表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
南沢寺での惰性的な日々はエモい。  作者: 濃紺色。
南沢寺での惰性的な日々はエモい。
13/51

夜のファミレスは何だか暖かい。

かすみから見た、夜のファミレス。


ようこそ、南沢寺へ。

夜のファミレスは何だか暖かい。

南沢寺駅、南口から出てすぐにあるファミレス、「サンクチュアリ」。5階建ての建物の2階にある。

今が何時かなんて分からない。

「サンクチュアリ」には、私と澄人。他の席が埋まっているかどうか分からない。私にとってここにいるのは2人だけだ。

窓から南沢寺の街を眺める澄人を想像する。

それだけで、胸の鼓動は激しくなった。どんなにこの気持ちを伝えたいか。

澄人とは向かい合って座っている。でも私は何だか恥ずかしくて、嬉しくて、席に突っ伏したまま、顔を上げられない。




「……最っ悪」


私は自宅の前で佇んだ。今日から家族が旅行に行くことを忘れていた。明日から土日で休日だが行く気はなかった。家でゴロゴロしたかった。いや、問題はそこじゃない。鍵は私の部屋にある。なくすのが嫌で、普段から持ち歩いていないのだ。つまり、家に帰れない。でも、そんなには焦らなかった。澄人と碧夜の家に行けばいい。彼等は私が住む街、南沢寺でシェアハウスをしている。彼等とは高校の時からの友達だ。澄人に至っては同じ大学に通っている。

取り敢えず、南沢寺駅前のファミレス、「サンクチュアリ」で夕食を済ませようとした。そこへ偶然、澄人がやって来た。


「ここで夕食済ませたら、澄人達の家に泊まらせてもらおうと思ってたけど、ほんと使えない屑野郎だね、澄人は」


澄人も鍵を家に忘れた挙句、同居人の碧夜は今夜、家に帰らないらしい。


「こんな可愛い女の子を一晩、こんな場所にいさせるわけー?」


取り敢えず、ふざけてみる。この運命的な状況に何とも思ってない振りを。

前に座っている澄人はにっこりと笑って、


「はいはい。一晩我慢しようね」


ムカついた。「可愛い女の子」ってワードを受け流したのを。可愛いでしょ? ねぇ、何でいつもそう大人ぶるの。私といるのがそんなに疲れる?

そう思うと、何だか不安になってきた。何としてでも碧夜を家に帰し、澄人も帰ろうとするのでは、と。

私はテーブルに置かれた澄人のスマホを奪い、耳に当てた。


「あーもしもしー、私だけどー。いや、誰って、私だよ。分かるだろー。私だよ。おい、誰がブスみたいな声だ。めっちゃ可愛いわ。そうだよ、新垣結衣だよ。……黙ってんなよ。かすみだよ」


勿論、これは芝居だ。誰にも電話なんてかけていない。

澄人と出来るだけ一緒にいられるように。


「どこいんの? え? 彼女の家? 彼女いたの、お前に」


ちらっと澄人を見る。真剣な表情でこちらを見ていた。大丈夫。信じ切っている。私が碧夜に電話をかけていると。


「嫉妬しないわ。どうでもいいわ。どこにいんの? えっ、遠いとこ? 糞。使えない屑野郎。あっ、だから新垣ゆ……切りやがった」


私はスマホを澄人に返した。

澄人は驚いた顔をすると、


「これ、俺のじゃん。い、いつの間に」


それすら気が付いてなかったのかよ。

澄人は自分のスマホを受け取った。

澄人は素直で騙されやすくて馬鹿だ。


「碧夜の屑カス塵野郎は、彼女の家にいるって」


でも、だからこそ裏がなくて信じられる。一緒にいて安心出来る。ずっと隣にいて欲しい、だなんて柄でもないし、臭い台詞だし、言いたくもないけど、思ってしまう。


「だから仕方ない。今日は澄人と一晩ここで過ごす。過ごしてやる」

「めっちゃ上から目線じゃん。……いいけど」


よかった。上手くいった。




結局、顔を上げられずテーブルに突っ伏して、寝たふりをすることしか出来なかった。

あまりにも嬉し過ぎて。

夕食を食べて終えて、いざ会話をしようとしたら思わずにやけてしまうのではないかと思ってしまった。

私の目は死んでいるらしい。だから、にやけても照れたとは思われないとは頭で分かっているのだが、もしものことがあったら嫌で上げられなかった。こんな奴が恋愛している。しかも、散々罵倒をしている澄人が好きだなんて。バレたらどうなる。笑われるか、嫌われる。そんなのは嫌だ。でも会話をしたい。起こして、澄人。優しくするから、少しだけ。おかしいな、大学ではいつも2人でいるのに。何でこんな……。

夜のファミレスは何だか暖かい。

頭に温もりが広がった。ゆっくりゆっくり。温かくて気持ちがいい。間違いなく、澄人の右手だった。撫でられているのだ。

それに何の意味があるのか、そもそもそんなに深い意味があるのか、何も全く分からなかった。知りたくもあったし、知りたくなくもあった。

あ、今顔中が熱い。耳まで全部。あぁ、駄目だ。今日はあまりにもおかしいぞ、私。何で……何で。

こんな時間がずっと続けばいいと思えた。

夜は短い。

だから、きちんと今この瞬間を堪能しようと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ