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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
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気紛れヒーロー。

人助けは、気紛れで。


ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。

とても心地のよい涼夜。

夜の帳に包まれながら、暖かく光る街を見下ろす。

酔っ払ったサラリーマン、ベースケースを背負ったバンドマン、道端で煙草を蒸す若者……。今日も南沢寺は変わらず、誰にでも優しかった。

この5階建ての廃れたビルの屋上からは街中を見回すことが出来る。僕はよくここで胡座をかいて、光と闇が混在するこの街を見下ろしている。柵がないからよく見える。お供は、「宵宵」と横書きされた淡い緑色のアルミ缶に入ったメロン味の酎ハイ。

夜風が優しく僕の前髪を撫でる。

酎ハイを1口飲む。


「いい夜ですなー」


この時間が僕にとって、1番の至福の時。


「今日は『塵』退治しないのかしら?」


右横から上品そうな女性の声。


「てめぇを退治しましょうか?」

「それがレディに対する口の利き方?」


僕の飼育型「塵」、「猫」。宙に浮かぶ、テニスボール程の真っ黒な球体。後ろには「猫」と白い文字で記されている。


「今日はお休みです」


僕は空虚な夜空を見上げた。


「お休みねぇ……」


「猫」は意味ありげに微笑んだ。


「……何ですか?」


僕は気になって、「猫」に顔を向けた。

「猫」は安穏な街を見下ろしていた。いや、目なんて見当たらないから正確には、見えていないのかもしれないけれど。


「この街のどこかで、『塵』が今、爆発寸前かもしれない……悪い気が人々に降りかかるかもしれない……そうしたら、人々は理性を失い、暴れ出すわ。死人も出るかもしれないのよ。分かっているのかしら?」


珍しい。無害の飼育型であれ、「塵」である「猫」が人間のことを気にするなんて。

僕も倣って街を見下ろした。


「……分かってますよ、てめぇに言われなくても。ただ、今日は休憩する日なんです。明日から頑張ります」

「明日からって……今、この街があなたを必要としているかもしれないのよ?」


僕は夜空を見上げた。


「興味ないです」


そう。別に今、誰がどうなろうと興味はない。今、僕は休みたいんだ。常に人を助けようだなんて思わない。

「宵宵」をまた1口飲んだ。


「別に今日、南沢寺が崩壊するわけではないでしょう? だったら別にいいじゃないですか。少しぐらい、『塵』の犠牲になったって」

「今日、崩壊しない保証なんてないんじゃないかしら」「猫」は呆れたように言った。「今夜、一気に『塵』が爆発するかもしれない」

「その可能性は極めて低いですよ」


僕はリュックサックを枕にして横たわった。脚を曲げ、膝から下を屋上から投げ出す。


「僕には『塵』が見えます。見た限り、今、爆発しそうな地縛型『塵』は殆どいません」

「……殆ど?」

「てめぇ、少し、しつこいですよ。今日は休日、って決めたんです。誰が何と言おうと。常にヒーローでいるなんて、不可能です」


「猫」はくすくすと笑った。


「あなたもイケメン君と同じ……気紛れヒーローね」

イケメン君。僕のことを「アッシュグレー君」と呼ぶ、「塵」が見えるだけの黒髪マッシュさんか。黒髪マッシュさんは、僕と違って、「塵」とコミュニケーションが取れない。同じにしないで欲しい。

「南沢寺にいる人を『塵』から救っているのは、僕だけですよ」

「はいはい。そうかもしれないわね」


そうなんです。

濃紺色の夜はとても綺麗だった。気温もちょうどいい。ずっと今夜が続けばいいのに。くだらなく、叶わない願いをひたすら願う。


「……冗談はさておき」


「猫」が心地のいい静寂を破った。

冗談言ったつもりは、一切ないですけどね。


「……何ですか?」

「最近、地縛型『塵』が多いとは思わないかしら」

「あー……」


夜空を見上げながら、僕は気のない返事をした。

そんなことより綺麗ですよ、月。


「あー……って、ちょっと、そんなに興味ないのかしら?」

「興味ないですね、今は。さっきも言った通り、休憩中なんで」

「はぁー……これだから、あなた、モテないのよ。お分り?」

「女性にも興味ないです」

「男性?」

「当然ないです」

「まさか……そっち系?」

「どっち系ですか?」


はぁ、と溜め息を吐くと、僕は上体を起こした。

街は相変わらず、哀愁が漂っていて、且つ、美しかった。


「確かに南沢寺には今、異常な程、地縛型『塵』がいます。でも、南沢寺が壊れない程度に僕が対処します……必ず」

「さっきから僕が僕がって……」「猫」は不服そうな声で言った。「危険な『塵』を食べているのは、どこの美しいレディだとお思いで?」


僕は「宵宵」を一気に飲み干した。メロンの甘さと炭酸が口一杯に広がる。


「嫌なら、僕の前から消えればいいです」


空になったアルミ缶を屋上から投げ捨てた。


「はぁー……これだから素直じゃない男は……」


僕は立ち上がった。


「さ、行きますか。明日からまた頑張りますよ」

「今日、何が起こっても?」

「今日、何が起こっても、です」


僕は夜色に染まった街の景色を背に、ドアに向かって歩き出した。

南沢寺のどこかで小さな爆発音が聞こえた気がした。


「……明日から頑張ります」


しかし、と僕はドアノブを回しながら考えていた。

黒髪マッシュさんがくれたマヨネーズ味の「宵宵」って、一体どこに売ってるんだろう。

影から街を守るヒーローって実在しないのかな。

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