「集合体」。
もう1人の主人公、「掃除屋」の日常。
ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。
「マ、ヨ、ネー、ズ」
この街は色んな匂いで溢れている。
喜怒哀楽、レトロ、サブカル、表現、悪、善、優しさ、温もり、犯罪、裏社会……。
1つの言葉だけで言い表すことは不可能に思える。いや、不可能だ。断言出来る。この街にいると、鼻が疲れる。プラスなものからマイナスのものまで。鼻に対する圧倒的暴力。
だからだろうか。「奴等」がこの街にやって来るのは。
「マヨネー……」
自分に合った匂いを求めて、「奴等」は南沢寺にやって来る。南沢寺は「奴等」の溜まり場。
「ズ!」
僕は「奴等」を「塵」と呼んでいる。居場所を失い、彷徨い続ける。留まれるところを探し回る。この世には不必要だから。だから、「塵」。どうしようもない「奴等」なのだ。「塵」共は。
「マヨネーズ」
「塵」が何なのか僕にもはっきりとは分からない。悪い気、生き霊、言霊、魂、空気……様々な説が挙げられるが、定かではない。幽霊の部類なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
「マヨネーズ!」
僕が物心付いた時から「塵」共は、僕が見る世界にいた。当たり前のように。ふらふらと。居場所を探していた。「奴等」は、一般人には見えていないようだった。やはり、空気なのかもしれない。空気が僕には見えているのかもしれない。そう考えた時もあった。しかし、物事はそう単純ではなかった。僕は「塵」共とコミュニケーションが取れるのだ。目を見て、会話が出来る。人と接するように。
ほぉら、早速聞こえてきた。
「うわあぁぁあぁ」「くださいください」「殺さないでよ」「お腹空いたよ」「食べたい。食べたいなぁ」「殺そ。ね、殺しちゃおうよ」「ありだなー。それはありなんだよなぁ」「よくないニャン」「偽善者振るなぁ、偽善者振るなぁ偽善者振るなぁ」
「塵」は、基本的に2種類いる。浮遊型と地縛型。
浮遊型は、街中をふらふらと歩き回る「塵」。
地縛型は、居場所を見付けてそこから動かなくなった「塵」。
「頂きたい。是非頂きたい」「そうした方がいいよ」「いいのかなぁ」「にゃぱちゅぱりゅ」「痒い痒いよぉ。そこ痛い」「殺すことなんて容易」「よくないニャン」「偽善者に制裁を! 制裁を! 制裁を!」
2種類の内、問題なのは、地縛型の「塵」。居場所を手に入れ、留まり続けると「塵」にはどんどんと悪い気が溜まっていく。「塵」は少しずつ膨張し、しまいには爆発をする。勿論、一般人には見えない。が、爆発して飛び散った悪い気が人に降りかかると、人は暴走をし出す。欲望が理性を超え、収拾がつかなくなる。僕は何回か「塵」が爆発した後を見たことがある。特に酷かったのは、南沢寺駅前の爆発だ。悪い気を浴びた人々は突如暴れ出し、殺し合った。南沢寺駅前の広場は血の海になった。謎多き同時多発殺人事件となっているが、僕だけがその真実を知っている。
そして、今、僕の目の前にいる……
「あぱぱぱぱぱぱ」「失礼します。失礼されます」「ちゅきりちゅきりちゅきり」「どうもーこれつまらない物ですが」「結婚されてるんですね」「なぁ興奮してるんだろぉなぁ、嫌がってる自分にさぁ」「おはよ、おはよ、おはよ」
「……てめぇは一体、どんな『塵』ですか」
南沢寺駅南口前にある広場。駅を背中にして、真ん中にある噴水の右横に「塵」はいた。3メートルぐらいあるだろうか。大根を半分にして切り口を下に立たせたような歪な見た目。粘土のようにねちゃねちゃした、薄緑色の表面。身体中に浮き出た大量の口。人のもあるが、犬だったり、猫だったり、様々な口が隅から隅まであった。どの口も独立しているかのように、別々に話している。
僕は「塵」の後ろに回る。「塵」の大きな背中には、「集合体」と縦に黒く大きな文字で記されていた。僕は再度、口妖怪の前に立った。
「こんばんにちはおはようございます」
この「集合体」という「塵」はかなり危険なように思えた。
「元気ですか?」
今日初めて見たが、悪い気を溜め込む速度が尋常ではない程早かった。
「何してますか?」
こいつが「塵」なのならば、僕は南沢寺の「掃除屋」。爆発する前の地縛型「塵」を説得して浮遊型にするか、その前に……。
この「塵」に目はないが、何やら物凄い量の視線を感じた。「集合体」が僕の存在を認識したのだ。
「見えるのか?」「こいつ見てるぞ」「恥ずかしいニャン」「誰だこいつは」「殺す? ねぇ、殺してしまう?」「おぉぉぉおぉ」「気持ち悪いなぁ」「本当に人間かこいつ」「犯したい」
話を聞いてくれない。何個、口があるんだ。
取り敢えず、もう1度。
「てめぇは何してるのですか?」
駄目だ。まだ、ごちゃごちゃ何か言っている。こっちの話を全く聞こうとしない。周りからの視線も感じた。不審な者に対する目。そんなもん、慣れっこだ。
慣れっこだが……。
「今日は生憎、機嫌が悪いのですよ」
現在時刻、16時47分。
淡い水色とオレンジ色の空が綺麗だ。
「……『猫』。てめぇの出番ですよ」
「塵」には基本的に2種類いる。基本的には。浮遊型と地縛型。だが、もう1種類、例外がいる。
「餌の時間です」
飼育型。どういった理由かは分からないが、特定の人間に懐くことがある。場所ではないが、飼育型もその人間を居場所とするのだが、地縛型とは違い、悪い気を溜め込まない。ただ、その人間と共に行動するだけ。「塵」が見えなければ、本人に何の変化はない。ただ、「塵」を手懐けている人が極稀に存在する。僕のような力を持った人だ。
「こんなに大きいなんて……私を太らせる気?」
「猫」の色っぽい声。「猫」。こいつが僕に懐いた「塵」。ずっと僕の周りを浮遊している。テニスボールぐらいの真っ黒な球体。ギザギザの歯が生え揃った大きな口が1つ。背中と思われる部分には「猫」と白い文字で記されている。多分、女。「塵」に性別があるのかは知らないが。
「『塵』に太るなんて概念、ないですよね?」
「それが女性に対する口の利き方? あなた、モテないでしょ?」
「余計なお世話です」
「何だあれぇ」「女だぞぉ」「舐めたいなぁ」「恐れ入ります。恐れ入りました」「こっちに来い。背中を洗え。いいから、こっちに来い」「ちゅきぱりゅ」「君ってさぁ、んー魅力的」「いけないんだニャン」「ペロペロペロリ」
「集合体」が「猫」に反応を示した。興奮するかのように、全ての口が忙しなく開閉した。
「では、美味しく頂きますわね」
「猫」が口を大きく開く。口の中から左手が出てくる。全ての爪に真っ赤なマニキュアが塗ってある。そのまま左腕も出てきた。どんどん腕が伸びていく。左手が「集合体」のてっぺんを掴んだ。
「いたたひぃまふぅ」
頂きます。「猫」は口を開いたままそう言った。真っ赤な5つの爪が「集合体」の粘土のような身体にめり込んだ。
「あぁぁああぁぁああぁっ!」「嫌ぁぁああぁぁあああぁぁっ!」「いだいぃぃぃいいぃぃぃぅっ!」「お母さぁぁああぁぁぁん!」「恐れ入りますぅぅううぅぅうううぅっ!」「ニャアアァァァアアアァァアァッ!」「ちゅぎゃぁぁあああぁぁああぁっ!」
耳を劈くような絶叫。周りの一般人には聞こえていない。僕が噴水をただ眺めているだけにしか見えていない。
「猫」の左手にぐっ、と力がこもる。ドロドロと薄緑色の液体が爪に刺された部分から流れ出た。「集合体」の巨体が持ち上がる。そのまま勢いよく左腕が引っ込む。掴まれた「集合体」は、「猫」の口に入る直前、入る部分が小さくなり吸収されるように食べられた。
「ふぅー……ご馳走様でした」
もう、そこに「集合体」はいなかった。噴水と南沢寺駅があるだけ。
「……でめたし、でめたし」
今日は面倒臭くて話も聞かずに「塵」を消してしまったが……まぁ、別にいいや。
「今日は随分と機嫌悪いわね。何かあれば話聞くわよ」
「猫」が楽しそうに言った。
「てめぇには関係ないです。てめぇは掃除だけに集中してください」
そう、僕が「塵」を片付ける「掃除屋」なら、「猫」は掃除する為の道具、「掃除機」だ。僕が片付け切れない「塵」を、彼女が処分する。
完全に気紛れだが、僕等は南沢寺を「塵」から守っている。感謝して欲しい。
「帰りますか、そろそろ」
「えぇ、そうね。お腹一杯だわ、私」
僕達は、明かりが灯り始めた南沢寺駅に背を向けて、我が家へと歩き出した。
「あぁ……マヨネーズ……」
しかし、何故、「宵宵」の期間限定、マヨネーズ味はどこにも売ってないんだ。