優越感。
屑男は、意地悪だ。
ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。
それは突然だった。
リビングルームのソファーで横になり、スマホを弄って、俺は休日を謳歌していた。所属劇団、「羊と夜。」の公演が終了し、久々に稽古休みだった。
俺の飼育型「塵」である首子とガス子。ソファーの近くで、浮遊していた首子とただ突っ立っていたガス子が突如、移動を始めた。
俺は上体を起こし、目で彼等を追った。
「え……え、何?」
こんなこと、初めてだった。首子とガス子は飼育型「塵」だ。嫌でもずっと俺に付いてくる。それなのに、だ。彼等は俺を置いて、玄関のドアに向かって行った。
「……何? 何事?」
「また1人で会話ですか? 頭おかしいんですか?」
同居人の湊君が彼の部屋の前から、蔑むような目で俺を見ていた。
俺は無理矢理、笑みを作った。
「よー、湊君」
「そんなので誤魔化せないです」
首子とガス子は閉まっているドアに吸い込まれるようにすり抜けていった。外に出たのだろう。
「あ、やっばー、煙草切らしちゃったー。買いに行かないとー」
「非喫煙者が何言ってるんですか? 嘘吐くの下手過ぎません? そもそも……」
俺に対しての暴言が止まらない湊君に甘い笑みを送り、玄関に向かい、靴を履いてドアを開け、家を飛び出した。首子とガス子は、俺達の住むアパートの前にある静かな道路を歩いていた。必死に後を追う。そこで1つ気が付いたことがあった。
「……『南沢寺ストリート』に向かってる?」
首子とガス子は、南沢寺の人気商店街、「南沢寺ストリート」がある方へ進んでいた。
案の定、目の前に「南沢寺ストリート」の入り口が見えてきた。
しかし、何故、急に「南沢寺ストリート」なんだ? まさか……飼育型「塵」が突然、浮遊型「塵」になることってあるのか? 分からない。取り敢えず、後を追って真相を確かめないと。
……と、思っていたら、なんとなく予想がついた。
俺を呼んでいたのだ。どうやってやったのかは分からないが、首子とガス子を使って。そして、俺を呼んだ奴は「南沢寺ストリート」の入り口前で仁王立ちをしている。
生気のない顔。四白眼。直線のように横に伸びた口。青白い唇。アッシュグレー色に染まったさらさらの髪。細身で低身長。
「……アッシュグレー君」
大きめの灰色のパーカーに両手を突っ込んだアッシュグレー君がこちらを睨み付けるように見ていた。背中には相変わらず、大きな黒いリュックサック。
「こんにちは、イケメン君」
テニスボールぐらいの黒い球体の「塵」、「猫」がアッシュグレー君の横で、宙に浮いていた。
「そっちから俺を呼ぶなんてー。どーしたの?」
俺はわざとらしく微笑んだ。
案の定、アッシュグレー君は表情で不快感を露わにした。
くすくすと笑う「猫」。
「よく、私達が呼んだ、って分かったわね」
「まぁ、どうやったのかは分からないっすけどね、なんとなく。『塵』を、首子とガス子をどうにか出来るのは、俺が知る限りでは、アッシュグレー君しかいない、って」
「……『塵』同士、遠くにいてもコミュニケーションを取ることが出来るんです」
アッシュグレー君がぼそりと言った。
なるほど。そうなのか。
「つまり、アッシュグレー君は『猫』を使って、首子とガス子にコミュニケーションを取らせた。俺に用事があって」
「俺に用事があって」を強調して言った。
アッシュグレー君は小さく俯いた。
素直じゃないねー。
「……で、俺に何の用があるの?」
アッシュグレー君はちらっと「猫」の方を見た。助けてもらおうと思ったのか。が、生憎、「猫」は僕の「塵」2体と遊んでいる。空中で「猫」を追う首子。それをオロオロしながら見ているガス子。
「……用がないなら帰るけど?」
俺は敢えて帰る素振りを見せた。黙って、答えるまで待つなんて面白くない。アッシュグレー君には是非、何かを懇願して欲しい。
アッシュグレー君に背中を向け、元来た道を戻ろうとした。
「マ!」
アッシュグレー君が口を開いた。
……マ?
俺は立ち止まり、振り向いた。
「マヨネーズ!」
……マヨネーズ?
意味が分からな過ぎて、俺はその場で固まってしまった。
アッシュグレー君は意を決したようにこちらを見た。
俺はアッシュグレー君の方に向き直った。
アッシュグレー君の四白眼からの視線が鋭かった。
「マヨネーズ味の、『宵宵』は、ど、どこに売っていますか?」
「……は?」
俺は思わず、首を傾けた。
「マヨネーズ味の……『宵宵』?」
思い出した。以前、「南沢寺レインボー」にある「深海魚」という居酒屋で貰った、淡い黄色のアルミ缶に入った酎ハイだ。そういえば、おふざけ半分でアッシュグレー君に渡したら美味しそうに飲んでたな。
「……マヨネーズ味の、『宵宵』が飲みたいの?」
アッシュグレー君は黙って頷いた。数秒後、小さな声で話し始めた。
「どこにも売ってないんです。どこのコンビニにも、どこのスーパーにも、酒屋にも。……てめぇなら、知ってるかと、思って」
ほうほう。なるほど。
「で、俺を呼んだと?」
俺はわざとらしく「俺」を強く言った。
俺は更に微笑んだ。
「俺が、必要?」
アッシュグレー君は躊躇いながらも、小さく頷いた。
「え? 分からないなー。必要なの? そうじゃないの?」
「……必要、です」
「聞こえなーい」
「黒髪マッシュさんが……必要、です」
「だから?」
「……マ、マヨネーズ味の『宵宵』が売っているところを、教えてください。……お、お願い、します」
アッシュグレー君の声は震えていた。怒りか嫌悪か何かは分からないが、いい感情ではなかった。でも、それでも、よかった。普段、ツンツンしてる奴が自分を求めている状況、逆らえない状況に満足した。優越感を覚えた。
今日はこの辺にしといてあげよう。
「仕方ないなー。いいよー」
あぁ、なんていい天気なんだ。
この章では、湊君はただの脇役です。
でも、脇役も大好きです。
あぁ、南沢寺に行ってみたい。




