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四つ手

 目の前の四つ手、四つ足になった敵が、その刃と一体化した腕を振り上げ、襲いかかってくる。


 四本の足を一度折り畳むように力をためると、一気に跳ね上がる。その巨体からは信じられないほどの跳躍力。そのまま、叩きつけるように、振り上げた刃を振り下ろす敵。

 迫りくる三条の剣撃。

 俺はその三本の刃の隙間に潜り込む。ギリギリで半身になり、その攻撃を避け、そのまま、重力軽減操作をかけた右手のホッパーソードを振り上げる。


 ガキン。


 キチン質に金属を叩きつける、いつぞやも聞いた音が辺りに響く。

 敵はその巨大な左手のハサミで俺のホッパーソードを易々と受け止めていた。

 そのまま無造作に振り払われるハサミ。


 俺は体ごと、大きく撥ね飛ばされてしまう。

 とっさに全身に重力軽減操作を強めにかける。空気抵抗の恩恵に与りながら、ふんわりと着地する俺。


「かってー。ピンクキャンサーが豆腐に思えるほど硬いわ。」


 俺は痺れた腕を軽く振りながら、呟く。

 強敵を前にアドレナリンが一気にふきだす。

 俺は極限まで軽くなるように、スキルを開放した重力軽減操作をさらに自身に上がけし、敵に向かって駆ける。

 あまりに軽くなりすぎた体が浮き上がらないように、限界まで前傾姿勢を取る。

 踏み出す一歩を突進力に変え、地を這うようにして敵に一気に近づく。


(これが本当の、体が羽のようだってやつかな。)


 そんな呑気な事を考えていた俺の接近に合わせ、四つ手の敵は俺めがけて、その刃を振るう。

 横薙ぎ、袈裟切り、唐竹。

 三方向からの剣撃が時間差をつけて襲いかかってくる。


 高速で流れる景色の中、自分の死に行く幻覚が見えたように感じた。


(かわしきれない!)


 もっと回避しにくいタイミングで向かってくる三条の剣撃。俺は死を意識したせいか、時の流れが一気にゆっくりと感じられるようになる。かつてスライムや師匠と戦った時のような境地。


 その中で、自分が取るべき次の一手が、自然と理解できる。


 右手に下げたホッパーソードに最大の重力加重操作をかけると、床に突き刺す。床を割りめり込んで行くホッパーソード。

 当然握ったままの右腕が、そちらに引っ張られる形になる。


 それを基点に、右方向に突進の進路をそらしながら、自分自身の疾走による運動エネルギーを回転のそれへと変える。

 急激な方向転換で右腕に引きちぎれんばかりの力がかかる。


 右にそれることで、敵の唐竹と袈裟切りをギリギリでかわす。しかし、そのままでは必殺の横薙ぎが襲いかかってくる。

 ちょうど床に突き刺したホッパーソードが俺と敵の右薙ぎの間に来たところで、自分自身にも重力加重操作をかける。


 地面に突き刺したままのホッパーソードへ、敵の剣撃が到達する。

 鈍い衝突音。


 しかし、それは敵にとって、ベストのインパクトポイントから外れた物でしかない。

 いくら筋力を強化していようとも、体の構造的に歪な四つ手の敵の、力の乗りきっていない剣撃。俺は何とか突き刺したホッパーソードで、それを食い止めることに成功する。


 剣と刃の力が拮抗し、一瞬の静寂が訪れる。


 自然と剣越しに、互いの視線が交差する。

 そこに見たのは、深淵の闇。


 スキルに呑まれてしまったのか、かつてのあったかも定かではない人間性が完全に逸失した瞳が俺を見下ろしていた。


(ああ、もう獣と一緒か。)


 俺は重力加重操作を、接している剣越しに敵にかける。


(スキルを使って、すぐさま相殺すればいいものを。もう、そんな理性もないのか)


 自分と同じ顔の生き物が獣に堕ちた姿にどこかモヤモヤしたものを感じつつ、重力加重操作を続ける。

 もともとイド生体変化を開放し、体を作り替える過程で質量を増加させていた敵は、踏み抜く勢いで床にめり込んでいく。


 俺はその隙に、カニさんミトンのスキルの開放を試みる。一度、Gの革靴で経験したからだろう、比較的容易にカニさんミトンに含まれるダンジョンの因子を感じとれる。すぐさま、スキルを開放させる。

 再びその開放されたスキルの情報が鑑定のように、頭に流れ込んでくる。


 軽い情報酔いに耐えながら、俺は把握したばかりの開放スキルを使おうと、カニさんミトンをめり込み続ける四つ手に向ける。


「さよなら、だわ。現実の存在じゃないとはいえ、引導を渡すから、安らかにな。」


 カニさんミトンから発謝される酸の泡。四つ手の敵と同じくらいの大きさのあるそれが、敵にぶつかり、全身を包み込む。

 じゅくじゅくと泡の中で身動きもとれず、溶かされていく敵。


 俺はその様子を複雑な気分で眺めていた。



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