大理石の世界
ミズ・ウルティカと江奈と共に進むこと一時間。
当初の神殿のような荘厳な雰囲気は消え失せ、まるで立体迷路のような様相を示してきた。
前方にはまた斜めに横たわる大理石の柱。
今の俺たちのオドなら、全力でジャンプすれば上にあがるのは可能。だが、もう、何度目かもわからない障害物に、精神的疲労の方が溜まってきた。
「やはり。遠方は霞がかかって見えますね」
先に斜めの柱に飛び乗り、周囲を見回していたミズ・ウルティカ。
そう。上空や、斜めの柱の先など、一定以上離れた場所が、まるで霧がかかったかのように認識できないのだ。
ダンジョンの中で、果たして本物の霧が発生しているのか。もしくは、認識阻害の魔法でも発動しているのか。
定かなところは不明だ。大事なのは、俺が上空に飛行スキルで上がっても先が大して見通せないということ。
実際に試してみた。
そして、一定以上の高度までしか上昇出来なかったのだ。天井があるわけでもなく、しかし、明確なラインで飛行スキルが阻害されるのか、いくら上昇しようとしても高度が変わらなくなる。
しかも、ダンジョンが作り替えられたことで、スマホの基地局も当然失われてしまった。マッピングは手作業を余儀なくされている。
「江奈・キングスマン、マッピングは出来ましたか」
「もう少しお待ちを。……はい、終わりました。進みましょう」
これが、探索が遅々としてしまっている要因の一つでもある。立体で交差する道、倒壊した柱。その先にまた現れる新しい道。
俺では到底これらをマッピングする自信がない。
三人で江奈のマッピングした地図を覗きこむ。それは三枚の紙で高低差を表現した非常に美しい地図だった。
(まさか、江奈さん、こんな才能まであったとは)
「この地図によると、この先は、倒壊した柱を登りましょう。そして、あちらの道から進んでみましょうか」
江奈が右上を指差しながら話す。
進むこと数時間。大理石でできた階段をおり、地下らしき真っ白なトンネルを通っている時だった。
「おかしい。ループしている、かも」と江奈。
「トラップですね」
「え、どういうことです?」
俺は思わずミズ・ウルティカにきく。
「通路が無限ループする罠がごく稀にあるんですよ。その一種でしょう。大きく分けて、二つのタイプがある罠です。一つは正しいルートを通らないとループしてしまうもの。もう一つが、ループを解除するフラグがあるものです。」
「多分、後者ですね」と江奈。
「その可能性が高いですね」とミズ・ウルティカ。
「何でそう思うの?」俺は思わず江奈に尋ねる。
「ダンジョンも無限のリソースがある訳じゃないの。ダンジョンをアクアが作り替えたときに、使えたリソースはそこまで大きく無かったはず。とすれば、ループ解除のキーが一つだけの方が、リソースは使わないと予想できるってこと。正しいルートを選択していくのは、それぞれの選択がキーになるでしょ? そして私たちはもう、数時間は歩いている。これはランダムで切り替わるループと、解除するキーが一つだけ、と考える方が合理的なのよ」
「オッカムの剃刀ですね」と、ミズ・ウルティカ。
俺はとりあえず知ったかぶりをしておく。
「なるほど。じゃあ、次はそのキー? フラグ? を探すってことですか」
「そうね。そしてそれが一番の問題です。貴方達は何か心当たりはあります?」
というミズ・ウルティカ。
俺と江奈も、そう言われて頭をひねる。
これまでのアクアの言動や、大理石のフロアに入ってからの事をつらつらと思い出す。
しかし、なかなかそれだっ、と言うアイデアには至らない。
「とりあえずここで一度休憩にしましょう」
そういうと、ミズ・ウルティカは荷物を下ろし、小休止の準備を始める。俺もお茶の準備を始める江奈のために水を取り出し、差し出した。