「ガスマスク男子高生」。
時は遡り……。
舞台は、南沢寺高校の校舎裏。
ようこそ、血生臭い南沢寺へ。
南沢寺の治安を守る。
それが俺の使命だ。
昔から正義感が強かった。悪が嫌いで、必死に善を求めた。
弱い者を助け、悪を倒し、改心させる。
これが、俺のポリシーだった。
通常時の俺がいくら弱気な男子高生でも、これを被れば、もう別人だ。
「がっ、んぎっ、ぐっ、がっげぐっ!」
南沢寺高校の校舎裏。早速、暴力の音が聞こえた。
俺は周りに誰もいないのを確認し、それを被る。
そして、
「止めろ!!!」
彼等の前に飛び出した。
そこには、4人の男子がいた。壁に背中を預け、両脚を投げ出して座っている男子が1人と、それを囲むようにして見下ろしている男子が3人。
俺はこの3人を知っている。
3人のうちの1人、リーダー格の龍太郎が不気味に微笑んだ。
「誰かと思えば……」
子分の2人、弘一と孝介も後ろで同じように微笑んでいる。
「『ガスマスク男子高生』だ。お前等を倒しにきた」
龍太郎、弘一、孝介。こいつ等は俺と同じ2年生の不良グループだ。倒れている男子は見覚えがない。……まさか、1年生か?
「お前等……何故、こんなことをした?」
「何故? ……はっ」
龍太郎は鼻で笑った。
「舐めた態度しか出来ねぇ後輩へ、先輩からの指導だぜ」
やはり、1年生か。
「理不尽な暴力は、駄目だ。しかも、歳下に……」
「あぁ……ごちゃごちゃごちゃごちゃうっせぇなぁ!」
龍太郎と弘一がこちらに向かって走ってきた。孝介はその後ろでクスクス笑っている。
きっと、今、この黒いガスマスクを被っていなかったら、俺はビビり倒していただろう。
だが、今、俺は「ガスマスク男子高生」だ。
戦う以外に選択肢はない。
「……大丈夫か?」
俺は傷だらけの彼に手を差し伸べた。
龍太郎達は既に去った。ボコボコにしてやった。
「……んーだよ、偽善者か?」
黒い前髪から覗く彼の三白眼が俺を睨んだ。
「いや、そんなんじゃない。俺はただ……」
「人を助けて気持ちよかったかよ。なぁ……屑」
何故、そんなことを言われなくてはならないんだ。
俺は差し出した右手を引っ込めた。
彼は右手でわしゃわしゃと頭を掻いた。
「せっかく……俺の楽しみを、奪いやがって」
楽しみ? 何のことだ?
俺は首を傾けた。
ふっ、と笑って彼は右横を向き、ぷっ、と弾丸のように口から血を地面に飛ばした。
「惚けんなよ……分かってんだろーが、お前も……」
彼は再度、こちらに2つの三白眼を向けた。
得体の知れない迫力と殺気がその両目にはあった。
「お前も俺と一緒……暴力を求めてる」
ふざけるな!
俺は彼の制服の胸倉を掴み、無理矢理立たせて、壁に押し付けた。
「いいか。俺は、お前とは違う。俺は正義の為に戦っている。悪を倒す為に!」
それでも彼は余裕そうに右側の口角を持ち上げ、不気味に微笑んだ。
「ちげーだろぉが、カス。お前も俺と一緒。悪を倒すっつー名目で、自分の暴力に酔いしれてんだろーが。あいつ等を見付けて……暴れる口実が出来て、ワクワクしてるよーに見えたけどな、屑」
一体、何なんだこいつは。
俺は彼を離すと、後ろに下がった。
彼はネクタイを緩め、ズルズルと背中を壁に押し当てながら、座り込んだ。
俺はそれを無言で見ていることしか出来なかった。
「『ガスマスク男子高生』、だっけか?」
彼は再び、俺を睨み付けてきた。
「次、俺の獲物獲ったら、お前も殺すからな……屑が」
いいだろう。望むところだ。
「その前に、俺がお前を倒す……悪が」
彼の殺気を背中に強く感じながら、俺はその場を後にした。
三白眼の彼は、一体、何者なのか……。