「南沢寺高校の悪魔」。
遂に、クロスオーバー!?
ようこそ、血生臭い南沢寺へ。
自分にイライラした。
何にも出来ない自分に。
守るって、離さないって、決めたのに。
何1つ守れていない。
ずっとずっと、守られてばっかだった。だから、今度は俺の番なのに。
幼馴染が、大切な人が、誰かにストーキングされている時の対処法なんて知らなかった。
最近、元気のない千代にしつこく尋ねたら、やっと重い口を開いて教えてくれた。
「ずっと……誰かが後ろから付いてくるのぉ……」
警察に行くことを提案した。でも、千代は首を横に振った。どうやら、見られたくない写真を沢山撮られているらしい。昨日、学校から帰宅した時に郵便ポストに大量の写真と1枚の手紙が押し込まれていて、それ等は全て千代の写真だった。私生活を全て写真に収められていたらしい。手紙には、「警察にバラしたら写真を拡散する」と脅迫めいたものが書かれていたとのこと。
俺が何とかしなくちゃいけないのに、何にもアイディアが浮かばなかった。男としての見せどころなのに。何より、千代がこんなにも悩んでいるのに。
自分にイライラした。
あまりの自分の無力さに。
なるべく、人目を避ける為に、校舎裏から下校することにした。
今日は部活が休みだから、いつもより早く帰れる。
「何か、ごめんねぇ……ショウ君」
前みたいな元気は千代にはなかった。ただ、ただ、申しわけなさと恐怖に押し潰されそうになっていた。
「別に……千代は、悪くねーよ」
そんなことしか言えない自分にムカついた。
何か気の利いた台詞を1つでも……。
「あ!」
突然、千代が大声を出したので何事かと思い、我に返った。
千代は既に校舎の方に走り出していた。
「え……千代!」
俺も急いで千代の後を追った。
「大丈夫? ねぇ、大丈夫?」
千代は屈んで誰かを揺さぶっていた。
そいつは校舎の壁にもたれかかりながら、気を失っていた。
そいつは目を覚ますなり、千代を睨み付けた。
「んーだよ、触んじゃねぇ、カス」
こいつ……。
「ち……千代はカスじゃ」
「保健室行かなきゃでしょー」
千代は傷だらけのそいつを心配していた。ストーカー被害に遭っているのに。そいつに罵倒されたのに。他人の心配なんか……。
そいつは未だに、反抗的な目を千代に向けていた。
「ほっとけよ、屑」
「屑じゃないよぉー千代だよぉ。クラスメイトなんだから分かるでしょー、碧夜君」
三白眼、サラサラの黒髪、荒い口調、緩いネクタイの結び目。
クラスの問題児、碧夜だ。
「クラスメイトが怪我してるのにほっとける程、私は鬼じゃないしぃ」
「いいから離せっつってんだろぉが!」
碧夜が必死に抵抗しても、千代は彼の右腕をがっちりと掴んで離さなかった。碧夜にはもう、殆ど力が残っていないみたいだった。
「ほらぁ、ショウ君。手伝ってぇ」
「……分かってるよ」
千代は右肩を、俺は左肩を支え、碧夜を立ち上がらせた。身長差からか少し右側に碧夜が傾いた。
「お前等の助けなんか……いらねぇよ……」
まだらごちゃごちゃと碧夜は愚痴っていたが、無視して保健室へと向かった。
「失礼します!」
ガラガラ、と勢いよく保健室のドアが開いた。
ドアの方を見ると、2人の男女がいた。確か、クラスメイトの……。
「澄人君。かすみちゃん」
千代が笑顔で2人に手を振った。
「あぁ、相沢さん。綿矢」
澄人も千代と俺の名前を呼び、手を振り返す。
「どーもぉ! ……ほらぁ、ショウ君挨拶」
「……よ」
澄人は申しわけなさそうに言った。
「何か、ごめんね。碧夜が迷惑かけちゃったみたいで……」
「いいよぉ、大丈夫だよぉ、全然」
「傷だらけー男前ーひゅーかっくぃー」
かすみさん特有の無感情な喋り方。椅子に座り、手当を受けている碧夜の、絆創膏だらけの顔をペチペチと叩く。無表情で。死んだような目で。
「止めっ、止めろっ、痛ってぇなぁ、おい、カス!」
碧夜が必死に抵抗しようとするも、養護教諭の滝沢先生が笑顔で「動かないでね?」と注意する。滝沢先生は色白で美人で男子生徒にとても人気がある。白衣がとても似合っている。
「碧夜。また、喧嘩?」
澄人が怒ったように言った。
「怖ーい、喧嘩ー。かすみ怖ーい」
澄人の後ろに隠れて、かすみは無感情に言った。
「喧嘩よ、喧嘩。後さ……私は何回、君の手当てをすればいいのかしら?」
よく見たら、滝沢先生の目は全く笑っていなかった。
「いいだろーが、別に。悪い奴がいたら殺す。俺の勝手だろーが、カス」
「殺されてる、の間違いじゃないかしら?」
「……うっせぇ」
滝沢先生に指摘され、そっぽを向く碧夜。
「そうだよ、碧夜」
澄人は1歩前に出た。
「俺達も碧夜のこと、必死に探したけどさ……今回は、相沢さんと綿矢にも迷惑かけてるんだからね」
「別に頼んでねーし。……こいつ等なんて無理矢理、俺を保健室までっ、いっててて」
碧夜が痛みに顔を歪ませた。
「あぁ、ごめんねー。ちょっと間違えて強く押しちゃったみたい」
右膝を手当てしている滝沢先生がぺろっと可愛く舌を出した。
「ほんと、ごめんね、2人共」
澄人が頭を下げた。
「迷惑かけて」
「いやいや、クラスメイトだしぃ。友達でしょー?」
千代は優しく微笑んだ。
「ほんっと、ありがとう。後は俺達が見るからさ。……この馬鹿にも、きつく言っとくよ」
「馬鹿じゃねぇ。『南沢寺高校の悪魔』だ、く、いででででっ、いてぇっ!」
「はぁ……はいはい」
澄人はやれやれと言うように溜息を吐いた。
「じゃあねぇ」
「じゃあ……」
「ありがとねー、本当に!」
千代と俺は別れの挨拶をすると、保健室を後にした。
感謝されるのも案外悪くない、と思ってしまっている俺がいた。
俺も、ストーカーから千代を守って、それで……。
同じマンションの隣の号室に住む千代に別れを告げ、千代が家に入るのを見届けた。鍵を回し、家のドアを開けようとドアノブに手をかけたところから記憶がない。
承哉に何があったのか……。
闇は続く。
南沢寺が存在する限り。




