夏祭り。
夏祭りに行けるカップルって、勝ち組だよな。畜生。畜生が。羨ましいよ。
ようこそ、南沢寺へ。
「なぁ、夏祭り行かぬ?」
俺はロフトの階段に座りながら、ふと思い立ったので、碧夜とかすみに尋ねてみた。
数秒の沈黙の後、
「ぬ? ぬ、ぬ、ぬ……」
ソファーで寝転び、スマホを弄っている同居人の碧夜。何やら考えるように、目付きの悪い目を更に細めた。
「……何?」
俺はわけが分からず、首を傾げた。
「ぬ、ぬ、ぬ……」
「どうしたの?」
「うるせぇよ、屑。消されてぇの?」
えぇ……そんなキレる?
理不尽極まりない罵倒を俺に浴びせてから、碧夜は「……あ」と何か思い付いたような顔をした。
「沼」
は?
「ま、ま、ま、ま……」
今度はソファーを背もたれにして床に座り、スマホを弄っているかすみが考え出した。
今度は何?
「真っ裸」
恥を知れ。
分かった。しりとりだ。
しかし、分からない。何故このタイミングで始めたのか……。
「いや、だから、そうじゃなくてさ……」
現在時刻、19時半。もう既に始まって、かなり賑わっているだろう。俺達の住む街、南沢寺には「沢寺」という寺がある。そこでは8月の上旬から「沢寺夏祭り」という祭りが2日間、開催される。寺に屋台が立ち並び、多くの人で賑わう。今日は、その初日なのだ。
尚も続ける、碧夜とかすみ。
「さ、さ、さ……刺身を食べたいが、貧乏だから回転寿司にも行けず、嘆き悲しむ糞みたいな塵人間、澄人」
塵人間は君の方だろ、碧夜!
「と、と、と……取り敢えず、真っ裸の澄人」
君は恥を知るんだよ、かすみ!
「何なんだよ、このいかれたしりとり。そんで何で毎回真っ裸なんだよ!」
「よ、よ、よ……ヨチヨチ歩きのす」
「もういいよ!!! 夏祭りだよ!!!」
そんで俺はヨチヨチ歩きはしない!
少しの沈黙の後、碧夜は左手をヒラヒラと横に振った。
「……俺はいいや、面倒い、怠い、帰りたい」
安心して、碧夜。ここ、君の家だよ。
「かすみは?」
「私は、私は別に……」
何だかはっきりしない、かすみ。いつもなら「夏祭りとかキモいじゃん、澄人」と、無感情に罵倒してくる筈なのに。
チッ、と小さく舌打ちをする碧夜。
「俺は1人でいたいんだよ。出てけや、お前も」
珍しく、かすみにもきつい口調の碧夜。ってか、君達、スマホと会話してんの? 一切スマホから視線外さないじゃん。
と思ったら突然、両者ともスマホから顔を上げ、黙って見つめ合う。両者の目付きの悪さ的に睨み合いの方が正しい?
かすみは碧夜と行きたかったのだろうか。碧夜は相変わらず、人を殺しそうな目で黙ってかすみを見ている。
何だか、悪い気がしてきた。
「そ、そんな嫌なら別に……」
「行くよ」
「え?」
かすみの死んだ目が俺を捉えた。
「行ってあげる……夏祭り」
やけにかすみの目に、瞬きが多いように感じた。
「早く帰って来んなよ。殺すからな」
そんな碧夜の優しい言葉に見送られ、俺とかすみは家を出た。
南沢寺の夜は切ない気持ちになる。住宅街からは殆ど人がいなくなる。全員、家の中か、賑わう南沢寺駅周辺か……あ、夏祭りか。
かすみはずっと隣で黙っていた。話しかけても無視される。そんなに碧夜と行きたかったのか。悪いことをしたな。
太鼓の音、店の灯り、混ざり合った食べ物の香り、賑わう人の声。
「沢寺」を見上げると、そんな夏祭りという雰囲気が俺の胸をワクワクさせた。この特別感が俺はずっと好きだった。
無言で階段を上がった。
オレンジ、赤、白、水色、濃紺色……どの色も夏祭り色に染まって見えた。
立ち並ぶ屋台を見て、俺は思わず頰を緩めた。かすみを見ると相分からず、不機嫌そうな顔をしている。
……はぁ、仕方ないな。
「かすみ、何か、食べたい物ある?」
まだ夕食は食べていない。夏祭りを楽しむにはちょうどいいお腹の空き具合だ。
かすみは無言で辺りを見回した。
「ちょっと、歩いてみるか」
俺はかすみと一緒に、人混みに入った。
に、しても、人が多いな。迷子になって、もっと不機嫌になられるのも嫌だし……。
「かすみ、離れないようにして……ほら、手」
俺は後ろにいるかすみの手首を掴んだ。
右手で掴んだかすみの左手首は、思ったより細かった。
急に、かすみが立ち止まった。
俺も思わず立ち止まり、振り返る。
かすみは何故か目を伏せながら、
「……かき氷、食べたい」
まだデザートには早いけど……ま、いっか。
すぐ隣に、かき氷の屋台があった。
1個、100円か。
「何味がいいの?」
「……苺」
俺はブルーハワイにしよう。
俺は屋台のおじさんに注文をしに行った。
「あの、苺とブルーハ」
「苺味、1つください」
かすみが俺の言葉に被せるように言った。
「え……は?」
「スプーンは、2つで」
「はいよ!」
と、おじさんはかき氷を作り始めた。
わけの分からぬまま、おじさんに100円を払い、苺味のかき氷を受け取った。
「ありがとねー!」
と、笑顔で手を振るおじさん。
苺味のかき氷を持って、「沢寺」の中にある木製のベンチに座った。
「ほい」
ストローの先を切って作ったスプーンを1本、かすみに渡す。
「……さんくす」
かすみはそれを受け取り、俺が持っているかき氷を食べ始めた。俺も食べる。
かすみは何故、かき氷を1つにしたのか。
まさか、まさかな……。
「……かすみ、別に100円ぐらい気にしなくてよかったんだよ」
かすみはこちらに目もくれず、黙々と食べながら、
「……別に」
どんだけ、碧夜と行きたかったんだよ。碧夜のことなんか無視して、俺の誘いなんて断ればよかったのに……。
「なぁ、かすみ」
俺はかき氷を食べる手を止めた。
乙女心も分からないし、そもそも、かすみにそんなものがあるのかすら怪しい。でも、今、かすみが不機嫌なのは、俺が誘ったからだろう。そう、原因は、俺なんだ。
「ごめんな。無理矢理、連れて来て。本当は、碧夜と行きたかったんでしょ? ほら、明日もここでお祭りあるしさ、明日は、碧夜と2人で……」
「気付けよ、馬鹿澄人」
え?
小さな声だけど、かすみが何か言った。
「鈍感、阿保、馬鹿」
こちらを見ているかすみの両目には、うっすら涙が溜まっていた。
「え……かすみ?」
「い、一緒に2人で来れて」
俺は夢でも見ているのだろうか。
「……嬉しかった」
かすみの頰が赤かった。
「嬉しかった、んだよ……馬鹿」
かすみが、可愛く見えるのは、気の所為だろうか。
溶けた苺味のかき氷が指を伝った。
「……あり、がと……馬鹿澄人」
その冷たさが、今の俺にはちょうどよかった。
ちなみに、湊の幼馴染の、滴と紗奈は、2人でこの祭りに行ったらしいです。畜生。畜生が。羨ましいよ。