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アクアとの死闘

 振り下ろされるアクアの巨大化した腕。

 引き伸ばされる知覚。命の危機に何度も訪れた、ゆっくりと時間が流れるような感覚が、再び降りてくる。


(ああ、アクアから本気の殺気がピリピリ伝わってくる)


 俺はとっさに取り出した深淵のモノクルをかけようとする。自分の腕の動きが、ゆっくり過ぎて歯がゆい。

 何とか間に合い、モノクルをかけると同時に、解放スキルを発動させる。

 眼前にまで迫ったアクアの歪に巨大化した左腕の存在情報を、上書きする。


(アクア本体ごと、吹き飛ばしてやる)


 私の思いに呼応するように、爆散するアクアの腕。

 飛び散る大量の粘体。


 データ処理器官も作らずに発動した深淵のモノクルの解放スキルのせいで、魂と精神に汚染が始まる。


 しかし、爆発する前に、アクアは腕を本体から切り離していたようだ。

 本体のアクアの余裕の表情が、飛び散る粘体越しに見える。

 本体の存在情報を上書きしようとするが、飛び散る粘体が邪魔で直視することが出来ない。その隙に、視界の外、下方からアクアの粘体が槍となって襲いかかってくる。


 先ほど俺が酸化させ、こぼれ落ちた粘体の影で、アクアは大量の粘体を準備していた。それが槍となって俺を狙い、迫る。


 大量の粘体の物量まかせの、極太の槍。それが、俺の体に到達する直前で、無数に枝分かれする。

 その動きを目では追えても、体がついていかない。

 俺は回避を諦める。意識のみで即時発動できるイド生体変化で、せめてもの抵抗として皮膚を硬化させる。


 固くなった皮膚を、しかしアクアの槍は易々と貫く。


 衝撃。


 そして浮遊感。


 アクアの槍で磔のようになって持ち上げられ、地面から足が離れる。

 エマの無言の悲鳴が、聞こえた気がした。


 それから襲いかかってくる激痛という言葉では言いあらわせられないような、痛みの爆発。全身をくまなく針山のようにされ、その一つ一つが想像を絶する痛みの絶叫となって、俺の神経を駆け巡る。

 ゆっくりと引き抜かれるアクアの粘体の槍。その一つが、先端を曲げ、深淵のモノクロに絡み付くと、私の顔から外して奪っていく。


「これは人間には過ぎたものなの。アクア様に返してもらうの。」


 アクアの戯れ言。そのタイミングで、俺の、貫通した穴という穴から、血が吹き出す。


 死の縁にあって、これまで以上に引き伸ばされる時間感覚。極限まで高められた思考速度のギア。苦痛を無限に感じるようなそれはしかし、この場合はありがたい。

 消え行く意識で、とっさにイド生体変化を発動。ズタズタになった脳の中に、データ処理器官を応用したスキルの自動発動処理器官を作成する。そして、イド生体変化による身体の自動修復を実行するよう、セットする。


 ぼろ雑巾のようになって崩れ落ちる俺の体の残骸。


「ぬ、まだ生きてるの。意地汚い。しつこい男は嫌われるの。」


 アクアが俺の残骸を見下ろしなが、残った右手に粘体を集め、振りかぶる。どうやら粉々になるまですりつぶすつもりのようだ。


「させないよっ!」


 アクアの背後から忍び寄っていたマスター・オリーブハイブの手が、アクアの体内に突きこまれる。

 その手には、愛用の銃ではなく、一発の弾丸が握られている。

 アクアの動きを封じるように、江奈の七色王国(セブンキングダム)が打ち込まれる。


「魂がない化け物め、私の魂ごと、輪廻の檻に引きづり込んでやるよ。ありがたく受け取りな。」


 アクアの体内で、手に握られた弾丸が激しく輝く。それに合わせるように急速にマスター・オリーブハイブの生気が失われていく。


「くぅっ、下等生物ごときがぁっー」


 アクアの叫び。

 ガックリと膝をつくマスター・オリーブハイブ。


「師匠……」


 苦渋にしかめられた江奈の顔。限界までイドを振り絞り、放たれる七色王国(セブンキングダム)が、空間を七色に彩る。

 その極彩の光はまるで一人のマスターの最後を祝福するかのように輝く。

 魂を失ったマスター・オリーブハイブの体が、端から光の粒子となって、ゆっくり消滅していく。


 しかし、マスター・オリーブハイブの体が完全に消滅するまで後少し、というところで、その輝く弾丸を握る腕が、ほんの僅かに早く、その全身より先に消滅してしまう。


 普通の魂を持たない不死者であれば、そのまま輪廻に引き摺り込まれたであろうタイミング。しかし、スライムであるアクアには、その一刹那にも満たない隙が、千載一遇の好機であった。アクアは、自身の一部を剥離させることに成功する。成功してしまう。


 その剥離した粘体の中に、ダンジョンコアたる繭と深淵のモノクルだけを含んで、出口に向かって一目散に逃げ出すアクアの一部だったもの。


 イドの枯渇に苛まれる江奈は、その姿を絶望の表情で見送ることしか出来なかった。






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