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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
47/51

宣戦布告。

始まりあれば、終わりあり。


『南沢寺での惰性的な日々はエモい。』、今回の話を含めて、後4話で終わりです。


是非、最後まで南沢寺を見届けてください。


ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。

「え……巨乳……」


それは突然だった。

22時。夕食後のリビング。椅子に座って机に雑誌を広げ、静かに読んでいた同居人の水帆が呟くように言った。

ソファに座って脚本を読んでいた俺。水帆の隣でスマホを弄っていたもう1人の同居人、湊君。思わず、無言で見つめ合った。そして、ゆっくりと2人で水帆に視線を向けた。

その視線に気が付いたのか、水帆が雑誌から顔を上げた。


「な……何。どうしたの?」


水帆は俺と湊君の顔を交互に見る。

俺は再度、湊君と顔を見合わせ、頷き合った。


「み……湊君はさ、あれ、そのぉー好きな人とかいるの?」


湊君は少し考えてから、


「……いや、いないですけど……何でですか?」


不思議そうに首を傾けた。ナイス演技。


「いやさ、どんな子がタイプなんだろう、って。急に、気になってさ……うん」

「……タイプ、ですか」


湊君は考え込むような仕草をした。数秒後、硬い表情筋を必死に動かし、


「まぁ……女性は見た目じゃ、ないですよね」


歪な笑みを浮かべた。本人は満面の笑みをしているつもりなのだろう。不自然だけど、まぁ、許す。


「え……何? 急に、どうしたの?」


突然始まった俺達の会話に困惑をする水帆。


「南さんは? 女性のタイプってどんなのなんですか?」


俺のか……。


「んー……俺はやっぱ、顔とおっぱ……あ」


しまった。つい本心が出てしまった。


「……ちっ」


先程まで協力的だった湊君の僕に対する目が、いつもの「屑を見る目」に戻っていた。


「おっぱ……え? 何?」


水帆が興味津々に俺達を見てくる。


「いや、水帆、違うんだ」

「お姉ちゃん、気にしなくていいよ。こんな屑男」


屑男って……。


「そ、そうだよ。屑男じゃないけどさ、気にしないで。……ね?」

「ねぇ、何? ちょっと、全然分からないよぉー」


駄目だ。もう、言い逃れ出来ない。


「……水帆。ごめんね。別に悪気はなかったんだよ」


代表して俺が謝ることにした。年上だし、そもそも、ミスをしたのは俺だし……。


「え? え? 本当に何ー?」


突然謝られ、更に困惑する水帆。


「さっきさ、水帆が雑誌読みながら呟いてたワード覚えてる?」


「ちょっと、南さん」と、湊君が止めに入るがもう遅い。


「え? 私が?」


水帆は必死に思い出そうとし始めた。


「うん」

「え? 何か言ったっけ?」

「うん。そのページ見ながら」

「このページ……」


水帆は雑誌を見た。実際ここからは水帆が何を読んでいるのか全く分からない。


「……あ」


水帆は思い出したような顔をすると、顔を真っ赤にした。

どうやら、分かったようだ。


「想像だけどさ、その雑誌には巨乳美女の写真が掲載されてて、その……胸を見て、大きな胸を見て、羨ましくて、つい、巨乳、って呟いたのかな、って」

「違う違う違う!」


水帆は首を激しく横に振った。


「違う。違うの、これ! これ!」


水帆は雑誌を持ち上げ、見ていたページをこちらに見せた。

そこには、やはり、巨乳の女性の写真が。コートを着て、クールそうな雰囲気を放っている。


「やっぱり……巨乳だよ」

「知らない? マリカさん。ナカジョウマリカさん」


ナカジョウ、マリカ?

どこかで聞いたこと、あるような、ないような……。


「……もしかして、『童顔巨乳ライター』?」


黙っていた湊君が口を開いた。


「そう! 正解! よく分かったね。凄いね、湊」

「……別に。お姉ちゃんがよくその人の記事読んでるから知ってただけ」


とか言う割には、褒められ、顔を赤くして満更でもなさそうな湊君。

「童顔巨乳ライター」。その通り名を聞いて、やっと彼女が誰だか分かった。中条真里佳。南沢寺を中心に書く、フリーの裏モノ系ライター。童顔で巨乳。記事云々より、そのビジュアルから多くの男性ファンがいる。ライターにとってそんなことで人気になるのは喜ばしいのだろうか。


「その、『童顔巨乳ライター』がどうしたの?」


俺は水帆に尋ねた。


「行方不明なんだって、一週間前から。連絡も一切つかないし、自宅にも帰ってないし……」

「まぁ、でもさ、それはしょうがないよね」


俺は宙を飛ぶ首子とソファの横に立っているガス子を見ながら言った。


「しょうがない?」


水帆は首を傾けた。


「うん」


俺は頷いた。


「そんなアングラ系なものばっか調べて、記事にして……そりゃあ、触れちゃいけないものに触れる可能性だってあるでしょ。南沢寺の闇に消されることなんて何ら不思議ではないよ。裏モノ系ライターって、そういう仕事でしょ?」


偏見が過ぎるか?


「……で、お姉ちゃんはびっくりして、巨乳って?」


湊君の問いに恥ずかしそうに首を縦に振った。


「うん。『童顔巨乳ライター』って言おうとして、それで……っていうか! 私、自分のこと、貧乳だと思ってないし! 別に気にしてないし! そんな気を遣われなくても大丈夫ですしぃー!」


Cカップぐらいだったな、確か。まだ水帆と付き合ってた時に見たやつを思い出す。


「……分かってるよ。お姉ちゃんは……巨乳だよ。よ、色気の塊」

「湊、お姉ちゃん怒るよ」

「……ごめん」


水帆は雑誌を閉じた。


「私、もう寝るね」

「早い。やっぱり、お姉ちゃんは健康的だね」

「美を追求してますから」

「……はいはい」


水帆と南君はそれぞれの部屋に入って行った。

1人、リビングに取り残された俺。

まぁ、リビングが俺の寝室だからね。

パチッ。

突然、部屋の電気が消えた。水帆か湊君かと思ったけど、どちらも自分の部屋にいる。

ソファに座ったまま、俺は動けないでいた。


「……静かにお願いしますね」


耳元で囁き声が聞こえた。甘くて、鋭くて、どこか消えてしまいそうな儚さがあった。

誰だ、一体。


「『ペストマスクの2人組』の1人ですよね。……ふふふ、『塵』、見えてますよね」

「……見えてたら?」

「これは、宣戦布告です。『塵』から南沢寺を守っている2人の気紛れヒーローへ」


宣戦布告? この声の主はもしかして……「塵」? いや、俺は「塵」とはコミュニケーションが取れない筈。でも、「猫」とは何故か話せたから、もしかして……。


「明日、朝9時ちょうどに南沢寺をカオスが襲います。ふふふ、楽しみですね。人々が理性を失い、暴走を始めるんです。過去に南沢寺で起きた『南沢寺駅前暴徒化事件』を再現します。ふふふ……いや、それ以上のものを」


「南沢寺駅前暴徒化事件」。南沢寺駅前で人々が突然、殺し合いを始めた事件。


「何で……そんなことを……」

「理由を聞いて、納得するんですか?」

「……しないけどさ」


気にはなるでしょ。そんな大規模なテロを起こす理由なんてさ。

声が「ふふふ」と微笑んだ。


「止めてみてください」


止める? 俺が?


「そんなの……」

「あ、見てみたいなら止めなくても大丈夫ですよ」


確かに。ちょっと見てみたい。


「『塵』によるテロ、『「塵」テロ』の開幕です」

最終話に向けた、宣戦布告。

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