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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
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その時までさよなら。

これが、南沢寺の運命。


ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。

パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッ! パァンッパァンッパァンッ! パァンッパァンッ! パァンッパァンッパァンッパァンッパァンッ! パァンッ! パァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッ!!!!!


街が壊れていく音がする。

悪意に満ちた南沢寺が崩壊していく。


パァンッパァンッパァンッパァンッ! パァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッ! パァンッパァンッパァンッパァンッパァンッ! パァンッパァンッパァンッパァンッ! パァンッパァンッ! パァンッパァンッパァンッパァンッパァンッパァンッ!!!!!!!


街が終わる音がする。

もう誰にも止められない。

南沢寺という1つの街が、存在が、終焉を迎えようとしていた。

5階建ての廃ビル。屋上から南沢寺を見下ろす。

誰も何も言わない。ただ黙って、僕達は死にゆく街を見下ろしていた。

今までだってずっと、何度も何度も、僕達はここから南沢寺を見てきた。人、車、自転車、煙草、劇場、ミニシアター、ライブハウス、商店街、居酒屋……様々な色を、匂いを僕達は感じてきた。どんなに時間が経っても、どんな季節でも、天気でも、この街には変わらないものが1つだけあった。優しさだ。どんな異端者でも、南沢寺は優しく包んでくれた。帰る場所になってくれた。だから、あまりにも多くのものを失い過ぎた僕は、この街が好きだった。この街が必要だった。

今、街からは優しさなんて微塵も感じなかった。あるのは、悪意。歪な形をした欲望が街中に蔓延っていた。


「……この街にはもう、他に選択肢なんてなかったのよ」


隣で同じように街を眺める「猫」が呟いた。

異変に気が付いたのは、午前0時。得体の知れない胸騒ぎが突如、僕を襲った。街を見回すと地縛型「塵」が、南沢寺を支配していた。街全体が「塵」に覆われていたのだ。こんな規模の「塵」の量を見たのは初めてだった。ペストマスクを被り、「南沢寺の掃除屋」として、「猫」と共に清掃作業に入った。間に合わなかった、というより、量が減らなかった。いくら「猫」が「塵」を食べても、僕が「塵」を説得しても、むしろ、増えていっているような感覚にさえ囚われた。

「アッシュグレー君。そろそろ、僕の出番かな?」と、甘ったるい笑みを浮かべたどこぞのキモ男が頭の中でしゃしゃり出てきたが「黙ってください。てめぇは目障りです」と言って振り払った。実際、あいつがいても、何の役にも立たない。ただ、「塵」が見えるだけ。そもそも、僕とコンビを組むこと自体がおこがましい。「ペストマスクの2人組」? ふざけないで欲しい。南沢寺を「塵」から救っているのは、僕だけだ。


「あなたは悪くないわ」


「猫」の声で現実に引き戻された。


「別に……何とも思ってないです」


でも、何でだろう。今は、マヨネーズ味の「宵宵」なんかより、何よりも、あのムカつく笑顔を見たくて仕方がない。


ドッカーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!


少し遠くにある建物から煙が上がった。それを合図に、南沢寺が地獄と化した。

悲鳴、絶叫、泣き声、怒号、奇声、車と車がぶつかり合う音、また爆発音、窓ガラスが割れる音、逃げ惑う足音……銃声。

この世の光景とは思えなかった。

街をカオスが占拠した。

南沢寺のありとあらゆる場所から煙が上がった。人が血を流して倒れていた。人々が殴り合い、刺し合い、撃ち合い、殺し合った。強者が弱者を蹂躙していた。それでも弱者は嬉々として抵抗し、暴れていた。

ビルから飛び降りる男性、人を轢きまくる車、少女をレイプするおじさん、窓硝子を叩き割っていく上裸の若者、自らの頭を電柱に打ち続けるお婆ちゃん、ベースを振り回し周りにいる人を殴るバンドマン、サブマシンガンを乱射する覆面を被った集団……。

南沢寺全体が悪意に犯されていた。爆発した地縛型「塵」から放たれた悪い気が、人々から欲望を奪い、暴走させていた。

僕はペストマスク越しに、ただ、その悲惨な光景を眺めていた。

もう、何かを言う気力さえも失っていた。


「これは……運命よ」


「猫」がポツリと呟いた。

運命。人々が傷付け合い、殺し合うことを、1つ1つの大切な人生を奪い合うことを、運命と言って片付けるのか? 片付けられるのか?


「運命にしては……悲惨過ぎないですか?」

「関係ないわよ。起こった出来事。それが、運命よ」


パララララララララッ! パララララララララパララララララララッ! パララララララララパララララララララパララララララララパララララララララパララララララララ!!!


銃声がうるさい。うるさい! うるさいうるさいうるさい!


「うるさい!!!!!」


あの時の記憶が、感情が、一気に溢れ出た。

逃げ惑う人々。その波に押し流される僕。何かに当たった衝撃でクロが離れていく。近所のお姉ちゃんが誰かに殴られた。押し倒され、そして、僕は必死に叫んだ。「クロ! お姉ちゃん!」。爆発音。人々が吹き飛ぶ。辺りを包む煙の中、地面に転がった何かが目に入る。クロの顔と、真っ赤なマニキュアの目立つ左手……。


「あああぁぁぁぁああああぁぁぁああああぁぁぁあああぁぁぁぁあああああああぁぁああぁぁああああぁっ!」


気が付くと僕は頭を抱え、蹲っていた。泣いていた。耐えられなかった。失っていた筈の感情が次々と押し寄せて来た。

数年前の記憶。思い出したくもない。南沢寺駅南口前にある広場が地獄になった。「南沢寺駅前暴徒化事件」。僕はあの日、あの場にいた。そうだ。あの日、あの場所で、爆風で吹き飛ばされ、頭を打った拍子に、「塵」が見えるようになったんだ。


「助けたかったんでしょう? もう、あの気持ちを2度と、誰にも味わわせないように。だから、あなたはこの街に固執した。『塵』から、この街を守る為に。自分が死なない程度に。悲しまない程度に。辛くならない程度に。ペストマスクを被って、気紛れヒーローに」

「でも守れなかった!!!!!」


顔を上げ、「猫」を睨み付けた。

僕は、街中の死の音に負けないぐらいの大声で怒鳴っていた。


「結果これだ! 何人も死んだ! 死んでいる! 理不尽に! 前以上の規模で! こんなのじゃ……こんなんじゃ、僕みたいな奴が増えるだけだ!」


頭がくらくらする。胸が締め付けられて痛い。


「こんなんじゃ……」

「街は死なないわ」「猫」が静かに言った。「どんなに廃れても、どんなに壊れても、そこに人がいる限り、人々が訪れる限り、誰かが認識してくれる限り、街は死なない。人々の中に、この街の存在がある限り、南沢寺は生き続けるわ」


……生き続ける?


「それに、あなたみたいな人が増えるならいいことじゃないかしら。南沢寺はもっともっと強くなる。いくら気紛れヒーローだって、1人でも多くなれば、街を守る力はどんどん強くなっていく」


もう、地上の音は殆ど、耳に届いていなかった。


「それまで、耐えられないなら逃げればいい。別の街で、南沢寺が再生するのを待てばいい。その間にやりたいことが他に出来れば、それもいいわ。でも、もし、まだ、南沢寺を救いたいって気持ちが少しでも残っているのなら……」


少しずつ身体の力が抜けていく。


「その時までさよなら。また、ペストマスクを被って、気紛れヒーローとして、南沢寺を救えばいい」


南沢寺は死なない。僕達がいる限り。死なせない。気紛れヒーローでもいいんだ。守るよ。守り続ける。何度失敗したっていい。この小さな命が尽きるまで。

僕は戻ってくる。いつか、必ず。街が再生した時に。死なないように。壊されないように。もし生きていたら、黒髪マッシュさんも一緒に。

その時は、どうかまた、優しく、僕を迎え入れて欲しい。ただいま、って言わせて欲しい。

だから、だから……


「その時までさよなら」

次回で、最終話です。

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