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反撃と抵抗と

 うにょうにょと蠢く、漆黒の糸。

 それが俺の手の中で形を変えていく。

 糸の持つ柔らかさが消え、次の瞬間感じられたのは金属の手触り。

 ようやく収まった痛みに、何とか目を開ける。


 ──江奈さんっ

 俺が、うずくまっている間、どうやら江奈がアクアをおさえていてくれた様子。

 しかし、江奈一人では限界があったのだろう。江奈に迫るアクアの粘体の槍。江奈もそれを魔法弾で弾くも、明らかに押し負けている。


 俺は拳を握りしめ、立ち上がる。手に感じる硬い感触。


「っ!」

 俺の手には、かつてアクアに奪われた引き金のない銃が握られていた。

 初めて手にした時と同じように、イドが溢れんばかりに充填されているのが感じられる。俺は咄嗟に銃をアクアに向ける。


 かつては存在しなかった引き金を、引き絞る。

 溢れ出す光は黒。


 漆黒の奔流がアクアに迫る。

 ──外したっ!?


 どうやら、引き金を引く動作で狙いがずれたようだ。

 それでも、漆黒の奔流はアクアの半身を吹き飛ばしていた。

 ドームの端まで吹き飛ばされたアクア。明らかに質量が減ったその体は、完全にスライムの形態となっていた。


 しかし、そのスライムの体から、上半身だけ人型の部分が現れる。

 ぶつぶつと不明瞭に呟き始めるアクア。そして、急に耳障りな叫び声を上げる。

 高まるイドの気配。


「まずいっ」


 アクアの叫びに合わせ、その周囲に巨大な魔法陣が展開されていく。俺の足元までくるくる回転しながら広がってくる魔法陣。

 俺は飛行スキルで離脱しながら、ダメもとでアクアめがけて魔法銃と酸の泡を乱射する。

 しかし、使いなれていない魔法銃は外れてしまう。酸の泡が数発は当たるか、というところで、魔法陣からぬっと出てきた巨大な蹄に弾かれる。


 巨大な蹄は俺の攻撃を弾くと、ぐいっと曲がり、地面を押し下げるようにして、その持ち主の姿が魔法陣から現れる。

 出てきたのは、巨大な体に牛の頭を持つミノタウロスであった。


 俺は江奈の近くまで飛行スキルで避難する。


「あれは、ここが『焔の調べの断絶』ダンジョンだった時のダンジョンコアの番人っ?!」


「知ってるの? 江奈さん」


「話で聞いただけだけどね。ここがまだ生きたダンジョンだった時の話よ。ダンジョンコア前の、最後の番人が巨大なミノタウロスだったそうよ。魔法耐性が高くて、ガンスリンガー殺しとして有名。でも、よくみると、体が所々腐ってるみたい。……ねぇ、朽木」


「確かに腐ってる。アンデット化してるのか」


「違う、あれは」と言葉を切る江奈。


「腐って穴が空いている部分に、スライムが入ってるのが見えるわ。あれ、中でスライムが動かしているのよ」


 それが合図だったかのように、いつの間にかミノタウロスの肩に乗っていたアクアが、スライムの形に戻ると、ミノタウロスの耳ににじり寄り、そのまま耳の中へと侵入していく。


 雄叫びを上げるミノタウロス。


 そのまま、跳躍する。巨体に反してその速度は凄まじく、押し潰さんとばかりに俺たち目掛け迫ってくる。


 俺はとっさに江奈を抱える。


 そのまま超低空で、飛行スキルを発動。ミノタウロスのいる、正面に向かって、飛行する。

 まるでスライディングしているかの体勢。飛びかかってきたミノタウロスと、地面の隙間を、無事すり抜ける。


 俺たちの行き先を一瞬見失うミノタウロス。俺はその隙に江奈だけ下ろすと、挑発するように魔法銃を乱射しながら、上空へとまっすぐに舞い上がる。

 目標が大きいお陰で、ミノタウロスの背中に次々に着弾する俺の黒い魔法弾。

 しかし、そのミノタウロスの皮膚は高い魔法耐性で、俺の魔法弾は、ほとんど弾かれるように霧散してしまう。


 時たまある、皮膚の裂け目。そこに詰まったスライムに当たった時だけ、スライムが弾け飛ぶ姿が確認できる。

 しかし、すぐにミノタウロスはくるりと身を翻すと、その場で垂直に跳躍。

 一気に俺のいる高さまで迫ると、そのまま回転を生かして右前肢で殴り付けてくる。

 ──はやいっ、回避が!


 一度ダウンしていた意識のギアが一気に上がり、世界の動きがゆっくりに感じられる。

 しかし、その境地にあっても、物理的に回避が間に合わないほど、ミノタウロスのパンチが高速で迫り来る。


 俺はインビジブルハンドを展開し、ミノタウロスの右前脚に伸ばす。押し上げるように力を加え、少しでも、自分の体からそらそうと試みる。微かに攻撃の軌道の軸をずらすことに成功するが、まだ直撃コース。

 その時。地上の江奈から放たれた七色王国がミノタウロスの右前肢に炸裂する。


 衝撃でさらにずれる軌道。

 俺は何とかその致命的な攻撃を掻い潜るように回避する。

 ──江奈さん、ありがとう!


 パンチを空振りし、がら空きの背中に、俺は飛びかかり、しがみつく。カニさんミトンをミノタウロスの背中に押し当てると、強制酸化を発動。

 ──効いてくれっ


 そんな俺の願いもむなしく、その皮膚はほとんど変わらない。微かに手の平大の火傷のような跡がつくも、魔法耐性の高さでどうにもならない。

 それならばと、這うように移動し近くの皮膚の裂け目に左手を突っ込むと、強制酸化を発動する。

 ──中のスライムならどうだ!


 確かに手の届く範囲のスライムは次々に酸化してぼろぼろに崩れていく。だが、どうやらスライムは小さな分体が無数に詰まっているようだ。通路を取り巻いていたのと同種の奴だ。


 手の届く範囲のスライムは全て倒す。しかし後が続かない。ミノタウロスは体内も魔法耐性が変わらないようで、その肉もほとんど酸化してくれず。体内のスライムも避けるようにして、寄ってこない。

 そうこうしているうちに、ミノタウロスと俺は落下し始める。

 そのタイミングで、ミノタウロスの右前肢が弾け飛ぶ。その傷跡から溢れ出すスライム。スライムの粘体が固まり、バトルアックスの形をとる。


 ──げっ、ヤバい。このまま地面に着いたら、あのバトルアックスで叩き潰される未来しか見えないぞ。といっても離脱しても、このミノタウロス、驚異的な速さだ。追い付かれるのも必至。何とか地面に着くまでに打開策を考えないと。ググリングが壊れてなかったら雷で焼き尽くしたんだが。地面、着く……。そうだ、あれならっ


 俺は装備をホッパーソードに換装する。

 逆手に持ったそれを全力で振り下ろす。

 無事にミノタウロスに刺さり俺の目の前で揺れるホッパーソードを掴むと、急ぎイド・エキスカベータから限界以上のイドを汲み出す。漆黒に輝く俺の瞳。

 ミノタウロスの着地の振動を刺さったままのホッパーソードに掴まり耐える。

 振りかぶられるミノタウロスのバトルアックス。

 ──間に合ったっ


 俺はすべてのイドをGの革靴に注ぎ込み、触れたままのミノタウロスに、重力加重操作を発動した。

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