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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。
33/51

「役者」。

新章にして、最終章

「南沢寺にはよく「塵」が流れ着く。」

始まりです。


南沢寺を掃除している奴等がいる。

南沢寺の「掃除屋」、気紛れヒーローの物語。


危ないだけが、南沢寺じゃない。


ようこそ、摩訶不思議な南沢寺へ。

南沢寺にはよく「変なもの」が流れ着く。

レトロな商店街、バンド、演劇……他の街にはない特殊な雰囲気が「彼等」を呼び寄せているのかもしれない。

俺はよく「彼等」を見かける。いや、見えてしまうのかもしれない。第六感のような、そういう特別な力で。

「彼等」が生き物なのか、気のようなものなのか、俺には分からない。別に実害があるわけじゃないからそこまで気にしていない。いるだけなのだ。「彼等」は。

南沢寺は、「変なもの」達の逃げ場なのかもしれない。

次に公演する舞台の稽古を終え、外に出た。

「南沢寺パフォーマンス」は今日も個性的な見た目をした人々で溢れている。さすが、ミニシアター、ライブハウス、小劇場が立ち並ぶ、表現者の集う道だけある。夜色に染まっても、街灯と話し声、足音、匂いが、「南沢寺パフォーマンス」を照らしていた。この、映画の中にいるような、気怠げな雰囲気が俺はとても好きだった。演技をしていない時でも、今の自分の状況に酔いしれられた。

「南沢寺パフォーマンス」にある唯一のコンビニ、「ロンリーマート」でお酒を買った。淡い水色のアルミ缶に「宵宵」と記されたラムネ味の酎ハイだ。

コンビニから外に出る。アルミ缶を開け、「宵宵」を1口飲む。家へ帰るには、南沢寺にある商店街、「南沢寺ストリート」を通る。そちらに向かって「南沢寺パフォーマンス」を歩いた。


「あぁあああぁぁぁ……」


嗄れた声。生気を全く感じない。どうしようもなく、廃れている。

俺は立ち止まり、声のした方を見た。

俺から見て左側。「南沢寺パフォーマンス」に並ぶ建物と建物の間。散らばった塵。汚い両側の壁。まるで暗く汚い異空間。そこに「彼」はいた。脂ぎったぐしゃぐしゃの長い黒髪。髪の毛との境目がない、もじゃもじゃの長い黒髭。小汚いジーパンとスニーカー。その割に半袖のTシャツは真っ白で綺麗だった。また、シャツには、縦に大きく黒い文字で「役者」と書かれていた。太ったお腹の所為で「役者」の「者」の文字が前に張り出されていた。小汚いおじさんが建物と建物の間で両手を地面につき、足を投げ出し、座っていた。


「あああぁ……あぁ、期待しないでください。期待しないでください。よくないよぉ……よくない」


おじさんが、南沢寺に流れ着いた「変なもの」に属することはなんとなく分かった。身に纏っている空気が違うのだ。普通に生きている者と。

「宵宵」を一口飲む。俺はへらっと笑い、おじさんに近付いた。今日は何故だか、気分がいい。


「期待? おじさんは期待されるの嫌なの?」


おじさんは虚ろな目をこちらに向けた。


「あぁ……あああぁぁあぁ、あぁあぁぁ」


すると、上体を起こし、両手をこちらに伸ばしてきた。開けっ放しの口からは涎がダラダラと垂れている。


「おじさんさぁ、急に元気じゃん。元気になったじゃーん。よかったね。……何? 『役者』? おじさんは役者なの?」

「あぁぁああぁ……期待……期待しないで、期待をしないでください……あぁぁああぁぁ……」


おじさんは必死に伸ばした両手をゆらゆらと縦に揺らす。

何度か会話をしようと「変なもの」に近付いたことがある。今回も結果は同じ。やはり、会話は無理。


「期待は嫌だ。期待は嫌なんです」


ただ「彼等」には共通していることがある。伝えたいメッセージがあるのだ。意味は分からないのだが、同じ言葉を何度も繰り返し、必死に何かを伝えようとしてくる。


「実はね、俺も。俺も役者やってるんだよー。小劇場の舞台俳優なんだけどね。あそこのさ、ほら、『羊と夜。』って劇団の……ん?」


あることに気が付いた。おじさんが伸ばした両手。その指先には、俺がさっき買った「宵宵」があった。


「……もしかしてさ、おじさん。もしかして、これ、飲みたいの?」


初めてだった。「変なもの」が何かに反応するのは。


「期待なんてぇ、期待なんてしないでください。期待をしないで……ああぁぁああぁ……期待期待期待……」


やはり、会話は成立しないが、先程よりも激しく、おじさんは両手を縦に振り始めた。

やはり、「宵宵」に物凄い興味があるようだった。

俺は「宵宵」を一口飲んだ。口一杯にしゅわしゅわとラムネの味が広がる。


「期待! 期待を! 期待はいけないよ! いけないこと! とてもね! 駄目なんだよ!」


明らかに、「宵宵」に反応していた。


「……へぇー、面白いじゃん」


俺は思わず、微笑んだ。

おじさんの「役者」と書かれたTシャツは涎でベトベトに汚れてしまっていた。


「ほい、あげるよ」


俺は「宵宵」をおじさんにあげようと、アルミ缶を持った右手を伸ばした。同時に、右手首に痛みが走る。気が付くと、「宵宵」が右手からなくなっていた。


「よくないですよ。よくないです。『奴等』にアルコールは。いけないことです」


右隣に見知らぬ少年が立っていた。全体的に生気のない顔。小さな黒目。直線のように横に伸びた口。青白い唇。アッシュグレー色に染まったさらさらの髪。細身で低身長。左手には、おじさんにあげようとしたラムネ味の「宵宵」。


「『奴等』にあげてはいけないのです」


そう言うと、少年は「宵宵」を一気に飲み干した。ゴクゴクと、一切休憩せずに。塵と化したアルミ缶を地面に投げ捨てた。


「ふぅー……ご馳走様でした、ゲッフ……。さぁ、始めましょうか。さぁさぁ」


ぶかぶかの灰色のTシャツと黒いズボン、黒いスニーカー。大きな黒いリュックサック。見た目は南沢寺でよく見る、気怠げな一般人なのに、放つ雰囲気が異様だった。


「こんばんにちはおはようございます。元気ですか? 何してますか?」


少年はおじさんの正面に立って、彼を見下ろした。

おじさんは空になったアルミ缶を悲しそうに見つめていたが、少年に話しかけられると驚いたような顔をし、そちらに目を向けた。


「ご機嫌よう。期待……き、期待をされています……きた……い……期待は大変、です……た……大変でございます」


先程まで支離滅裂な発言しかしてこなかったおじさんが少年と会話をしていた。俺は黙って聞くことにした。


「……期待ですか。何故ですか? 何故、期待をされているのですか?」

「人は誰しもが1人……。私はロンリネス教の教祖、ロンリネスでございます。私には沢山の信者がいるのでございます。信者は私に期待をするのでございます。私を神だと言うのでございます」

「てめぇは神様ではないのですか?」


おじさんはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。違うのでございます。私はお金が欲しかっただけなのでございます。会話術や心理学に長けていたので、人を集め、大きな宗教を創ったのでございます。そして、適当に考えた教えを使い、信者からお金を巻き上げたのでございます。それがロンリネス教でございます。でも、段々と辛くなってきたのでございます」

「辛い……。何がですか? てめぇの思惑通りです。てめぇの望みが叶ったのですよ。てめぇは晴れて最低な人間になれました。でめたし、でめたし、です。拍手喝采。ぱちぱちぱち。わーわーわー」


相変わらず、無表情。死んだ顔の少年。それとは反対に、おじさんの顔は泣きそうになっていく。元から皺くちゃの顔がもっとくしゃくしゃになる。


「信者がどんどんと私に期待するのでございます。次の予言は、次の行動は、と。期待して期待して……私を本当の神様だと思っているのでございます」


少年はちらっとおじさんのTシャツを見ると、「なるほどです」と頷いた。


「つまり、てめぇは軽い気持ちでカルト宗教を始めた。意外にも人気が出て、多くの信者がてめぇを神様だと崇め奉り、期待をしました。てめぇは神を演じ続けた。でも、演技を続けていくにつれて、期待も大きくなる。遂には演技をしている時間の方が長くなって誰も本当の自分を見てくれなくなった。信者の期待があなたをずっと神の役でいさせた。だから……『役者』」


おじさんはボロボロと涙を流し始めました。


「もう疲れたのでございます。期待されるのも、神を演じ続けるのも。でも……」

「演じ続けないとお金も貰えないし、誰も自分を見てくれない?」

「そうでございます。演じるのは嫌なのでございますが、誰にも相手にされないのも寂しくて……段々お金儲けの為なのか、注目されたいだけなのかも分からなくなってきて……あああぁぁぁああぁぁ……」


少年の目が少しきつくなった気がした。


「期待って勝手にされるものですよ。いくらこれぐらいの期待でいいと自分で決めていても、他人にはそんなもの関係ない。期待して期待して、てめぇを求める」

「あぁぁああぁぁああぁ……嫌でございます、嫌でございます……期待……嫌……」


おじさんは頭を抱えて蹲った。


「それでもお金が欲しいなら、注目されたいなら何かを犠牲にしなくちゃいけないです。素の自分ぐらいの犠牲でごちゃごちゃ言っているようではてめぇは糞人間です。生きている価値ないです。皆無です。期待ぐらい、神の演技ぐらいで文句言うのはてめぇぐらいです。甘いです。甘過ぎます」

「私は甘い……私は甘い……」

「人を騙して生きてるんです。それぐらい安いものでしょう? 分かったら出て行ってください。てめぇは南沢寺から出て行ってください」


おじさんは駄々を捏ねる子供のように、首を激しく横に振った。


「嫌でございます。嫌でございます。私は生きたくないでございます。ここにっ」

「出て行けってのが、てめぇには聞こえねぇのか」


少年の低く重い声が、暗く汚い異空間に響き渡った。


「ひ、ひぃやぁっ!」


おじさんは四つん這いになって、建物と建物の間から抜けた。そのまま四足歩行で俺が帰る方向とは逆方向に「南沢寺パフォーマンス」を駆け抜け、どこかへ消えていった。その間、歩行者の誰もがおじさんのことなんか見えていないようだった。


「……でめだし、でめだし」


少年の声は、元の気怠げなものに戻っていた。


「す、すげぇ……」


俺は思わず、言葉を失った。

少年はてくてくと、おじさんが消えていった方向に歩き始めた。


「あ、ちょ、ちょっと!」


こんな面白いものが見れたのだ。話を聞きたい。色々と。


「ちょっと、待ってよ!」


俺は少年の横を歩いた。帰り道とは反対方向だが、気にしない。


「……何ですか?」

「見たよ、さっきの。凄いね。凄いよ」

「どうもです」


顔は死んだまま変わらない。


「君も見えるんだね、あの、『変なもの』」

「『変なもの』……あぁ、『奴等』。まぁ、はい」


少年の歩く速度は一切落ちない。


「俺も、俺もなんだよ、見えるんだよね」

「へぇー……」


興味なしかよ。


「あー、色瀬南だよ。名前ね? 俺の。俺の名前。南。南って呼んでよ。宜しくー」


すると、少年が急に立ち止まった。


「あ」


少年が突然、俺の背後を指差した。


「え?」


思わず、反射的に振り返った。しまった、と思った時には少年は消えていた。一瞬でどこかへ。


「……はははっ」


まぁ、いっか。

俺は微笑んだ。

新しい遊び道具が増えたんだ。喜ばなくちゃ。「変なもの」が見えている限り、また、彼には会える。根拠はないけど、そんな気がした。

南沢寺にはよく「変なもの」が流れ着く。

レトロな商店街、バンド、演劇……他の街にはない特殊な雰囲気が「彼等」を呼び寄せているのかもしれない。

少年も、俺も、もしかしたら、流れ着いたものの仲間なのかも。

俺は妙な興奮を覚えながら、家に向かって歩き出した。

それにしても、少年の横でずっと飛んでいた黒い球体は、一体何だったんだろう……。

最後の主役は、色瀬南君。

湊と水帆の同居人で、水帆の元カレの屑男。


南沢寺は、どこへ向かって行くのか……。


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