南沢寺での惰性的な日々はエモい。
サブカルと危険に溢れた街、南沢寺へ
ようこそ。
夜が好きだ。
夜には特別感がある。
起きていてはいけないのに、何かをしているという不健康感が堪らない。
この街の夜は特に好きだ。
ここでは不健康が許されている気がする。誰もがこの街に酔いしれ、闇の中に溶け込んでいく。
哀愁が漂いながら、危険が隠れている。
まるで映画の登場人物のような気分になる。
「涼夜、行くよ」
「あぁ、うん」
ベランダから夜の街を見下ろすだけで、意味もなく切ない気持ちで一杯になる。
「もぉー、どうしたの?」
甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。
隣で明日香が白い頬を膨らませ、意地悪く微笑んだ。可愛い。
「何々ー? 自分に酔っちゃった感じですか?」
俺は明日香から夜の街に視線を戻した。
「いや……別に」
「あ、図星でしょ?」
当たり前だ。この街にいると誰もが酔ってしまう。まるで、アルコールに浸かっているような。
「早くコンビニ行こ」
「何かさ……」
部屋に戻ろうとする明日香がくるっと振り返った。
「何?」
「何かさ、胸が騒つくような……そんな未来が待ってる気がするよ」
何を言ってるんだろう。自分でもそう思った。
それでも言わなくてはいけないような、言いたくて仕方がないような、不思議な衝動に駆られた。
馬鹿にされると思った。それぐらい馬鹿らしいことを言ったと自覚していた。
それなのに……。
「分かるよ。君といるだけで何だかドキドキするもん」
明日香は綺麗な瞳をまっすぐ俺に向けた。
嬉しいような、恥ずかしいような、よく分からない気分になり、顔を伏せた。
「……そういうことじゃ、ないんだけどなぁ」
いや、もしかしたら、そういうことなのかもしれない。
これは胸騒ぎではなく……君への想い、とか。
「……まぁ、いっか」
分からない。分からないことだらけだ。
まぁでも、きっと、生きている限り、知らないことの方が多いから。
「ほら、行くよ!」
「あぁ……うん」
だけど、これだけは言える。
この街は、この街では、
南沢寺での日々は惰性的でエモい。
それだけは、確かだ。