
「ほら、ショウ君」
チヨさんはショウさんの背中を押した。
「こ、こちらでお間違い……ないっすか」
「あっ、あのっ、あったんですか? ありがとうございます!」
嬉しくて思わず、声が少し大きくなってしまった。
チヨさんは微笑むと、
「お会計で宜しいですか?」
僕は頷いた。
「ほら、ショウ君お会計」
ショウさんを先頭にレジへ向かう途中、チヨさんはまたもや申し訳なさそうに、
「ショウく……彼、ちょっと接客が苦手で。失礼な言動の数々、大変申しわけありませんでした」
「いえ、そんな……」
チヨさんが謝る必要はない。むしろ、丁寧な接客だし、在庫を見付けてくれたし、感謝しかない。今は喜びでショウさんへの怒りもない。
「プレゼント用の、袋とかってありますか?」
レジでお金を払い、2人に尋ねた。チヨさんは頷くと、
「今、プレゼント用に包むんで少々お待ちください」
事務室に行ってしまった。
取り残された僕とショウさん。レジには誰も並んでいない。
沈黙。
「プレゼント……彼女にすっか?」
突然、ショウさんが尋ねてきた。
「いや……お姉ちゃんのです」
「彼女はいるんすか?」
はい?
「……いや、いないですけど」
「チヨを見て、何か……いやらしいことを考えているなら止めてください」
ショウさんはチヨさんの彼氏なのだろうか。
「いや……別に何も」
ちょっと色っぽいと思ったが、ただそれだけだ。
「出来ましたよぉ〜」
チヨさんが事務室から戻って来た。マグカップを入れた濃紺色の包装紙を両手で持って。
僕とショウさんの間に流れる異様な雰囲気を察したのか、
「何か……ありましたか?」
無理矢理笑みを作りながら、首を傾げた。
「いえ、別に……あ、これ、ありがとうございます。綺麗に包んでいただいて」
そう言って、チヨさんから、包装紙に包まれたマグカップと紙袋を貰うと、その場を後にした。
ショウさんの鋭い視線を背中に感じながら。