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南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺での惰性的な日々はエモい。
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変わらない。

ようこそ、南沢寺へ。

何の変哲もない僕達の人生。

それでも、それなりに楽しんで、それなりに苦しんで、大きく上がりもしない下がりもしない人生を、終わらせようとも思わないし、何かを始めようと思わない。変わらない。変わらないままここまでずっと続いてきた。




この街もそうだ。小学生の時からずっと暮らしてきた街、南沢寺。小さな変化は勿論、いくつもある。個人経営のカフェが潰れ、ファーストフード店になったし、小さな居酒屋が潰れたかと思えば、新しく小さな居酒屋が現れた。雑貨屋、古着屋、カフェ、バー、ライブハウス、小劇場、ミニシアター……高いビルなどなく、小さな建物が立ち並ぶ小さな街。この街を「サブカルな街」と表現する人もいれば、「都内の田舎」と表現する人もいる。人それぞれに捉え方の違う街。それでもずっと変わらずに人の温もりを感じる街。




大きな出来事もなければ、大きな変化もない。僕にはそれが安心出来ることだった。この街にいれば失うものなど少ない気がした。

そんな、南沢寺が好きだった。




南沢寺駅で電車を降り、改札を通って北口から出る。左に曲がると道路があり、信号が青になるのを待って横断歩道を渡る。再度左に曲がり高架線を潜る。その先に、アーチ状のコンクリートで出来た門があり、上の部分には「南沢寺ストリート」という看板が取り付けられている。ここが南沢寺の名物の1つ、「南沢寺ストリート」。左右に並ぶ数々の小さな店が1本の大きな道を作っている。雑貨屋や古着屋、カフェ、バー等が立ち並んでいる。この道を通りたくて毎日多くの観光客でいっぱいだ。




まぁ、でも、今までずっとこの街で暮らし続けている僕達にとってはもう、見慣れた光景だけれども。僕達にとってはただの通学路だけれども。




僕の幼馴染2人、しずく紗奈さなはこの街で生まれ、この街で育った。僕は小学生2年生の時にこの街へ引っ越してきて、2人に出会った。




前を歩く滴が、はぁ、と溜め息を吐いた。


「あーーー……彼女欲しいなぁ。そろそろ、まじで、本当に」


その隣を歩く紗奈も、はぁ、と溜め息を吐く。


「まずは黙りない。そして、無理よ、あんたには。確実に。うん、もう、絶対的に」

「ひっでぇ、泣くぞ。終いには」


いつもと変わらない会話。

高校生になった今でも3人で同じ高校に通い、こうやって、「南沢寺ストリート」を通学路として下校している。


「あのさぁ、もっとよぉ、労えよ。そうだよ。紗奈にはな、相手を思いやる気持ちが足りないんだよ」

「毎日同じ愚痴を聞かされる私の気持ちになってから言ってくれる?」

「はぁ!? じゃあ、俺の彼女作り手伝えよ!」

「人に対する頼み方を先生に教わりませんでしたか? 滴君」

「ぺちゅりあん!」

「あのさ……お願いだから、日本語で話して。あ、馬鹿だから喋れないのか、滴は」

「あぁ!?」


……はぁ、また始まった。仲よさそうで何より。


「なぁ」「ねぇ」

「「みなと、何か言ってやって!」」


滴と紗奈が同時に振り返った。

関わったら面倒臭そうだから、少し後ろを歩いていたのに結局こうなるのか。


「なぁ、おい! 湊! 目が死んでるぞ、目が!」


この失礼な茶髪野郎は、水瀬みなせ滴。ご覧の通り常にテンションが高い。そして、ご覧の通りただの馬鹿。


「死んでるのは滴の脳味噌でしょ?」

「あぁん!? 泣くぞ!」

「泣きなよ勝手に!」


そして、この滴に当たりの強い女子は、山崎やまざき紗奈。こう見えて、何か困ったことがあったらすぐに助けてくれる。面倒見がいいのか、ただ単に気が強いだけなのかは分からない。


「ふ……笑える」

「あぁん!? 泣くぞ!」

「……どうぞご自由に」


今微かに笑ったのが、僕、雨沢あまざわ湊。よく「特徴は死んだ目?」と聞かれる。否定はしない。感情も同じく死んでいるのかあまり起伏が激しくない。いや、感情はあるのだが、表情筋をうまく動かせないのだ。そう、目だけなく、表情筋も終わってるっぽいのだ。そんな性格の全然違う転校生と、当時小学生である2人は友達になってくれた。まさか、高校1年生になった今でも、この関係が続くとは思わなかった。

左手にある古本屋、「NEW」が視界に入る。古いのか新しいのかどっちなんだ、と見る度に心の中でツッコんでしまう。


「高校生になって……えっとぉ、もう……すっごい経つじゃん?」

「まだ2ヶ月よ。茶髪馬鹿」


滴の発言にすかさずツッコむ、紗奈。滴の馬鹿はもはや、天然なのか、わざとなのか分からない。


「馬鹿じゃない! ……まぁ、それはいいとしてさ」


いいのかよ。切り替え早いな。やっぱ、馬鹿だな。


「そろそろ浮いた話があってもいいじゃん? はぁ……俺、イケメン過ぎんのかなー」


滴が悩む仕草をした。


「キッモ、断じてない。断じてない。寝言は死んでから言って」


辛辣に否定する紗奈。


「せめて寝かせて!? 何で死ななあかんの!? ってか、死んで寝言言ってたらそれ生きてるから。勝手に殺すなよ! 何の恨みがあるの!?」


泣き顔になる滴。

そんな滴に言ってやれることは、これしかない。


「……南無阿弥陀仏」

「湊君。静かに言うの止めようか。現実味湧くから。俺、ご存命だから」


更に泣き顔になる滴。


「あぁ、もう、うっさいな! 滴、あんた、そもそも、女の子を落とせるような甘い言葉とか言えるわけ?」


紗奈が苛立った声を上げた。


「い、言えるよ」


と言う割に、割に目が右往左往してるけど、大丈夫か、滴。


「いつも、ちんこ、ちんこ、しか言ってないあんたが?」


紗奈、ここ商店街だから落ち着いて。


「もっと他に言ってるよ! 巨乳とか貧乳とか……」


滴は口を縫われたいのかな。


「最低」


紗奈も数秒前に言ってたよ。更に最低なやつ。


「任せろ! 言える!! 言えるから!!!」


滴、今の流れからどうしてそんな自信に満ち溢れた顔が出来る?

右手にある雑貨屋、「マッシュ」が視界に入った。そういえば、お姉ちゃん、あそこで売ってたマグカップ欲しがってたな……誕生日近いし、今週の土日にでも買いに行こ。


「例えば?」


紗奈は挑戦的な目を滴に向ける。


「……た、例えば?」


僕に、助けを求めるように目を向ける滴。

知らないよ。

僕は硬い表情筋を動かし、右側の口角を吊り上げた。


「楽しみだなー滴の甘い言葉ー」

「湊! てめぇ!! 裏切ったな!!! そんで、棒読み!!!!」


おかしいな。そもそも仲間になった覚えがない。

僕と紗奈の視線が同時に、滴に向く。

滴は意を決したような表情を空に向けた。

現在時刻、18時12分。この時間帯の6月の空はまだ明るい。

滴は、「南沢寺ストリート」から見る青空に何を思うか。


「お、俺は……」


僕と紗奈は固唾を飲み込んだ。


「「俺は……?」」


滴は何故か紗奈の方を見た。


「……ひ、貧乳でも、いけるから」


南無阿弥陀仏。

今度こそ、滴の最期を悟った。

が、滴の絶叫は聞こえてこなかった。

何故か紗奈は顔を真っ赤にして俯いていた。


「べ、別にあんたの為に貧乳じゃないんだからねっ!」


どうした、紗奈。壊れたか。


「……え?」


ほら、滴も物凄くキョトンとしてるよ。ツッコミ待ちだったから困惑してるよ。


「って、言うわけないでしょ?」


綺麗な笑顔だった。「南沢寺ストリート」に似合う美しさとエモさが紗奈の笑顔にはあった。

紗奈の右膝が滴の股間部を直撃した。


「んっぎょっ!」


人の悲鳴とは思えない奇声を上げると、滴はその場にうずくまった。後ろを歩いていた人々が迷惑そうに滴を避ける。


「なっ、にぃ、すんだよ!」

「教育。馬鹿への調教」

「くっそ、糞糞!!!」


どうか勘違いしないで欲しい。南沢寺はもっと大人な街で、暖かさと同時に切なさも感じる事が出来る素晴らしい場所だ。こんな馬鹿みたいな人だけの街ではない。

言い争う滴と紗奈。

2人のその姿を見て、思わず言葉が漏れた。


「……2人共、本当に仲いいよね」


すると、滴と紗奈は2人して顔を真っ赤にした。

今度は何?


「「べっ、別に付き合ってねーし!!!」


別にそこまで言ってねーし。


「ほ、ほら、もう、分かれ道!」

「だ、だな、分かれ道だ!」


入り口と同じアーチ状の門を潜ると「南沢寺ストリート」を抜ける。そこには、前、左、右に道がある。前の道にはまだ小さな店が左右に並んでいる。左右の道には静かな住宅街がある。ここで僕達は毎回別れる。僕は前、紗奈は左、滴は右の道。


「じゃ、じゃーな!」

「う、うん、じゃーね!」


本当に何なんだこの2人は。


「……おう、じゃあ」


僕達はお互いに背を向け合い、それぞれの自宅へ向かう。「南沢寺ストリート」は未だに賑やかだ。

空を見上げる。




何の変哲もない僕達の人生。

それでも、それなりに楽しんで、それなりに苦しんで、大きく上がりもしない下がりもしない人生を、終わらせようとも思わないし、何かを始めようと思わない。変わらない。変わらないままここまでずっと続いてきた。




変わらないことは苦痛ではないから。

こんな平坦な毎日も、どうしようもない心細さも、この街で続けていこうと思うんだ。




これが僕達のどうってことない、南沢寺での、ただの下校。

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