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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺の夜は屑の排除にちょうどいい。
26/51

生きるか死ぬか。

突如始まる、殺人ゲーム。


ようこそ、血生臭い南沢寺へ。

目覚めると、見知らぬ部屋だった。

全面コンクリートの打ちっ放しで、天井からは裸電球が1つぶら下がっている。部屋の隅には布団の敷かれていない鉄製のベッド。人の温もりなど一切感じない殺風景な部屋だった。

ベッドに誰か座っていた。そいつが全身真っ黒な所為か、はたまた、部屋がそんなに明るくない所為か、性別すら判断出来なかった。


「おはよう」


聞き覚えのある声だった。

黒いそいつは立ち上がり、こちらにゆっくりと近付いてきた。黒いパーカーを着て、目元までフードを深く被っていた。


「あれ、聞こえなかった?」


怖くなり、立ち上がろうとした。が、出来なかった。


「逃げられないよ。当たり前だろ?」


俺は椅子に座らされ、後ろ手に拘束されていた。また、椅子の両脚に俺の両脚も黒いロープで巻かれていた。

そいつは俺の目の前に立ち、見下ろしてきた。


「おはよう、綿矢」


俺は衝撃のあまり、口を開いたまま動けなくなった。

こいつ……こいつは……。

フードを取って、不気味に微笑んだ。


「……北沢。何で、お前……」


北沢祥哉。1年1組。俺と同じクラスだ。爽やかな見た目で女子を虜にする。俺の幼馴染である千代にまで手を伸ばそうとしていた糞野郎。俺の名前である「承哉」と奴の名前である「祥哉」の読み方が同じ「ショウヤ」なのも気に食わない。

しかし、これは一体、どんな状況なんだ……何で俺はここに……。


「何で……か」


北沢は弱々しく光る裸電球を見上げた。


「分からないのか。分からないんだよなぁ……」


何だかとても様子が変だった。いつもの爽やかな感じが一切なかった。今はとても、気持ちが悪かった。


「何で分からないんだよぉぉぉっ!」


北沢が急にこちらを向いた。目をカッと見開き、唾が沢山飛んだ。


「馬鹿がっ!」


パァンッ!

乾いた音が部屋中に響き渡った。驚いて目を瞑ってしまった。

何だ……何が起きてるんだ。

恐る恐る目を開ける。

北沢の右手には拳銃が握られていた。銃口からは煙がゆらゆらと揺れながら、天井に上がっていた。

恐る恐る右隣を見る。

俺と同じように、椅子に拘束された人が隣にいた。ただ、1つ違うのは白い袋を頭から被っていて、顔が見えなかった。いや、そいつだけじゃない。その右隣にもそいつと同じく、拘束され、頭から白い袋を被った奴がいた。嫌な予感がして、左隣にも目をやった。予想的中。椅子に拘束、頭から白い袋。同じ奴が2人いた。左隣とその左隣に。


「……あ」


そして、北沢が何をしたかも理解した。1番左側にいる奴は白い袋を被りながら、顔を天井に向けてピクリとも動かなかった。白い袋の額と後頭部の部分に真っ赤な血がべっとりと付いていた。後頭部の部分からぼたぼたと大量の赤い液体が床に垂れ、血の湖が出来上がっていた。

北沢が奴の頭を拳銃で撃ったのだ。

恐怖で動悸が速くなる。他の3人は


「んーんーんー」


と何かを必死で伝えようとしていた。しかし、喋れないのか言葉になっていなかった。


「……何が、目的……なんっ、だ……」


俺も唾が喉につっかえて、上手く喋れない。


「分からないなら教えてあげるよ」


北沢は屈んで俺と同じ視線になり、顔を近付けてきた。不気味な笑みが目の前にあった。


「千代ちゃんだよ」


なんとなくだったけど、予想通りだった。でも、俺を捕まえて、千代をどうしろって言うんだ。俺は千代の彼氏ではない。俺はただの……


「お、幼馴染だ、俺は」


こんな……こんな、扱い間違ってる。


「何故……こんな……」


回らない頭で言葉を必死に探す。北沢を刺激しないように、俺が殺されないように。

北沢が首を傾けた。


「……ふざけてんのか?」


やばい。怒らせたか?


「いや……別に」

「別に? ……別に、だとぉ……」


北沢が両手で頭を抱えた。

最悪だ。どんどん状況が悪化していく。


「別にとかじゃないんだよぉ……同情とかいらないんだよぉぉっ! 惚けんなよぉっ! なぁっ! あぁ、うるさいなぁぁあぁああぁっ!」


パァンッ!


「んんんんんんっ!」


1番右側で拘束されている奴が絶叫した。

北沢がまた発砲したのだ。

被弾した奴の右太腿から赤黒い血がドバドバと流れ出る。あんなに出血したら失血死してしまう。

北沢はギリギリと歯軋りをすると、怒鳴った。


「さっきから、こっちが話してるのにさぁぁあぁぁっ! んーんーんーんー、うるさいんだよぉぉぉっ! なぁっ!」


北沢はそいつに近付くと、傷口に銃口を押し付けた。広げるようにして、グリグリと回す。


「んああああんっ、んんんんんんあああんんんっ!」


聞いたことないような激しい悲鳴だった。


「なぁなぁなぁ、猿轡されてんだからさぁ、喋っちゃ駄目なんだってさぁ、それぐらい気付けよぉぉぉおおおぉぉおおぉっ! なぁっ!」

「んんんんんんんあああんんんん、んんんんんんんんんっ!」


変な臭いが左側からした。悲惨な光景から目を背けるようにして、そちらに目を向けると、左隣の奴が失禁していた。ズボンに黒いシミが広がっていく。床にも水溜りがじわじわと大きくなっていく。

ここは地獄だ。心からそう思った。

監禁、拘束、殺人、拷問……非人道的な行為がこの部屋の中では正義だった。ルールは悪魔のような北沢自身だった。

飽きたのか、北沢は拳銃で傷口を広げるのを止め、俺の正面に立った。

1番右側の奴は叫び疲れたのか、はたまた、大量出血の所為か、下を向いて、ぐったりとしていた。

ここにいる限り、北沢の思い通りに動かなくてはいけない。恐怖に震えながら、それだけは分かった。じゃないともう、千代に会えなくなる。千代に……。


「いいか?」北沢はすっきりした顔で言った。「僕からの要求はただ1つ。もう2度と、俺の千代ちゃんに近付くな。あれだったらもう嫌われて。そっちの方が楽かもしれないよ? 分かった?」


俺の千代ちゃん、という言葉に殺意が湧いた。


「……何だよ、その目は。なぁ、気に食わないって目だ」

「ち……違っ!」

「生憎、僕もその目が気に食わないんだよねぇっ!」


パァンッ!

先程、右腿を被弾した奴の被った白い袋が血に染まった。額部分から徐々に赤色が広がっていく。後頭部部分から血がドボドボと流れる。

震えが止まらなかった。怖くて怖くて仕方がなかった。

北沢は口だけで笑った。


「もう、分かったでしょ? ルールはこうだよ。僕の要求に君が頷く。簡単だよ。勿論、解放したら実行してもらうけどね。もし、反発したり、頷かなかったら……」


北沢は拳銃を身体の前で見せびらかすようにゆっくり振った。


「……俺を、殺す……のか?」


北沢は両側の口角をもっと持ち上げた。


「チャンスはあげるよ。だから、彼等を用意した。……もう2人死んじゃったけどね。大事にしなよ、残りの2人。失禁野郎と貧乏揺すり野郎」


残りは、左隣の失禁野郎、右隣の貧乏揺すり野郎、そして、俺。


「さぁ、どうかな?」

「……何で」


そうだ。そもそも何で……。

北沢は首を傾げた。


「何?」


千代を手にする上で俺が邪魔なのなら……。


「何っ、何で、俺を……俺を、殺さない、んだ……」


そう言ってから後悔した。そうだ。北沢は元からそんなこと、考えも及んでなくて、俺を脅そうとしてただけで……。


「あ、うん、いや……何でも、ない……」

「あぁ……そうか……」


北沢の低い声がやけに響いた。

後悔してももう遅い。最悪だ。最悪。千代……千代……俺は……。


「その手が、あったよなぁ……」


北沢が拳銃の銃口をこちらに向けた。その動作が意地悪なぐらいゆっくりに見えた。


「……千代」


俺はぎゅっ、と瞼をきつく閉じた。

千代がストーカーに遭った。何とかしたいと思って、でもどこか他人事で、家に帰った。帰ろうとした。そこから記憶がない。首筋に感じたチクリとした痛みを最後に。まさか、まさか自分がこんな目に遭うなんて……。

パァンッ!

乾いた音が部屋中に響いた。

それを無痛で聴いていた。死んだのか。死んだから痛みなんて、もう……。


「綿矢」


死はこんなにもあっさりとしてるのか……。


「わぁーたぁーやぁー!」


名前を呼ばれ、目を開けた。目の前には北沢の歪んだ笑顔。

……あれ?


「俺は……」

「嘘だよぉ、嘘ぉっ!」


北沢は本当に楽しそうに笑った。


「……嘘?」


嘘って何が?


「ほら」


北沢は左側を指差した。

そちらに目を向けて、すぐに後悔した。

失禁野郎が額を撃たれて死んでいた。間近で見たそいつの血で、俺は自分の生を犇々と感じていた。

北沢に視線を戻した。北沢は相変わらず、不気味に微笑んでいた。


「初めは僕もそう考えていたよ。君が死ねば済む話じゃん、って。でも、違うなって思ったから止めた。何が違うのかはその時分からなかったけど、今はっきり理解した」


北沢、お前は一体、何者なんだ。


「僕は見たいんだ。君の悔しがる、悲しがる姿を。僕は千代ちゃんを服従させる。身体を舐め回し、敏感な部分を何度も刺激して。最初、千代ちゃんは全力で嫌がる。それでも段々癖になっていくんだ。僕への嫌悪感が。嫌でも覚える快感が。千代ちゃんは僕の性奴隷になる。君はそうやって壊れていく千代ちゃんを見て絶望する。そして、興奮する。僕に犯されて淫らに汚されていく、まだ見ぬ千代ちゃんを想像してね。そして、また後悔するんだ。あぁ、千代ちゃんの身体はもう純白じゃないんだ、ってね」


こいつは頭がおかしい。狂っている。そんなこと、目覚めた時点で分かっていたが、改めて感じた。こいつは、明らかに狂っている。


「だから僕は君を生かすことに決めたんだ。君は僕が気持ちよくなる為の大事な道具なんだよ、綿矢」


こんな奴に、俺は千代を渡すのか?

ストーカーに悩んでいる時も、変わらず千代は人の心配をした。校舎裏でボロボロになって気を失っていたクラスメイトの碧夜を保健室まで連れていった。

そんな優しくて可愛い千代を俺は……。


「言ったよね。大事にしなよ、残りの……」

「んー! んー! んー! んあっ!」


銃声が部屋中に響き渡った。右隣の貧乏揺すり野郎が死んだ。


「0人。あーあ、身代わりが0人になっちゃったね。あとは君が生きるか、死ぬか」


俺が頷けば、この狂った殺人ゲームが終わる。いや、頷かなくても終わるのか。生きるか、死ぬか。ただそれだけ。


「さぁ、これが最後だよ。……俺の千代ちゃんの前から消えてくれるかな?」


千代はストーカーに悩みながら、碧夜を救った。


「Yesか、Noか」


千代は優しい。俺に嫌われたと思った千代は……それだったら、いっそ……。

拳銃の銃口が目の前にあった。

黒くて暗い小さな穴。

生きるか死ぬか。

従うか従わないか。

俺は……。


「俺は」

承哉が出す答えは……。

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