青い空
扉を通り抜けると、そこは突き抜けるような青い空だった。
「え、外?!」
アクアの片手を掴んでいた俺の手には、蒼色のカードが一枚。
俺は思わずキョロキョロ辺りを見回す。どうやらダンジョンの入り口すぐの場所のようだ。
アクアがいない。
再び、手の中のカードを見下ろし、呟く。
「そうか、ダンジョン出たから送還されたか。ありがとな、アクア。お前のおかげで生きて空が見れたよ。」
ドンッ
突然の、背後からの衝撃。
俺はたたらを踏む。そんな俺の背後から、誰かの腕が回される。
「朽木、良かった……」
江奈の小さな声が背後からした。
「あー。エナさん? こんなところで奇遇だね?」
俺は振り返ろうとするが、回された腕で、思った以上にしっかりと固定されている。振りほどくのも何か違うかと、そのまま答える。
江奈から返事はない。
しばし無言の時間が続く。
(あー、これは相当心配させてしまっていた、よな? ここは、あれか。土下座案件か。二度目だから、五体投地とかの方がいいか?)
俺がそんな下らないことを考えていると、まるでお見通しとばかりに江奈からくぐもった声がかかる。
「土下座したら、許さないから。」
(さすが、本物のガンスリンガー。勘、鋭すぎる。)
俺は勘の良さにおののきながらも少し空を見上げ、仕方なく普通に謝る。
「ごめん、エナさん。心配かけたね。」
「ん。」
また、しばらく無言の時間が続く。俺はだんだん居たたまれなくなってくる。
(そういえば、周り、誰も居ないなー。この時間なら、いつもは少しはダンジョンに出入りする冒険者が通る気が……)
ふっと、背中にかかっていた圧力が消え、江奈の温もりが離れる。
俺は、恐る恐る振り返る。
そこには、仁王立ちで見下ろしてくる江奈・キングスマンの姿が。
「あー。ごめんなさい?」
俺は取り敢えず再び謝っておく。
「本当に、もうっ! ダンジョンに取り込まれちゃったかと思ったんだからね! 朽木がダンジョンに潜った後、二層に行く扉が消えちゃうし。未帰還者名簿で朽木の名前を見つけて、一層を隅々まで探したけどどこにも居なくて。他のダンジョンでも、同じような事が立て続けに起きているし。私が、どれだけっ!」
俺は捲し立てる江奈に近づくと、そっと抱きしめ、その良く動く口を塞ごうと顔を近づける。
後、爪先一つ分で触れると言うタイミングで、江奈の両手の手のひらが俺の両頬を左右から、バシッと挟む。
そのまま、思いっきり両頬をつままれ、左右にびよーんと引っ張られる。
「えなあん? こえあ、あんえしょう?」
俺が喋るが、言葉にならない。
江奈は顔を真っ赤にして、俺の頬をぐにぐに引っ張りながら答える。
「何を、しようと、していたの、かなぁ? そんなことして、誤魔化せると、思っているんだ。私のこと、キ、キスぅしとけば黙るだろとか、思っているんだ。」
一言一言区切りながら話しかけてくる江奈。これまでにないプレッシャーを感じる。
俺は思わず目が泳ぐ。何故かダンジョンの中でも感じたことのないほどの危機を第六感が伝えてくる。
必死に頭をめぐらし、とっさに、ダンジョンで手に入れた元、皮装の本の銃を取り出す。捧げ持つようにして、江奈の目の前に出す。
「えなあん、こえ……」
引っ張っていた頬を勢い良く離す江奈。
「こ、これは! 魔法銃じゃないの?! ダンジョン産ね。きれい……」
俺の頬を苛めていた両手をふらふらと、元皮装の本の銃に伸ばす江奈。
手が触れるかというときに、パシンという軽い音がして、手が弾かれる。
「もう朽木に所有権が固定されているのね。見たことのないタイプの魔法拳銃……。あら、引き金がない?」
「そうなんだ。しかも……」
俺はプライムの因子の事だけ省いて、入手の経緯を伝える。俺の周りで一番のガンスリンガーは彼女だ。
相談するのは最適だと思った。
(プライムの因子の事は、心配事を増やしちゃいそうだしな……)
「……」
無言で考え込む江奈。
「わかった。師匠を紹介するわ。私の手には負えなさそう。」
「そうか、いや。ありがとう。それじゃあ連絡先を……」
「何言ってるの。連絡つくわけないでしょ。一緒に連れていってあげるわ。飛行機は何日後にする?」
そういうと、スマホを取り出し、飛行機の予約らしき操作を始める江奈。
「え、いや、ちょっと待って。連絡つかない? 一緒に? というか、どこにいるの、その師匠さん?」
「中央アジア連峰にある本山に決まっているでしょ。」
きょとんと答える江奈であった。