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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
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ペストマスクの2人組。

南沢寺の「掃除屋」、気紛れヒーロー登場!!!


ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。

「次は、南沢寺ー。南沢寺ー」


無機質な女性の声が電車内にアナウンスされる。

ガトンゴトン、ガトンゴトン。

車内は混んでいるわけではないが、椅子は全て埋まっているし、多くの人が立っている。それぞれの人がそれぞれの方法で時間を潰している。

俺と紗奈は右側のドアに背中を預けて、天井を見上げていた。


「一緒に、夕食どう?」


その言葉がどうしても口から出て来なかった。

「今日の劇面白かったね」とか「次のテスト範囲広くない?」とかいつでも話せることを今、話していた。

もうすぐ俺達の地元、南沢寺に着いてしまう。

せっかく湊が用意してくれたチャンスなのに。

湊と紗奈は、どちらも俺の幼馴染だ。特に紗奈とは家族ぐるみで仲がいい。俺と紗奈は生まれも育ちも南沢寺なのだ。湊は小学2年生の時に南沢寺に引っ越してきた。その時からの付き合いだ。高校1年生の今までだから、それでもかなり長く友達をやっている。

そんな湊には、南さんという同居人がいる。複雑な家庭なので細かいことは省くが、湊のお姉さんの元カレだ。南さんは「羊と夜。」という南沢寺を中心に活躍する劇団の舞台俳優だ。今日、俺と紗奈は、劇団「羊と夜。」の、南さんが出演した公演が下北沢であるということで、観に行っていた。

湊が気を利かせて、南さんからチケットを2枚取ってくれたのだ。俺が紗奈と2人っきりで、デート出来るように。紗奈は「夜と羊。」というバンドが好きで、「羊と夜。」はそのバンドと提携を結んでいる劇団だ。劇中に1曲以上彼等の歌を使っている。誘って、紗奈が行かないわけがない。

このデートで、俺は紗奈を振り向かせようと考えていた。湊は応援してくれている。だから、こんな機会を用意してくれた。2人で電車に乗って、下北沢に行って劇を観て、ぶらぶらして、また電車に乗って、南沢寺に戻って……。

なのに、なのに……俺は……。

紗奈を夕食にも誘えないのか、俺は。

ガトンゴトン、ガトンゴトン。

夕日に染まった南沢寺が見えてきた。もうすぐ、街は闇に包まれ、濃紺色が支配する。


「……な、なぁ」


俺は振り絞るようにして声を出した。緊張からか、声が少し震えている。


「何?」


いつもと変わらぬ紗奈の顔。最近、髪を伸ばしているらしい。セミロングもよく似合う。更に制服じゃなくて、今は私服だ。特別感があってとても可愛い。制服の時も、可愛いけど。


「紗奈。……あのさ」

「おんぎゃあああぁああぁぁあぁっ! おんぎゃああああぁぁぁあああぁぁあぁっ!」


耳を劈く程のうるさい泣き声。赤ん坊か?

しかし、周りを見渡してもそれらしき子供はいない。


「おんぎゃああぁああああぁぁああぁああぁぁっ!」


また聞こえた。どうやら普通じゃないみたいだ。あまりにも大き過ぎる。耳を塞ぎたくなる程に。


「何? どうしたの?」


紗奈はそんなもの聞こえていないかのように僕を不審そうに見ていた。周りの人も同様、顔を上げず、スマホを弄ったり、本を読んだり、寝ていたりしていた。

つまり、俺だけにしか聞こえていない。


「あ……うんうん。何でもない」

「えー、何よ。気になるじゃん」


たまにあるのだ。得体の知れない声や音が聞こえることが。南沢寺では特に。今回も電車が南沢寺に近付いた瞬間に聞こえ始めた。


「おんぎゃあああぁぁぁあぁああぁぁああぁぁあああぁぁああぁっ!」


今も聞こえ続けている。

多分、「変な声が聞こえない?」って紗奈に尋ねても、「はいはい。滴君には特別な力がありまちゅもんねー。凄いでちゅねー」と、馬鹿にされることは確実だから、口が裂けてもこの泣き声のことは言いたくない。


「ねぇ、滴?」


この力は、霊感とは違うと思っている。実際、心霊スポットに行ったり、心霊番組を観ても一切何も感じない。ただ、南沢寺にいる時だけ頻繁に聞こえるのだ。摩訶不思議な声や音が。


「おんぎゃあああぁぁああぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁっ!」


背筋が一気に冷たくなった。泣き声が急に低くなったのだ。大人の男性が無理矢理、赤ん坊の声を真似ているような感じだ。

もうすぐ。あと1分ぐらいで南沢寺駅には着くが、耐えられなかった。


「……紗奈、行こう」

「は?」


紗奈は首を傾けた。


「行くってどこに?」


ここじゃなきゃ、どこでもいい。


「この車両じゃないところ。なるだけ、ここから遠く」


ここは危険だ。そんな気がする。

もう、夕食に誘うことなんか忘れていた。

紗奈の左手首を掴み、その場を去ろうとした時……


「逃げるんだ! 悪が身体を支配する前に!」


後ろの車両から男性の声がした。どこかで聞いたことがあるような……。


「悪は理性を破壊し、欲望を活性化させる!」


この声、この台詞……。

その場にいる全員の視線が彼等に向いていた。


「悪が豪雨のように、人々に降りかかる前に!」


思い出した。今日、観た劇だ。全く同じ台詞があった。

声のした方を見て、思わず唾を飲み込んだ。

後ろの車両を隔てるドアの前に歪な2人がいた。長身の1人は黒髪に黒いコート、細身で短身のもう1人はアッシュグレー色の髪に灰色のぶかぶかなパーカーに大きめな黒いリュックサック。どちらも奇妙な被り物をしていた。嘴の大きい真っ黒な鳥の頭のような……。


「……ペストマスク」


紗奈がポツリと呟いた。


「え? ペス……え?」

「あの被り物よ。ペストマスク。確か、17世紀頃、ヨーロッパで黒死病が流行っていた時に医師が着けてた……っていうか……」


紗奈の視線が下に向いた。


「……手」


急に指摘され、俺はすぐさま、紗奈の左手首を掴んでいた右手を離した。


「……わりぃ」

「……別に」

「はーやーくー! 皆さん、別の車両にお移りくださーい!」


黒髪のペストマスク野郎が続けて大声を出した。


「危ないことが起きますよ」


アッシュグレー色の髪のペストマスク野郎が低い声で言った。


「5!」


黒髪ペストマスクが叫んだ。


「4!」


カウントダウンだ。

よく分からないが、変な泣き声もまだするし、急いでこの場から離れた方がいい。


「3!」

「紗奈! 行こう!」

「2!」

「……あれ? どうして」


その場から動こうとしない紗奈。


「紗奈!」

「1!」


俺は再び、紗奈の左手首を掴んだ。


「行くぞ早く!」

「チュッドーーーーーーーーンッ!」


黒髪ペストマスクの大声が車内に響いた。もう、この車両には、俺と紗奈、そして、ペストマスクの2人組以外、誰もいなくなっていた。


「……って『塵』が爆発するかもだから、気を付けてね?」


黒髪ペストマスクが甘い声で言った。この状況をどこか楽しんでいるような……。

一体何がしたいのか分からないが、あと、30秒程で南沢寺駅に着く。


「……紗奈、どうした? 行こう。あっちの車両に」


紗奈が震えていた。紗奈の両目には涙が溜まっていた。


「さ……さ、紗奈?」


見たことのない紗奈の表情に思わず、言葉を失った。


「ひ、左足が……動かないの……。足首を、何かに掴まれている、みたいな……」

「……え?」

「おんぎゃぁぁああぁああああぁぁあぁっ!」


低い泣き声が車内に響く。

何なんだよ、せっかくのデートが台なしだよ。


「こんばんにちはおはようございます」


アッシュグレー髮ペストマスクが誰もいない空間に突然、話しかけた。

やばい。明らかにおかしい。だが、何がどうおかしいのかきちんと整理して説明するのは、今の俺には不可能だった。


「左足が……動かないよ……滴……」

「大丈夫。もうすぐ着くから」


情けない。俺は紗奈にどうにもならない言葉をかけることしか出来ない。


「元気ですか?」


アッシュグレー髮ペストマスクは誰もいない空間に喋り続けていた。


「何してますか?」

「大丈夫だよ、君達」


やけに演劇っぽい喋り方。

黒髪ペストマスクが紗奈の頭を優しく撫でた。


「さ、紗奈に触るな!」


俺は思わず、声を荒げてしまった。


「サナって言うんだねー。可愛い名前だ」


黒髪ペストマスクは気にせず、続けた。


「今、悪い奴がサナの左足首を掴んでいるんだ。でも、大丈夫だよ。俺達、気紛れヒーローコンビが助けに来たからね」

「おんぎゃああああああぁぁああぁぁぁああぁぁああぁっ! ぎゃああああぁぁああぁぁああああぁぁああああぁぁっ!」


泣き声がどんどん激しくなっていく。


「駄目ですね……この『塵』は」


アッシュグレー髮ペストマスクが溜め息を吐いた。


「……『猫』。てめぇの出番ですよ」


もう、何が起こっているのか分からなかった。耳を劈く程の泣き声。突然現れたペストマスクの2人組。他の車両に移った乗客。左足首を何かに掴まれて動けなくなった紗奈。激しくなる泣き声。何者かの咀嚼音。異常を乗せた電車がもうすぐ、南沢寺駅に着く。


「南沢寺駅ー。南沢寺駅ー……」


到着のアナウンスが4人しかいない車内に響き渡った。

アッシュグレー髮ペストマスクが開いたドアの前に立った。


「……でめたし。でめたし」

「じゃあ、またいつか!」


黒髪ペストマスクもその後に続いた。


「あ、いや、ちょっと!」


わけが分からず、彼等を呼び止めようとした時、


「ご馳走様でした」


急に大人びた女性の声が耳元で聞こえた。びっくりして辺りを見回す。が、当然、ここにいる女性は怯えた紗奈だけ。そんな声は出さない。


「……あ」


気が付いたら、ペストマスクの2人組はいなくなっていた。この車両だけ俺達以外誰もいないことに不思議そうな顔をした人々が、ぞろぞろと電車に入ってきた。


「あれ……歩ける……」


紗奈はその場で足踏みをしていた。


「行こう、紗奈」


俺と紗奈は彼等の合間を縫って、南沢寺駅のホームに出た。

改札を抜け、北口から外に出た。その間、紗奈はずっと俯いたままだった。

この様子じゃ、夕食は無理だな。

紗奈の様子を見て、そう感じた。当たり前だ。左足首を何者かに掴まれ、変な奴にも頭を撫でられ、散々だった。

家まで送ろう。そう思った。


「紗奈」

「い、行かないで」


紗奈の右手が俺の左手首を掴んだ。


「……え?」

「ちょっとでいいから……側に……」


紗奈の右手は震えていた。

こんなに怯えている紗奈は初めて見た。いつも強気で、すぐ暴言を吐く紗奈が……。

でも、それだけじゃない。紗奈は面倒見がよくて、何かあるとすぐに助けてくれる。

……今度は俺が助ける番じゃないのか。


「さ、紗奈……」


言え。勇気を出すんだ、滴!


「い、一緒に、夕食……でも、どう?」


紗奈は小刻みに、首を縦に振った。


「……行きたい」


あんな不可解なことがなくても、普通に誘えば、紗奈は頷いてくれてたのかもしれない。でも、あんな不可解なことがなければ、俺は誘う勇気すら出なかったかもしれない。


「そ、その後……俺の家にでも? 今日、親どっちもいなくてさ」

「調子に乗るな、馬鹿滴」

「……急に元気じゃん」


だから少しだけ、こんな機会を提供してくれたペストマスクの2人組には感謝している。

今回は、滴視点でした。


滴と紗奈は、湊の幼馴染で、第1章にしか登場していないので「誰だよ!」ってなった方はすみませんでした。

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