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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
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「少女兵」。

モテる男って、辛いらしいよ。


ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。

「『少女兵』に光を!」

「『憂鬱軍』に光を!」

「『少女村』に光を!」


発見してしまった。これまた面白そうな「変なもの」達を。

「南沢寺パフォーマンス」を抜けてすぐ、「南沢寺ストリート」の入り口。アーチ状の門の左側。異色な雰囲気を放つ少女3人。何より見た目が凄い。彼女達は全員セーラー服を着て、丈の短いスカートを履いていた。そこまではいい。至って普通。問題はここから。彼女達は全員、ガスマスクを被っていた。こちらから見て左側の奴は黒色、右側の奴は濃紺色、そして、真ん中の奴は金色のガスマスクだった。彼女達は両手で黒いサブマシンガンを1丁、握っていた。こんな危険な格好をして誰にも気付かれないのは、彼女達が「変なもの」だからだろう。


「『少女兵』に光を!」


と、真ん中の金色ガスマスク少女。


「『憂鬱軍』に光を!」


と、右側の濃紺色ガスマスク少女。


「『少女村』に光を!」


と、左側の黒色ガスマスク少女。

よく見ると、彼女達のセーラー服の胸ポケットには「少女兵」と黒文字で縦書きされていた。


「『少女兵』に光を!」

「『憂鬱軍』に光を!」

「『少女村』に光を!」


彼女達はその小さな身体で必死に叫び、訴えようとしていた。「少女兵」、「憂鬱軍」、「少女村」。一体何の話か分からないが、彼女達は真剣だった。何だか少し哀れに思えた。どんなに叫んで伝えようとしても、俺のように特殊な力を持った人ではないと彼女達の声は聞こえない。聞こえないのだ。つまり、


「……やっぱ、俺って特別だよな」


物語の中にいるみたいで自分に酔う。次の公演の稽古を終えた今もまるで舞台の上にいるみたいだ。

まぁ、でも、俺は見えるだけで彼女達とは話せない。「変なもの」と話せる力がない。そう、あいつみたいに……。


「……ん?」


俺は目を凝らした。噂をすれば何ちゃらだ。アッシュグレー色の髪。3人の「少女兵」の前にあいつが立っていた。

俺は走って彼に近付いた。


「久し振りー。元気にしてたー?」


話しかけると、彼は視線を「少女兵」から俺に移し、死んだような目を細めた。


「……また、てめぇですか」

「てめぇって……色瀬南だよ。南って呼んでって」


全体的に生気のない顔。四白眼。直線のように横に伸びた口。青白い唇と顔。アッシュグレーに染まったさらさらの髪。細身で低身長。相変わらず、幽霊みたいだ。


「ちょっと、てめぇは黙ってもらえますか?」

「南だよ。てめぇじゃないよ」

「ミナ……黒髪マッシュさん」

「南だよ。何で言い換えた」


彼……アッシュグレー君でいいや。アッシュグレー君は「南沢寺ストリート」の入り口前で叫ぶ、「少女兵」達に視線を戻した。


「こんばんにちはおはようございます。元気ですか? 何してますか?」


3人は急に静まり返った。ガスマスクで表情は分からないが確実に動揺している。3人はお互いの顔を見合った。


「……話せるのか? お前は話せるのか?」


金色ガスマスク少女がアッシュグレー君に尋ねた。

アッシュグレーは頷いた。


「話せます。僕はてめぇ達のようにジバクガタになった『塵』とコミュニケーションを取って解決の糸口を探します」


ジバクガタ? 「塵」? 何の話だ?

まぁ、よく分からないけど……。


「俺もいるよー宜しくね、皆」


無視。圧倒的無視。誰も俺を見てくれない。挙げ句の果てには


「黒髪マッシュさんは息をする騒音ですか?」


とアッシュグレー君にまで言われる始末。


「解決の糸口? 私達の願いを叶えてくれるのか?」


金色ガスマスク少女がリーダーなのだろうか。他の2人は一切喋ろうとしない。そもそも、「変なもの」にリーダーという概念があるのだろうか? 3人で1つの「変なもの」という可能性は?

オレンジ色の街灯が黒く深い青色の街を照らし出す。

アッシュグレー君はゆっくりと首を横に振った。


「そうとは限らないです。まずはてめぇ達の話が聞きたいです」

「分かった」


金色ガスマスク少女は頷いた。

この前アッシュグレー君と見た「役者」よりしっかりとコミュニケーションが取れる。個体によって差があるのか?


「私達は『少女村』の『憂鬱軍』に属する『少女兵』だ。少女だけで少女しか住んでいない村を守っている」


もうこの時点で何を言っているのかさっぱり分からない。が、アッシュグレー君の表情は一切変わらない。


「何故、てめぇ達は『少女村』に?」

「私は犯してくる父親に耐え切れなくて」


と、金色ガスマスク少女。


「私はストーカー被害に耐え切れなくて」


と、黒色ガスマスク少女。


「わ、私は……彼氏の、その、DVに、耐え切れなくて……です」


と、気弱な声の濃紺色ガスマスク少女。

金色ガスマスク少女は続けた。


「全員、何かしらの過酷な現実に耐え切れなくて『少女村』に逃げてきている。『少女村』は謂わば、少女達の少女達による少女達の為の保護施設なんだ。でも、世間はこの事実を知らない。世の中に私達の存在を知らしめたいんだ」

「だから、『塵』になり、南沢寺でジバクガタとして訴えているわけですか?」


金色ガスマスク少女は頷いた。


「そうだ」

「はぁーそうですか」


アッシュグレー君は空を見上げて、腕を組み、何かを考える仕草をした。しかし、すぐに


「あっーわっかんねぇ」


と呟き、再び、金色ガスマスク少女を見た。


「あのーですね。今ちょっと、てめぇ達の話を聞いた上で説得しようと考えたわけですが……無理でした。あのですね、話が重いです。近親相姦だのストーカーだのDVだの。話が重過ぎてアドバイスが出来ないです」

「別に、アドバイスなんかいらない」


金色ガスマスク少女が不機嫌そうに言った。


「だからですね」


アッシュグレー君は言い辛そうに話を続けた。


「単刀直入に僕の気持ちを申し上げますと、てめぇ達には今すぐ、南沢寺から出ていって欲しいわけです」

「は? んなこと」

「出来るわけないですよね。分かってます分かってます。だから、悩んでたんです。いいですか? てめぇ達はジバクガタの『塵』です。ジバクガタがその場にい続けると悪い気を溜め込みます。そうすると、膨張し始め、終いには、バーーーンッと爆発します。悪い気は辺りに散らばり、近くにいる人間に降りかかります。悪い気を浴びた人間は暴走をします。分かりますか?」


え、何? 整理だ。整理をしよう。多分、「塵」とは「変なもの」のことだ。「塵」がジバクガタになると危ないってこと? 悪い気を撒き散らして、人間を暴走させる?

ふっ、と金色ガスマスク少女は鼻で笑った。


「別にそんなのどうだっていい。私達を見捨てた世の中への復讐だ。悪くない」

「そうですか……『猫』」


アッシュグレー君が小さく呟いた。と同時に、黒色ガスマスク少女の上半身と下半身が切断された。下半身は地面に落ち、上半身は宙に浮いている。

何が起きたのかさっぱり理解出来なかった。

黒色ガスマスク少女の頭を真っ赤なマニキュアを全ての爪に塗った左手が掴んでいた。左手を辿る。腕、腕、長い腕……黒い球体? 口を開けた黒い球体が宙を飛んでいた。背中には「猫」と白い文字で書かれていた。アッシュグレー君の周りをずっと飛んでいた「変なもの」……「塵」だと分かった。

金色ガスマスク少女がサブマシンガンの銃口を「猫」に向け、発砲した。「猫」は咄嗟に掴んだ黒色ガスマスク少女の上半身を盾にして、身体を守った。臓器が垂れ下がった上半身から真っ赤な血が飛び散る。「猫」は上半身を金色ガスマスク少女に向かって投げた。一瞬怯んだ隙に、真っ赤な爪を先頭に伸ばした左手を金色ガスマスク少女の心臓めがけて突き刺した。黒色ガスマスク少女の心臓も突き破って。

アッシュグレー君が不気味に微笑んだ。


「……でめたし、でめたし」


2人の「少女兵」を串刺しにしたまま、「猫」は左腕と左手を口の中に引っ込めた。「少女兵」の死体は口に入る直前に小さくなり、吸い込まれるように「猫」に食べられた。


「ご馳走様でした」


「猫」が、上品で気が強そうな女性の声を出した。


「うわぁっ、喋った!」


思わず、驚きの声を上げてしまった。


「失礼ね。少し甘いマスクを持ってるからって女性に対してそんな口を利く?」


「猫」が眼前まで来た。

喋った! しか言ってないけど。

あれ……待てよ?

「猫」に食べられたのは、2人の「少女兵」。全員で3人いた筈。もう1人は……。


「まさか、シイクガタとは……」


アッシュグレー君が俺の腰辺りを見ながら言った。


「は? シイク? え?」


困惑していると、下の方から視線を感じた。恐る恐るそちらに目を向けると、濃紺色ガスマスク少女が左隣にいた。俺を見上げている。


「え? は? え?」


どういうこと? シイクガタ? は?

アッシュグレー君が面倒臭そうにゆっくりと話し始めた。


「シイクガタ。たまにいる例外ですよ。特定の人に懐く『塵』。飼育しているみたいでしょ? だから、飼育に型で、飼育型。でも、大丈夫ですよ。ジバクガタと違って、無害です」

「その、ジバク型って……?」


アッシュグレー君は更に面倒臭そうな顔をした。


「『塵』には基本的に2種類います。フユウ型とジバク型。フユウ型は、街中をふらふらと歩き回る『塵』。飼育型と同じで無害です。しかし、ジバク型は、居場所を見付けてそこから動かなくなった『塵』。『少女兵』みたいな『塵』のこと。動かなくなると、悪い気が溜まっていき、膨張し、爆発する。人間が暴走を始める。ちなみに、フユウ型のフユウは、浮遊霊の浮遊。ジバク型のジバクは、地縛霊の地縛」


浮遊型と地縛型、そして、飼育型か。


「俺はこの子をどうすれば……」

「どうもしなくていいですよ。僕の『猫』と一緒。勝手に付いてくる」

「ちょっと、勝手ってどういうことかしら?」


今度は、アッシュグレー君に詰め寄る「猫」。


「まぁ、別にどうでもいいんですけど……」アッシュグレー君は死んだ目で俺を見ながら、気味悪そうに言った。「僕、2体も『塵』を連れてる人、初めて見ました」

「は? 2体?」


そこで、濃紺色ガスマスク少女の視線の先に違和感を覚えた。ガスマスクで彼女の目は見えないが、なんとなく、見ているのは俺じゃない気がした。首の角度的に真上を……。


「……なっ!」


言葉を失った。左上に元カノの首から上が飛んでいた。ポニーテールの水帆の顔が濃紺色ガスマスク少女を上から睨み付けていた。

これは一体、どういう状況だ。何が無害だ。絶対、何か起こるに決まってる。


「モテる男は辛いですね」


視線を戻すと、アッシュグレー君と「猫」はどこにもいなかった。「南沢寺ストリート」の入り口で俺1人が佇んでいるだけだった。

畜生。逃げやがった。あいつ、逃げ足だけは早いな、本当に。

その時、水帆が「南沢寺ストリート」に入っていくのが見えた。「塵」ではなく、きちんとした人間の方。


「み、水帆!」


俺は飼育型の「塵」達から逃げるようにして彼女を呼んだ。水帆は立ち止まり、こちらを向いて笑顔になった。


「南君、何してるの?」


突然、後ろから色っぽい女性の声がした。すぐに分かった。加奈子さんだ。同じ劇団に所属している先輩女優。甘いマスクを持った俺は、当然彼女と……。

上下前後。全方向から視線を感じる。カオスだ。「塵」2体と女性2人に見つめられてる俺って……。

あぁ、モテる男は辛い。

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