セーフティゾーン
ミズ・ウルティカの伸ばした指先が床にあてられる。
その指先で乱れる床を流れる水の流れ。
じっと目をつむり、集中している様子。
「……離れていただけますか?」
目を開きながら俺たちに声をかけるミズ・ウルティカ。
俺と江奈は顔を見合せ、互いに数歩下がる。
ミズ・ウルティカは床に当てていた指先をすっと持ち上げると、そのまま全身を捻り込むようにして掌底を床に叩き込む。
床に伝わった衝撃で、一瞬波が立つ。
次の瞬間、手のひらを中心に数十センチの円形に、床にヒビが広がり破片が飛び散る。
「うおっ」俺は顔面めがけて飛んできた破片を首を動かし避ける。
(下がってってこういう事……)
「やっぱり。この通路自体がスライムだったようですね」
俺たちはミズ・ウルティカの開けた穴に近づく。穴を覗き込むと、そこにはすっかり見慣れたスライムの一部とおぼしき粘体が
。
「どういう事?」と江奈に尋ねる。
「通路自体が動いている、という事ですよね」と江奈がミズ・ウルティカに確認する。
「はい、私達がこの通路を昇るのにあわせて、通路自体が下がるように動いていますね。イメージとしては下るエスカレーターをのぼっている感じでしょうか。どうやら時間稼ぎの一つだと思いますよ。まあ、それだけならいいのですが」
珍しく言葉を濁すミズ・ウルティカ。
「それだけでない可能性は確かにありますね」と俺もミズ・ウルティカに同意する。
「ダンジョンの制約的にそろそろセーフティゾーンがあるはずです。もしかして?」と江奈。
「はい、そうだとすると厄介ですね」
「どういうこと?」俺が疑問符を浮かべていると江奈が答えてくれる。
「この通路の周りを取り囲むようにスライムが覆っていて、通路自体が動いてる訳でしょ? ミズ・ウルティカは、その覆ったスライムの向こう側の何処かにセーフティゾーンが隠されているんじゃないかって言ってるのよ。常に動き続ける通路だから、しらみ潰しにしようとしても目印とかも動いてしまうでしょ」
「あ、ああ。なるほど。さすがアクア。嫌がらせとしては一級品だね」
俺は納得して答える。しかし、ふと思い付いて確認してしまう。
「もしかして、その通路の周りのスライムを倒しちゃえばいいのでは?」
「では、もう一度試してみましょうか。二人ともこちらへ」
俺と江奈はミズ・ウルティカに言われて穴の近くに寄る。
再び振るわれるミズ・ウルティカの掌底。
それは穴の中で蠢くスライムに当たる。
飛び散るスライム。すると、スライムのいた場所の向こうには岩盤が広がっていた。
しかしすぐに、何も居なくなった空間に、再びスライムが染み出すように満ちてくる。
「どうやら極小のスライムの集合体のようです。確かに朽木竜胆、貴方の持つミョルニルならかなりの範囲のスライムを倒せるかもしれません。しかし、それでも新しく極小スライムが沸いてくる方が早い可能性があります。それにそのミョルニルで電気を流している間はセーフティゾーンの探索に支障が出ます。何せ私達の足元も濡れていますでしょう?」
「あっ。はい、了解です」と俺。
「では、どうします?」と江奈がかわりにきく。
「まずはこの通路を抜けるのにどれくらいかかるか調べましょう。私の勘違い、ということも考えられます」そう言うと、早足で歩き出すミズ・ウルティカ。
俺たちも転ばないよう、必死にその後を追った。