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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
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「童顔巨乳ライター」。

それは、彼女が死ぬ、少し前の夜……。


ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。

最近、少しずつ空気が冷たくなってきた。

それでも、南沢寺にいるだけで、何だか気持ちが暖かくなる。何故なのかは分からない。故郷に帰ってきたような、懐かしさが込み上げてくる。大学を卒業してからやっと、憧れていた南沢寺に住み始めたのに。

錆び付いた階段をゆっくりと上がっていく。

南沢寺、暗闇、古びた階段、無言で上がっていく私。

エモい。まるで映画の中にいるようだ。南沢寺は私達1人1人を何かの舞台の登場人物にさせてくれる。

階段を上がり切り、立ち止まる。

この先に、彼がいる筈。

これまた錆びだらけのドアを押す。

キィィィイイイィィィイイイィィィッ!

耳障りな音が辺りに響いた。

視界に南沢寺の夜が広がる。

光、人、車、バイク、電車、商店街……。

様々な色が、音が、匂いが、レトロな情報として体内に入ってくる。

彼は街を見下ろしていた。こちらに背中を向け、柵のない屋上から両脚をぶら下げて。

古びた5階建てのビルの屋上。今は誰にも使われていない廃墟と化している。ここから南沢寺の街並みを大いに楽しむことが出来る。

私はコートに両手を突っ込み、ゆっくりと彼に近付いた。足音は聞こえている筈なのに、彼はこちらを気にする素振りを1度も見せなかった。

私は彼の右横に立った。彼がそうしているように、私も街を見下ろした。


「……初めまして。突然すみません。私は」

「中条真里佳さん。フリーの裏モノ系ライターですよね。よく南沢寺について書いてらっしゃる……」


驚いて、彼の顔を見た。

彼は、真っ黒のペストマスクを被っていた。彼のアッシュグレー色に染まったさらさらな髪が夜風で靡いた。

彼のペースに飲まれてはいけない。私は平静を保つ為、再度、眼下に広がる南沢寺に顔を向けた。


「……私のことを知ってるの?」

「えぇ、よくブログ読んでます。南沢寺のアンダーグラウンドな世界、そして、どこか切なさを感じるてめぇの文章。とても好きです」


驚いた。まさか、私の方が知られていたとは。


「私がここに来ることは?」

「知ってましたよ。『猫』が……あ、僕の『塵』が教えてくれました」

「『塵』……。それはあなた達が立ち向かっているもの?」


彼はペストマスクを口元まで上げ、淡い黄色のアルミ缶に入った液体を1口、飲んだ。


「まぁ、大まかに言えば……そうですね」


再度、ペストマスクを被り直す。


「あなた達は一体、何者なの?」

「……まぁ、ざっくり言うと、気紛れヒーローですかね」


……気紛れ、ヒーロー?


「色んな情報が私に入ってるの。ペストマスクを被った2人組がどこからともなく現れて、見えない何かと戦っている。街中や、電車の中でも……黒髪の男性とアッシュグレー色の髪の男性、2人組」


「確かに、僕達ですよ。この街を守る為に『塵』と戦っています」


「塵」とは、一体何なんだ。


「『塵』はこの街にとって害になるものなの?」

「えぇ、そうですよ。そうじゃない『塵』もいますが……。簡単に言えば、『塵』は普通、街をふらふらと浮遊しています。が、その中に居場所を見付ける『塵』がいます。彼等はそこに留まり続ける。彼等には悪い気が溜まります。一定以上の悪い気が溜まったら、その『塵』は爆発します。そうしたら、溜まった悪い気が辺りに散らばる。人に悪い気が降りかかると、理性がなくなり暴走を始める。……ね? 害でしょ? というか、この取材、ブログに上がるんですか? それとも雑誌とかの記事に?」


「塵」、爆発、悪い気……情報が多過ぎる。予め、ICレコーダーで録音しておいてよかった。


「悪い気……一体何なの?」


彼は相変わらず、街を見下ろし続けていた。


「分からないです」


は?


「僕も分からないんです。『塵』が何なのか。悪い気が何なのか。ただ、『塵』が見えて、彼等とコミュニケーションが取れる。それだけです」

「『塵』は幽霊とは違うの?」

「幽霊が爆発しますか? 爆発して、人々を暴走させますか?」


少しずつ頭の中のピースが合わさっていく。


「そして、近頃、やけに居場所を見付けた『塵』が多いです。南沢寺内に」

「……もしかして、最近、南沢寺で起きている不可解な事件は全部……」

「多分そうですね。『南沢寺レインボー』の男性2人の死体とか、『南沢寺ストリート』で起きた6人の男女の殺し合いとか……全部、『塵』が爆発して放った悪い気の所為です」

「見えないけど……そこに、居場所を見付けた『塵』がいたってこと?」


彼はアルミ缶を屋上から放り投げた。


「大正解です」

「1ついい?」

「幾つでもいいですよ。早く記事、読みたいです」

「もしかして……もしかしてなんだけど、数年前に起きた『南沢寺駅前暴徒化事件』も?」


「南沢寺駅前暴徒化事件」。未だに謎多き事件として扱われている。都市伝説業界ではかなり人気のネタの1つだ。南沢駅前で突如、爆発音がした後、付近にいた36人が暴走を始め、周りにいる人に暴力を振るったり、殺したりした。ネットや記事では様々な説が飛び交っているが、有力なものは1つもない。

彼がやっとこちらを向いた。

ペストマスク越しに何か強い意思を感じた。


「もし、そうだとしたら……てめぇは信じてくれますか?」


信じるも何も、


「私の仕事は、真実を世の中に伝えることよ。事実を歪曲して生まれた妄想なんて興味ない」


物事の本質を見抜く。それが、私達、ジャーナリストの仕事だ。

彼はゆっくりと立ち上がった。


「『塵』について、もっと詳しく話したいです」


夜色に染まった彼はとても儚く見えた。


「……ところで、いつもペストマスクは被ってるの?」

「いえ、てめぇが来るって知って、恥ずかしいから被りました。ファンです。顔ニヤけてます。顔真っ赤です。人気ですよ、男性に。……『童顔巨乳ライター』さん」

「『童顔巨乳ライター』、ねぇ……はは、ははは」


面白い。笑わせてくれるじゃない。


「……何で笑ってるんですか?」

「次そんな呼び方したら、どういう風に殺してやろうかな、って」

「いいですねぇーーーそれ。間違いないです」

「ドMも程々にしなさい」


南沢寺は、私を酔わす。

今夜は、いい取材が出来そうだ。

裏モノ系ライターの中条真里佳さん、覚えているでしょうか。


脇役なのに、第1章、第2章にもちゃっかり登場しているキャラクターです。

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