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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
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まるで理性を失った化け物のように。

南沢寺の血生臭さは、奴を闇夜から呼び寄せる。


ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。

血の臭いがする。

夜の南沢寺に血の臭いが充満している。

濃紺色のパーカーのポケットに両手を突っ込み、フードを深く被って辺りを見回す。

南沢寺の北東に位置する暗くて古い小さな路地。古びた居酒屋、カフェ、アパートが並ぶ商店街、「南沢寺レインボー」。レトロな場所として一部のサブカル野郎共には人気だが、平日の2時には、もう殆ど人がいない。店も大半は閉まっているし、アパートはどこの部屋も暗い。俺が動くには好都合だ。

くちゃ……くちゃ……。

小さな音だが、でも確実に、固体から発せられる音ではない。液体に近い、何か。

そのまま暗い夜道を歩き続ける。

くちゃ、くちゃ。

確実に音が大きくなっている。血の臭いもどんどんと濃くなっていく。

ねちゃ。

何かを俺の右足が踏んだ。ヌメヌメしていて、足が滑りそうになる。

くちゃくちゃ。

ゆっくりと左側に顔を向けた。

古びた居酒屋とカフェの間。塵捨て場と化したそこに、2人いた。1人は倒れている所為でこちらから夜空に爪先を向けた足しか見えていない。もう1人はこちらにケツを向け、倒れた奴の上に跨り、四つん這いで何かをしていた。

夜の色に染まった血はそこから流れ出ていた。


「……おい、屑」


くちゃくちゃ。

俺の声が聞こえていないのか、跨った奴は未だに何かをしている。


「おい、屑。聞こえねぇのか。何してる」


音が止まった。跨った奴がしている、何かの動作も。奴はゆっくりとこちらを振り向いた。


「……ちっ、まじかよ、糞が」


奴はただのおっさんだった。エプロンを付けて、長靴を履いていた。きっと居酒屋の店長か何かだ。おっさんの口の周りは真っ黒だった。血だ。夜で黒く見えるだけ。


「ああぁぁあああぁぁ……」


おっさんは低く呻いた。

くちゃくちゃ。この音が何だったのかはっきりと分かった。こいつは人を食べていた。倒れている、あいつを。


「あああぁぁぁああああぁぁぁっ!」


おっさんは勢いよく立ち上がって、こちらに身体を向け、俺を睨み付けた。

まるでゾンビ映画でも観ているようだった。おっさんの付けたエプロンも血で汚れていた。

よく見ると、おっさんには左手がなかった。切断面からは血がドバドバと流れていた。倒れている奴の右手には包丁が握られていた。その近くには切断されたであろう、おっさんの左手。

一体、ここで何があったんだ。どうしたらこんな状況が生まれる。


「おおおおぉぉぉおおぉぉぉっ!」


が、考えている暇などなかった。おっさんはこちらに向かって走ってきた。


「屑が!」


おっさんが寸前まで来たところで俺は右手をパーカーのポケットから出し、拳で奴の左頬を殴った。


「んぎゃあっ!」


おっさんが左によろけた。左頬からは血がダラダラと流れる。当たり前だ。俺が両手に付けているメリケンサックの先には刃が備わっている。

すぐにおっさんは態勢を直し、再び飛びかかってきた。


「糞が!」


まじで何なんだ、ほんとによ!

俺は左手もポケットから出して、おっさんを殴り続けた。

気が付いたら俺は倒れたおっさんの上に跨って、彼の顔を何度も何度も両手のメリケンサックで殴っていた。ぐちゃぐちゃになって原型を留めていなかった。もう彼が生きているのかどうかすら分からない。そんなのどうだっていい。だって、屑は死に値する。屑には徹底的な制裁を。


「お前っ、何している!」


怒鳴り声が突然、背後から飛んできた。すぐさま立ち上がり、振り向く。そこには……。


「……ガスマスク野郎じゃねぇか」


黒いガスマスク、黒いパーカー、黒いズボン、黒い靴。全身黒づくめ。終いにはフードまで被っていやがる。

俺は顔を伏せ、少し先にある居酒屋とアパートの間に身を潜めた。あいつに正体がバレたらまずい。あいつはメリケンサックを握っていない方の俺を知っている。知っている、筈だ。


「ガスマスク野郎じゃない! 俺は『ブラック・ガスマスク』だ!」


先程、俺がいた場所からガスマスク野郎が声を張り上げた。


「そうかよ! どちらにしろ、だっせぇ、名前だな、屑!」


少しの沈黙があり、


「これ……これ全部! お前がやったのか! 『メリケンサックの悪魔』!」


再び、ガスマスク野郎が大声を出した。怒りで声が震えていた。

ガスマスク野郎とは何度か面識がある。南沢寺を守る者として、光と闇として、敵対してきた。顔を見られないようにしながら。


「半分正解で、半分間違いだ!」

「どういうことだ!?」


俺はガスマスク野郎と同じ高校に通っていたのだ。あいつは「ガスマスク男子高生」として、俺は「南沢寺高校の悪魔」として、南沢寺を守っていた。


「俺だって知りたい! 血の臭いがしてここに来たら、おっさんが人を食っていた! おっさんの左手は既に切り取られていて、食われてた人の右手には包丁が握られていた! おっさんが俺を襲ってきたから制裁を加えた! それだけだ!」


ガスマスク野郎が再度、黙った。今夜の南沢寺はやけに静かに思えた。


「……なぁ、『メリケンサックの悪魔』」


ガスマスク野郎の低い声が古びた商店街にやけに響いた。


「……何だ、カス」


俺は居酒屋の壁に背中を預けた。


「最近、おかしくないか……南沢寺」


おかしい? 元からおかしいだろ。だから、俺達がいる。

ガスマスク野郎は続けた。


「今回のこれだってそうだ。先週も素手で女2人が突然殺し合った。その前の週は南沢寺高校で男子生徒5人が急に暴れて、周りにいた生徒3人が犠牲になった。……関係ないように見えるが、俺にはどうも繋がっているように思える」


確かに、ガスマスク野郎の言いたいことは分かる。


「……人が、暴走している?」


「あぁ、南沢寺にいる人が急に暴れ出している。まるで理性を失った化け物のように。何か、心当たりはないか?」


ふっ、と俺は鼻で笑った。


「あったら、今頃、元凶を殺してる」

「……だよな。だが、嫌な予感がする」


それは俺も感じている。


「『メリケンサックの悪魔』。やり方は違えど、俺達の目的は1つ。南沢寺の秩序を守ることだ。いざとなったら」

「ぶさけんな」


何だか、今夜はとても疲れた。


「ヒーローが悪魔に力を借りようとしてどーすんだよ、塵」


俺は夜の闇に紛れて歩き出した。

じゃ、後片付け頼んだわ。

「南沢寺高校の悪魔」と「ガスマスク男子高生」。

「メリケンサックの悪魔」と「ブラック・ガスマスク」。


悪魔とヒーロー。

立場は違えど、それぞれのやり方で、南沢寺を守っています。

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