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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺の夜は屑の排除にちょうどいい。
29/51

地獄を味わえ。

悪には、濃紺色の地獄を。


ようこそ、血生臭い南沢寺へ。

静寂。

次に来る筈の痛みが来ない。


「……はぁ、はぁ……」


俺の乱れた呼吸だけが耳に届く。

地面についた両膝、だらんと垂らした両腕。

暗闇の中、俺だけそこに取り残されたような感覚。

段々、感覚が戻ってくる。全身が痛い。頭が回り出す。呼吸が整う。


「……んぐっ」


唾を飲み込む。

空気を目一杯吸い込む。


「ふぅー……」


全て一気に吐き出す。


「はぁー……」


身体の中が浄化された気分になる。

いい。夜はいい。南沢寺の夜はいい。

俺は両手に付けている濃紺色のメリケンサックを握り直した。

瞑っていた目を開く。


「なっ……」


南沢寺の暗く静かな住宅街。澄んだ空気。覆面を被ったスーツ姿の人々が倒れている。数メートル先でクラスメイトの北沢が呆然と突っ立っていた。

……何が起きたんだ。一体何が……。


「やだぁ、びっくりしてるのぉ?」


突然背後から声が聞こえた。

驚いて振り返り、更に驚く。


「お前っ……何でっ、何が……これは……」


言いたいことが上手く纏まらない。


「本当に驚いてるぅ、可愛いぃ」


にっこりと、そいつは微笑んだ。


「……南沢寺の、裏社会……な、舐めんなよ?」


北沢の声が震えていた。それを隠すこともなく。いや、隠せないのかもしれない。この次から次へと来る衝撃に。

周りにある一軒家のドアがゆっくりと開いた。中から何人もの覆面スーツ集団が出てきた。全員、手には武器を持っている。

……まだ、いるのかよ、糞が。

もう、驚き疲れた。驚くことが多過ぎる。


「私が彼等やっちゃうからぁ。いいよぉ、君は自分のことに集中してぇ」


俺は……俺のことを。

俺は北沢を睨み付けた。

やっと、2人で殺り合えるな。

本番はここからだ、屑。


「……やってやるよ、糞野郎」


俺が走り出すのと、覆面スーツ集団が動き出すのは、ほぼ同時だった。


「あああぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁああああぁぁあああぁぁっ!」


痛みを雄叫びで搔き消し、必死で地面を蹴る。

後ろでは殺し合う音。

北沢はもう目の前。


「おらぁぁああぁぁあぁっ! 屑がぁぁぁああぁぁっ!」


右拳を振り上げる。このメリケンサックを貴様に。屑に。

突如、サバイバルナイフが俺の顔を襲った。


「……んがっ!」


俺は勢いよく右側に転がった。左頬が熱い。完璧には避け切れなかった。

サバイバルナイフを右手に持った北沢が俺を見下ろしていた。

今更、痛みの1つや2つ……。

北沢がこちらに飛びかかってきた。サバイバルナイフを振り上げる。


「死ねよぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおおぉっ! 碧夜ぁぁぁあああぁぁぁああああぁあぁっ!」


死ねるわけねーだろ、屑。

俺の方が動きが速かった。サバイバルナイフが届く前に、近付いてくる北沢の顔面にメリケンサックを食らわせた。

ねちゃ。

肉が裂ける、心地よい感触が右手に伝わる。


「んぐぅぅぅぅぅっ! ああああぁぁああぁぁっ、んああああぁぁぁあぉあぁああああああぁぁあああああぁぁああぁっ!」


左頬を両手で抑え、地面を転げ回る北沢。指の間から赤黒い血がダラダラと溢れ出ている。先程まで北沢が使用していたサバイバルナイフは、地面に放置されていた。


「……ふっ、ははははは」


思わず、笑ってしまった。

散々、人のことを痛め付けておいて自分は痛みに耐えられねぇじゃねーかよ、屑。まぁ、痛みに耐えられる人に、人を痛め付ける権利があるわけじゃないが。

俺は北沢の腹の上に馬乗りした。

未だに左頬を抑え、呻き、叫んでいる。


「なぁ、北沢……」


あぁ、楽しい。楽しい。俺の暴力でこいつは痛がっている。もっともっと壊したい。傷付けたい。敵を倒す。ゲームと同じ感覚。


「聞けや、屑」


メリケンサックを持った両手で、左頬を抑える北沢の両手を引き剥がした。北沢の左頬と掌は血で真っ赤だった。


「痛いだろ? なぁ、屑。このメリケンサックが何でこんなに肉を裂けるか知りたいか? なぁ」


汗と涙と血と鼻水と涎で北沢の顔はぐちょぐちょに濡れていた。ぱっくりと裂けた左頬の皮膚と肉が痛そうだ。


「教えてやるよ」


両手を離し、メリケンサックを握る。顔を覆った北沢の両手で出来たガードの中央部分に、右手のメリケンサックを食らわす。


「あぁぁああぁっ!」


両手の甲に一本の綺麗な横線が入り、新鮮な血がそれに合わせてどくどくと溢れ出す。

思わず、北沢が両手を顔から離した。その隙に北沢の右頬に、左手のメリケンサックを。


「分かっただろ? 刃だよ。この2つのメリケンサックの先には、鋭い刃が付いてんだよ。屑に耐え難い痛みを教えてやる為に」


「メリケンサックの悪魔」が所有している濃紺色のメリケンサック。人を殴る部分には、横に伸びた刃が備わっているのだ。そのことは以前から、承哉の母親が「メリケンサックの悪魔」をやっていた時から噂程度には知っていた。だから、承哉から2つのメリケンサックを渡された時、すぐに分かった。濃紺色の、2つのメリケンサックは本物だと。「南沢寺の処刑人」が使っていた処刑器具だと。


「痛いぃぃぃいぃっ! 痛いよぉぉおおぉおおぉぉぉっ! 止めてよぉぉぉおおぉおおぉっ!」


北沢が子供のように泣き噦った。

痛いか? 痛いだろ? もっと無様に泣いて懇願しろ。お前に殺された奴等はもっと痛かった。分かるか? 屑。俺もいてぇーよ。全身痛くてしょうがねーよ。

俺は右手を振り上げた。

そこで、ピタッと止まった。止まってしまった。

痛い……殺された奴等……。

これでいいのか? 俺は「メリケンサックの悪魔」だ。「南沢寺の処刑人」だ。元「メリケンサックの悪魔」の息子から濃紺色の処刑器具を受け継いだ。だから、屑は、悪は、殺すつもりだ。死体だって処理をする。正確には、処理するのは俺じゃない。裏で働く死体掃除屋に頼むつもりだ。だから、殺しても何の障害もない。

そうじゃない。もっと、もっとこう……それだけじゃ……。


───もっと、徹底的に、完膚なきまでに。


承哉の声が頭に響いた。


───2度と、表社会に出られないように。


「……そう、だよなぁ」


気が付くと、俺は微笑んでいた。

屑極まりない悪は地獄がお似合いだ。

再び、両手で顔を覆う北沢。右手のメリケンサックを外し、地面に置いた。その右手で北沢の両手首を掴み、顔から両手を引き剥がした。

左手のメリケンサックを北沢の顔面に近付ける。刃をゆっくりと力強く左頬に押し込んだ。


「んぎぃぃぃぃぃ、あああああぁぁぁああぁぁぁああぁっ!」


北沢の絶叫が夜空に響く。

今度は右側の口角に押し当てる。口を右斜め上に長くするように。


「んぐぐぐぐぐぐぐっ!」

「いいか? 屑」


次は左側の口角。同じように左斜め上に口を長くするように。


「あががががぁぁあああぁぁぁあっ!」

「お前みたいな屑は生きてちゃいけない。でもな、」


まるで笑っているみたいだ。口が裂けた、爽やか高校生も悪くないだろ。


「お前はあまりにもやり過ぎた。死ぬだけじゃ駄目だ」


横に線を入れるように額へ。


「んあぁぁああぁぁあああぁぁあああぁっ!」

「生きて、自分のやったことを後悔しろ。自分の生に罪悪感を覚えろ」


右目を縦に裂くように。


「あああぁぁああぁぁあああああぁぁああぁっ!」

「この顔中の傷を見る度に思い出せ。自分の罪を。本当の痛みを」

「ああああぁぁぁあああぁっ! んがあぁぁああぁあぁぁああぁっ! あぁぁぁあああぁぁああああああぁぁぁああああぁぁっ!」


北沢の顔にメリケンサックの刃を次々と押し込んでいく。


「あああぁぁああぁぁあああぁぁあぁっ!」

「ただで死んでは駄目だ」

「ひぃぎゃああぁぁあああぁぁああぁぁっ!」

「生き地獄を味わえ」

「あぁああああああぁあああああああぁぁああああぁぁあああああぁぁっ!」


俺の左手とメリケンサックが北沢の血でベトベトに汚れる。汚れていく。


「2度と、表社会に出られねぇよーに」


メリケンサックの魅力に、のめり込んでいく。


「あがぁぁあああぁぁぁああぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁっ!」


だから、気が付かなかった。

何度も何度も名前を呼ばれていたことに。

いつの間にか俺は、赤色の眩い光と怒号に囲まれていた。

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