三層 螺旋水流層
三層に降り立つ。
ぴちゃっ。
足元から水音。
そしてすぐに、さらさらと小川の流れのような音が耳につく。
足元を見ると、靴が水に浸かっている。と言っても水深は数センチ。革靴の底が浸る程度。その下は排水溝の金属の覆いになっていて、水が流れ落ちている。
周りを見回す。
狭い小部屋だ。六畳程度。そして天井も低い。
手をあげると、背伸びしないでもつくぐらいしか、高さがない。かなり圧迫感がある。そして、ここも大理石で部屋が出来ている様子。
部屋の出入り口は一つ。
低めの天井に幅も狭い通路で、右回りにカーブしているようだ。先が見えない。
「これは厄介ですね」とミズ・ウルティカ。
「はい。大理石の床にうっすらと流れる水。非常に滑りやすい上にかなり動きが制限されますね。しかもこの天井の低さだと、クチキ、飛ぶのも難しいでしょ。」と、江奈がミズ・ウルティカから俺の方へ向き直りながら話す。
「確かに飛ぶのは厳しいかも。でも、そこまで水、邪魔かな? だいぶ浅いけど?」と俺は答える。
江奈とミズ・ウルティカは顔を見合わせると、一人は微笑み、一人はやれやれと言った表情で頭をふる。
「……死なないように気をつけて。先に進むわよ。クチキは最後尾で」と江奈。
「なんか腑に落ちないが、了解」
俺以外の二人が、無言で視線を交わす。ミズ・ウルティカが先頭で通路へ踏む出す。
俺も江奈のあとを追って、通路へ。
つるん。
そんな効果音が聞こえるぐらい見事に、踏み出した足が後ろへ滑る。前方へ投げ出される俺の体。
とっさに伸ばした俺の右手。それをまるで予期していたかのように振り返ってキャッチする江奈。
ぐいっと手を引っ張り上げられる。
それでも転倒を完全には防げない。
何とか顔だけ打ち付けるのを免れる。しかし、ズボンから腹までは通路に打ち付け、水でびしゃびしゃになる。
背中の重たい荷物が仇になった。
そのまま手を引かれて、何とか立ち上がる。その際にも危うく滑りかける。
よくよく見ると床が傾斜している。部屋に向かって水が流れるように、僅かに通路が登りになっているようだ。
江奈の、だから言ったでしょ、という顔。江奈には感謝と謝罪を告げ、再び通路を進む。
今度は慎重に。
──しかし水の流れる大理石の床が、こんなに滑りやすいとは。
江奈たちが部屋で言っていた事が、ようやくわかる。
慎重に進むことしばらくして。右にカーブしている登りをひたすら進み続ける。ヒタヒタと流れ続ける水に、滑る床。
確かに普段以上の疲労感がこの僅かな時間の中でも蓄積されている。
普段使わない筋肉を使用するせいか、何故か足の前側の筋肉が疲労で痛い。そして、いつ終わるかもしれない同じような通路。気の抜けない要素が精神的な疲労へと変わっていく。
「だいぶ長いですね。もしかしてまたループしています?」
と俺はミズ・ウルティカに問いかける。
「その可能性はないわね。螺旋状に登りになっている通路だからそう感じるんでしよ。前の階層とは違うはずよ。通路の曲がり具合が緩やかになっているから」と江奈が話しながらマッピングしている地図を見せてくる。
「いえ、少し待っていただけます? どうやらそれらだけではなさそう」と、しゃがみこみ床に指で触れながらミズ・ウルティカが告げた。