不完全燃焼感。
何もかもが上手くいくだなんて、人生そんなに完璧じゃないよ。
ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。
雑貨屋、「マッシュ」。
「南沢寺ストリート」内にある2階建ての雑貨屋。変な物から便利な物まで普通の店では手に入らないような物が沢山売っている。
「……ここは、雑貨屋ではないのですか?」
後ろにいるアッシュグレー君が不安そうな声で尋ねた。
俺は、ふっと鼻で笑った。
「そもそも、マヨネーズ味は飲み物じゃないよ」
「……飲み物です」
アッシュグレー君の、小声の反抗。
奥に進むと、世界中の食べ物、飲み物がずらっと並んだコーナーがある。マヨネーズ味の「宵宵」は、飲み物が並んでいる透明なドアの冷蔵庫に入っている。
その時、棚に並んでいる真っ黒な鳥の頭のような物が目に入った。嘴がやけに大きい。
「……ペストマスクだ」
黒死病が蔓延した中世ヨーロッパ。ペスト患者を専門的に治療していたペスト医師が着用していたマスク。異様な不気味さと怖さを併せ持つ、それがペストマスクだ。勿論、コスプレ用の偽物だろうが、造りはしっかりしている。
「……かっこいい」
俺はペストマスクに異常な程、魅了された。
「アッシュグレー君! 見てよこれ! かっこよ過ぎない!?」
「……た、堪らない……堪らないです……」
アッシュグレー君は冷蔵庫内に並んだ淡い黄色のアルミ缶を見て、興奮していた。
「堪らないです」
アッシュグレー君はマヨネーズ味の「宵宵」に異常な程、魅了されていた。
「……あいつ、やっぱ、頭おかしいな……ん?」
俺の前を1人の女性が通った。濃紺色のエプロンを着ているからきっと、「マッシュ」の店員だろう。俺が彼女から目を離せない理由は、ただ1つ。エロいから。エロい。エロいのだ。官能的過ぎてしょうがない。
「あ、あの……」
俺は思わず、彼女に声をかけていた。
「はい。何でしょーかぁ」
彼女は満面の笑みでこちらを向いた。
俺の息子が元気になるのを必死で堪える。
彼女は所謂、童顔だった。柔らかそうな頰。おっとりとした目。あどけない笑顔。更には低身長。ぱっと見、中学生ぐらいだ。しかし、顔と身長とは反比例して巨乳だった。エプロンの下から存在を必死に主張する2つの膨らみ。また、左目の下に黒子。それ等の要素が彼女を子供ではないと思わせる。童顔、低身長、に対する、巨乳、色っぽい黒子。そのミスマッチ感があまりにも官能的だった。こんなエロい子が同じ劇団にいたら間違いなく犯す。……じゃなくて、仲よくなる。仲よくなってから犯す。汚してやりたい。とことんまで。この童顔巨乳女の身体中を舐め回してやりたい。
「あのぉ……どうされましたかぁ?」
童顔巨乳女が心配そうに顔を覗き込んできた。その上目遣いも、やはりエロかった。
「あ、いや……」
危ない危ない。思わず、自分の世界に入っていた。
俺は近くにあったペストマスクを1つ、手に取った。
「……これ、これはいくらっすか?」
「……ひっくり返せば、値段書いてます」
彼女からは想像も出来ないような低い声が返ってきた。殺気を含んだような……。
男がいた。童顔巨乳女の後ろに、少し目付きの悪い、大学生ぐらいの男がいた。白いパーカーの上に濃紺色のエプロンを着用している。彼女と同じ、「マッシュ」の店員だ。
「ちょ、ちょっと、ショウ君。お客様にそんな目、向けないのぉ!」
驚いたように振り向いた童顔巨乳女が、目付き悪男に怒ったように言った。ショウ君と呼ばれた彼は不機嫌そうにそっぽを向いた。童顔巨乳女は俺の方に向き直った。
「すみません。本当に。ショウ……彼には私の方から」
「大丈夫っすよ」
俺はにっこりと微笑んだ。大体の女は、俺のこの甘い笑みで呆気なく落ちる。落ちる、筈なんだ。落ちる……筈、なのに……。
「値段、確認致しますねぇ」
童顔巨乳女は俺の笑顔など気にすることなく、ペストマスクを1つ手に取り、ひっくり返した。裏側には小さな長方形の白い紙が貼られていた。そこにはショウ君の言う通り、値段が記載されていた。
「1980円、プラス消費税ですねぇ」
逆に、素敵な笑顔を返されてしまった。
どういうことだ。
「ありがとうございます」
俺は再度、必殺技である笑顔を童顔巨乳女に向けた。
「いえいえ」
何故だ……全く恋に落ちた感覚がない。
「何してるんですか? 見てください。最高ですよ」
気が付いたら、隣にアッシュグレー君がいた。両手いっぱいに、大量のマヨネーズ味の「宵宵」を抱えていた。
「……あれ、『塵』ですかね」
アッシュグレー君が小さな声で言った。彼の視線の先には、童顔巨乳女の後ろからこちらを睨む、ショウ君の姿があった。
俺は首を横に振った。
「いや……違うよ。俺、彼と会話出来た」
俺には「塵」が見える能力しかない。コミュニケーションは取れない。だから、話しかけてきたショウ君は人間だ。
「じゃあ、いいです、どうでも。早くこれを買って帰って……むふふふふふ」
いつになくテンションの高い、アッシュグレー君。
「お買い上げですかぁ? ありがとうございますぅ」
童顔巨乳女は、アッシュグレー君と一緒にレジに向かっていった。
その場に残された俺とショウ君。お互いに無言で見つめ合う。睨み合う、の方が正しいか。
……何なんだ。この、不完全燃焼感は。
両手にビニール袋をぶら下げて、満足げなアッシュグレー君。
俺は落とせなかった童顔巨乳女のことで頭がいっぱいだった。
「……でめたし。でめたし」
アッシュグレー君はキャラに似合わずスキップをしながら、その場を去っていった。
「猫」が俺のところまで来た。
「今日は彼の為にありがとう。感謝するわ。じゃあね、イケメン君」
「……じゃあ」
俺は心ここにあらず、といった感じで右手を上げた。
───……あれ、『塵』ですかね。
───いや……違うよ。俺、彼と会話出来た。
不意に、アッシュグレー君との会話を思い出した。
「彼と、会話出来た……」
そう、俺は、ショウ君と会話が出来た。だから、ショウ君は「塵」ではないと、判断した。
「……あれ」
「マッシュ」の入り口前で、思わず俺は佇んだ。
───今日は彼の為にありがとう。感謝するわ。じゃあね、イケメン君。
───……じゃあ。
いや、今日だけじゃない。前に「南沢寺レインボー」で会った時も確か……。
「『猫』と会話出来てた……?」
どうして今まで気付かなかったんだ。俺は「塵」である「猫」とコミュニケーションが取れている。「塵」を見ることしか出来ない筈なのに。
もう既に、「南沢寺ストリート」から彼等の姿はなくなっていた。
「あぁ、糞……」
童顔巨乳女の件もしかり、「猫」とのコミュニケーションの件もしかり、今日は何もかもが中途半端に終わってしまう。
イライラする。ムカムカする。
イケメンであり、器用である俺がこんなモヤモヤした気持ちにならなくちゃいけない理由が分からない。俺なら何でも解決出来る筈なのに。俺の為に周りが動いてくれる筈なのに。
「あぁ……もう!」
……何なんだ。この、不完全燃焼感は。
覚えていますかね。
承哉と千代さん、久々の登場です。
実は、第1章でも「マッシュ」で他のキャラクターと絡んでます。
あぁ、千代ちゃん好き!!!!!




