表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
40/51

高山繭。

曇り空。放課後。誰もいない教室。女子高生が、1人。

彼女は一体、何者なのか……。


ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。

「南沢寺の魅力って、街全体を包み込む切なさだよねー、やっぱりさ。手が届きそうで届かない。でも、私達を温かく包み込んでくれる。この街に家があるわけでもないのに……ふふふ、何でだろう。ただいまって言いたくなる」


雨が降りそうで降らない。どんよりした曇り空。明かりを点けていない教室で彼女は、果てしない闇に飲み込まれているように見えた。南沢寺の温かさなんて微塵も感じられなかった。


「だから、南沢寺高校に入学したんだ、私。ふふふ。少しでもいい。南沢寺に居場所が欲しいって、ふふふー。ただいまって言える場所が欲しいって」


自席に座り、すぐ横にある窓から外を眺める彼女は、絵に描いたように陰鬱で、儚くて、美しかった。


「君はさ、都市伝説とか、そういう話好き? んー……決して表には出ないような、闇の中の話。信憑性のない噂程度でも、ふふふ、何故か、話を聞くだけでゾクッとしちゃうような」


彼女はやっとこちらを向いた。微笑んでいた。今にも壊れそうな脆い脆い笑みだった。闇の中でギラッと鋭く光る瞳は、獲物を見付けた時の狼のように見えた。


「ねぇ、君はどうして南沢寺高校に入ったの? ふふふ、やっぱり、南沢寺の闇を身近に感じてみたかった? ふふふー、男の子だもんね」


やっと、僕の喋る番だ。


「あ、あの……もしかして、人違いしてるとか……ない?」


彼女は首を傾け、教室の外に立つ僕を不思議そうに見つめた。


「え、ないよ? ふふふ、1年2組の臼井うすい春海はるみ君、でしょ? 春海……ふふふ、可愛い名前してるね?」

「……あ、ありがとう。……そ、それでさ、君は1年1組の、た、高……」


僕は口ごもってしまった。

彼女は「ふふふ」と微笑むと、口を開いた。


高山たかやままゆ

「そ、そう、高山さん」

「ふふふー、繭でいいよ」

「え、えっと……繭……繭さんはさ、僕に、臼井に、話しかけたんだよ、ね?」

「ふふふーそうだよ、春海君にだよー」

「……僕に」


僕と繭さんは友達ではない。隣のクラス同士だから顔を知っているだけ。それも一方的に僕だけが彼女の顔を覚えているだけかと思っていた。

1年1組、高山繭。セミロングでキャラメル色の髪、垂れ目、やけに目立つ涙袋、大人びた顔付き、顎にある黒子、薄茶色のセーターの萌え袖、綺麗な指、周りに漂うふわふわした雰囲気。同学年の中で、いや、学校の中で繭さんはトップレベルの美少女だ。

対して僕、臼井春海は、コミュ症で、自分の意見もはっきり言えない影の薄い存在。

繭さんはもはや、別世界の存在だ。そんな彼女が僕に何の用だろう。


「ふふふー、入って来なよ」

「う、うん……」


僕は教室に入り、繭さんの前の席に、窓を背にして座った。


「何やってたの? こんな時間まで」


繭さんは今にも蕩けてしまいそうな甘い笑顔で尋ねてきた。

それは僕が聞きたいことでもあるけど……。


「べ、勉強だよ。放課後の誰もいない静かな教室って、何かさ、集中出来るんだ」

「ふーん……でも分かるよ。1人で教室にいたい気持ち」


「ふふふー」と繭さんが笑った時に強調される涙袋が愛おしい。

校庭からは何も聞こえてこない。雨が降るかもしれないから体育会系の部活は休みなのだろう。


「私もねーこうやって、1人でいるのが好きなんだー。ふふふー。南沢寺高校の教室から眺める南沢寺は別格だよー。誰かに共有したいけど、したくないみたいな」


それは分かる。懐かしくて切なくて儚くて、だからこそ、憂鬱に感じるこの街の景色は本当に、胸が痛くなる程感動する。この気持ちを誰かに知って欲しいけど、言葉では全て言い表せられない。悔しいぐらいに「エモい」という言葉が似合う。それぐらい、奥深い街なのだ。南沢寺は。


「彼氏さんは大丈夫なの? その……探しに来ないの?」


僕は意地悪な質問をした。


「彼氏?」


繭さんは首を捻った。数秒後、思い付いたような顔をすると、首を横に振った。


「違うよー本当に彼氏じゃないよー。しつこいの、彼。デートしよ、付き合ってってー」


そう、これは1年生の間でだいぶ有名なネタ。繭さんは可愛い。だから、勿論、他の学年の男子も目を付けている。3年生も例外ではない。色瀬南先輩。女好きとして悪評高い屑男。浮気や寝取りはお手の物。何人もの女子をたぶらかしてきた。だが、それでも、甘い顔立ちとよく似合った黒髪マッシュ、甘い声が多くの女子を虜にし続けている。色瀬先輩はそんな中で自分に振り向かない繭さんに猛烈アタックをしまくっている。休み時間や放課後に、わざわざこの教室まで来て。しかも、色瀬先輩には今現在、彼女いるんじゃなかっただろうか。受験生なのに、一体何をしているんだか。


「あー分かってて聞いたでしょー。付き合ってない、ってー」


わざとらしく頬を膨らませる繭さん。あざといが全く苛立ちを覚えなかった。むしろ、可愛過ぎて心臓が破裂しそうだ。


「……そもそも、繭さんは何で僕に、話しかけてくれたの?」


そうだ。こんな目立たない影のような存在。繭さんの輝きを前にしたら消えてしまう。


「ふふふー。そんなに必要? 私が君と話す理由。理由がないと人は話しちゃいけないのー?」


繭さんは三日月だと思った。地上を照らし尽くす太陽ではなく、暗闇と共存する、優しいけど、どこか尖ったミステリアスな存在。三日月。


「……いや、まぁ……」


普通、知らない人にはあまり話しかけないとは思うけど……。


「一応あるには、あるよ。その、話しかけた……理由?」


繭さんは言った。

一体何なんだろう。

気になって、思わず、繭さんを正面から見つめた。


「春海君、都市伝説は好き?」


は?


「まぁ、都市伝説に限らずだけど……幽霊、UMA、UFO、宇宙人、殺人鬼、裏社会、不可解な事件……決して表には出ないような、闇の中の話」


そう言えば、繭さんが話しかけてきた時、同じようなことを聞かれた気がする。

僕はゆっくり頷いた。


「……す、好きだよ、そういうの。ネットでよく調べてるし……」

「あーーー! やっぱりぃー!!!」


繭さんは目をキラキラと輝かさせた。

……やっぱり?


「じゃあさ、じゃあ、あれは? 『南沢寺X』とか『メリケンサックの悪魔』とか」

「地下の拷問部屋、とか?」


僕が繭さんの言葉に被せるように言うと、繭さんは机に身を乗り出して更に目を輝かさせた。


「『メリケンサックの悪魔』ってさぁー死んじゃった説あるけど、あれどうなんだろうねー? ふふふー」


繭さんは心から楽しそうだった。


「まぁ、そんな危険な世界に飛び込んだんだから……そんなこともあるよ。裏社会に消されるなんて南沢寺じゃ、当たり前じゃない?」


僕も内心とても楽しかった。こんなにも都市伝説について熱く語れる人がこの学校にいたとは。しかもそれが、南沢寺高校トップレベルの美女、繭さんだとは。


「はぁー」


繭さんは深い溜息を吐いた。


「『メリケンサックの悪魔』は同じ女性として憧れだったのに……。悪に立ち向かう謎に満ちたスーパーヒロイン……生きてて欲しいなぁ……」

「そもそも、存在してるか分からないけどね」

「ふふふー。そこが都市伝説の魅力的なところよねー。ふふふー」


あぁ、楽しい。楽しい。楽しい。


「ホラー映画とか観る? スプラッター映画でも……」


今度は僕から質問してみた。


「観る観る観るー!」


予想以上の食い付き具合だった。


「最近観たのはー……『チェーンソー男』、『拷問村』、『斧男』……かな。全部、本当にある都市伝説を基にしてるのがいいよねー。全部リアルでさー。ふふふー」


凄い。僕もそれ全部観た。さて、次は結構マイナーだけど、果たして……。


「『殺戮夜』シリーズは知ってる? 今のところ3まで出てるけど」


繭さんは激しく首を縦に振った。


「うんうん、知ってるよー! 私、3が1番好きかなー。シリーズの中で1番評価低いけどー」


僕も何度も頷いた。


「ぼ、僕も! 僕も!」


興奮して言葉が詰まり、話し難い。


「3いいよね! あれぞ、B級映画って感じで! 1、2に出てきた殺人鬼が街の人々を巻き込んで3の殺人鬼と殺し合うラストシーンなんて、ほんとにもうっ、興奮して興奮してっ、血と死体が街中に……本当に最高だった。あの、ヒロインの首がもげたシーンお気に入りだよ!」

「春海君がそんなに喋ってるの初めて観たー」


突然、笑顔でそんなことを言われ、我に返った。

気が付いたら、机に身を乗り出していた。


「……あ、あの……ごめん、なさい……」


恥ずかしくなって、身を引いて、縮こまった。


「ふふふー。何で謝るのよー」


繭さんは未だに微笑み続けていた。何だかその笑みに安心感を覚えた。


「好きなんだから熱くなるんでしょ? ふふふー。私もこんなに自分の好きな話が出来て嬉しかったもん。ふふふー」

「あ、ありがとう……繭さん」

「繭でいいって」

「え?」


僕の胸が高鳴った。


「私も春海って呼ぶからさ、ふふふ、春海も繭って呼んで」


え? え? いいの? こんな幸せ。


「ほら」

「え?」

「言ってよーほら」

「ま、繭……さん」

「あぁー駄目じゃーん。ふふふー。早く慣れてね? 繭呼び」

「う、うん……」

「ところでさ、春海」


自分の名前の呼び捨ても慣れない。


「な、何……? ま……繭」


雨がポツリポツリと降り始めた。雨音は段々と大きくなっていく。


「『殺戮夜4』、南沢寺のミニシアターで来週から公開なの……知ってるよね?」

「う……うん」


何だか、恥ずかしくなって思わず、顔を伏せた。


「一緒に、観に行かない? 春海」


信じられなかった。南沢寺高校のマドンナが、この僕を……。

ザーーーーーーーーーーーーー。

シャワーのように激しく降る雨。どす黒い雲が空を覆っていた。

ドッドッドッ、と身体中を流れる血が早くなる。

そんな、そんな幸せなこと……。

僕はぎゅっ、と両手を握った。


「ま、繭……僕……」


窓を叩く雨音に負けないよう僕は、

実は、南沢寺高校のマドンナ、高山繭さんは学年は違えど、1度、登場したことがあります。


どこにいたのか、誰と絡んでいたのか、探してみてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ