「殺戮」。
女の子には、秘密が多いらしい……。
ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。
「ごふっ!」
春海が口から赤黒い液体を吐き出した。
どちゃ、と私の机を大量の血が汚す。
春海の制服の左胸部分には縦に直線が入っていた。そこから血が広がっていく。
「ぐがががっ!」
傷口は上下に少しずつ広がっていく。
ヴィィィイイィィィィィイイイイイィンッ!
私には聞こえる。「彼」の怒りの音が。
「ごぼぼぼぼぼっ!」
春海は立ち上がって、白目を剥いていた。
「ねぇ、知ってる? 南沢寺の都市伝説……『塵』って」
口と広がる傷口から、ごぼごぼと大量の血が流れ出る。
ヴイィィィィィイイイィィィィイイイイィインッ!
激しい雨音を搔き消す程の怒り。
「もしかして、君なら知ってるかなー? ふふふー。知る人ぞ知る、『彼等』……」
「あがががががががが!」
ヴォンッ!
何かが抜ける音がした。縦に入った左胸の傷はいつのまにか左肩まで伸びていて、胴体から切り離されていた。べろん、と左肩が垂れ下がる。左脇腹が唯一胴体と繋がっていた。
ヴィィィィイイイィィィイィイイィンッ!
音は続いた。左脇腹も切断されていく。
「ふふふー。後さ、知ってるよー。春海がずぅーと、ずぅーーーーーと、私のこと、見てたの。放課後、毎日教室に残ってたのも、勉強の為じゃないんでしょー? ふふふー」
ぼとっ。
切り取られた左肩から左脇腹が教室の床に落ちた。
「私のこと、見てたんでしょ?」
残った春海の身体が床に倒れた。椅子や机に当たり、ガシャン、ガシャンと激しい音を立てた。
「盗撮してさ、私の写真で君は……一体何をしてたのかなー? ふふふー」
どす黒い血が床に広がっていく。
嘘はよくないよ、春海。
「『殺戮』ー、もうぅー、嫉妬し過ぎだよー。ふふふー」
私は死体を見下ろしながら、右隣に立つ「彼」に話しかけた。
私に懐いた飼育型「塵」。見た目は、南沢寺高校の制服を着た男子高生。ハイエナのマスクを被り、大型チェーンソーを持っていること以外は。ハイエナのマスクの額には「殺戮」と黒い文字で横書きされている。だから、私は彼を「殺戮」と呼んでいる。
「繭は俺のものだから。渡さない。誰にも渡さない」
一体、「塵」とは何なのか。何故、「殺戮」は私に懐いたのか。そんなの分からない。
ただ、私は彼の嫉妬に溺れている。私が誘惑した男に嫉妬し、殺す。そんな「殺戮」が可愛くて仕方がないのだ。
今回の対象者は、隣のクラスの臼井春海だった。都市伝説やホラーが好きだと知って、すぐに落とせると考えた。更には私の盗撮魔だった。
今夜も「殺戮」の嫉妬で気持ちよくなれそうだ。春海の左胸が血に染まった光景を思い出しただけで、濡れてしまう。
ありがとう、春海。私の快感の為の玩具になってくれて。
私は窓から空を眺めた。どす黒く、陰鬱な。
でもね、都市伝説の話は本当に楽しかったよ。
私は立ち上がり、ドアの方へ向かおうとした。
「……」
春海の死体と目が合った気がした。
一瞬、本当に一瞬だけだったが、彼の目が笑っているように見えた。死体は「殺戮」が食べた。床や壁に散った春海の血も含め。ハイエナのマスクの下に隠れた大きな、大きな口で。だから、もう確認出来ない。春海が本当に笑っていたのか。だとしたら、何故、そんな顔をしていたのか。
分からない。分からないまま、春海は行方不明として扱われるだろう。南沢寺の闇として。
……まぁ、いいか。いくら考えても分からない。都市伝説は都市伝説のままの方が魅力的だ。
今度こそ、歩き出そうとした時、教室の前に、誰かがいることに気が付いた。
「や、やぁー……繭ちゃん」
南先輩だった。右手を挙げ、こちらに手を振っていたが、どことなくぎこちないように見えた。それに南先輩は私の背後をチラチラと見ている。
「ふふふー。み、南先輩どうしたんですか? ふふふー……部活は? 演劇部はどうしたんですかー? ふふふー」
まずい。「ふふふー」の回数が多過ぎた?
南先輩は1度、目を瞑ると、呼吸を整え、再び開いた。
「もう、終わったからさ。帰ろうと思って。じゃあね。また」
不自然な程、落ち着いていた。明らかに演技をしていた。何も見なかったことにしようと。
「……あいつ、俺が見えてる。見えてるよ」
「え?」
私は思わず、振り向いた。
「殺戮」の、チェーンソーを持つ両手に力がこもっていた。
私はてっきり、春海が私の前で突然血塗れになった光景を見られていたんだと思っていた。「塵」は一般人には見えないから。
「……それは、本当なの?」
「殺戮」は、こくりと頷いた。
「目が合ってたもん、俺と。見つめ合ったもん、あいつと」
ということは、南先輩にも「塵」が見える能力があるの? つまり、今までずっと私の後ろにいた「殺戮」を見られていた? そして、今日、「殺戮」の殺害現場を見られた?
焦りはそんなに湧かなかった。どうせ、南先輩が警察に通報しても、証拠なんて残っていない。「殺戮」が食べたから。南先輩が、頭がおかしいと思われるだけだ。むしろ、興味でいっぱいだった。いつから見えるようになったのか。「塵」をどう思っているのか。
「に、しても、繭。演技下手っぴだったねぇ。可愛かったけど。可愛かったけどね。動揺している繭はすっごく可愛かったけど」
「殺戮」は楽しそうに言った。
当たり前だ。動揺するに決まっている。春海の殺害を見られたんだ。動揺しないわけがない。
……演技……南先輩……。
「あ」
いいことを思い付いた。
「どうしたの? 繭。そんな顔も可愛い。俺のものだよ、繭は」
「ふふふー。私、演劇部に入る」
「はいぃー?」
「殺戮」が右側に首を傾げた。
「私、少しは演技力を付けなきゃ。ずっと君と一緒にいる為に。さっきみたいなことがあっても動揺せず、対策する為に。そして……」
「そしてぇ?」
今度は左側に首を傾ける、「殺戮」。
多分、南先輩はもう、私に近付いて来ないだろう。今日のことを全部見られたんだ。当たり前だ。だったら、私から近付く。近付いてやる。
私はもう南先輩への興味でいっぱいだった。
「んーん、何でもないよー。ふふふー」
私は首を横に振った。
下手に話して、嫉妬させて、「殺戮」に南先輩を殺されたら、面白くない。
「えぇー教えてよぉ。繭は俺のものなんだよぉ」
「ふふふー。だーめ。女の子は秘密に支配された生き物なんですー」
私はワクワクした気持ちを抑え、教室を後にした。
雨は未だに激しく降り続けている。
もう、春海のことなんてすっかり忘れていた。
南君は高校生の時も変わらず、屑男でした。
彼女いるのに別の女子に手を出そうとする女たらし。
そんな彼が第3章の主人公です。主人公なんです。
新たな飼育型「塵」、「殺戮」にも期待大。