宝箱
俺はイド・エキスカベータの発動を中止する。
吸いとられたイドは枯渇寸前だが、精神汚染が危険水域に近づき過ぎているのでやむを得ない。
同時にイド枯渇による精神的苦痛に耐えながら、その場に座り込む。気絶しないようにするのが精一杯だ。
アクアが何やらしている様子が目の端に映るが、気にする気力もわかない。
どうやら落ちていた装備品を拾ってきてくれたようだ。
「クチキ。」
「んー」
だるくて生返事を返す。
「宝箱、あったの。」
手のひらサイズの小箱を差し出すアクア。
「何だってーーっ!」
俺は飛び起きる。
宝箱といえば、ダンジョン探索のハイライト。出る遺物や宝物によっては、人生の節目になると言っても過言ではない。
俺は震える手でアクアから渡された箱を持つ。
ゆっくりと、箱を見聞する。木箱に、植物の柄が彫られた縦長の箱だ。蝶番で開くようになっている。
「罠は?」
「さあ。心配なら、鑑定するの。」
アクアの素っ気ない返事。
俺は悩む。
罠があるかは絶対確認しないといけない。けど、鑑定使うと色々差し障りがあるしな。
でも、早く中が見たい。
俺は一つ深呼吸し、箱をそのままリュックにしまった。
「今は、確認するのは無理だ。無理に開けて自壊したら泣くに泣けないし。我慢、一択。」
「独り言うるさいの。」
アクアの辛辣な意見を聞き流し、当初の目的である帰還のための探索を始める。
今回はすぐに見つかった。
リビングメイル達が出現した場所の床に、皮装の本の刻印と同じ模様が描かれている。
(塔の外で鑑定で見たダンジョンの情報では、ここに皮装の本をかざすんだけど……)
俺は変わり果てた姿の、引き金のない銃を見下ろす。
よく見ると、グリップの所に、同じ刻印がされている。
戦闘中は手で握っていて気づかなかった。
俺はグリップの刻印と、床の刻印とが向かい合うよう、銃を捧げ持つ。
両方の刻印がチカチカ点滅したかと思うと、床の中から、ゆっくりと何かがせりだしてくる。
思わず飛び退く俺。
するすると出てきたのは、階層転移の扉だった。
あっという間に、目の前まで浮かび上がると、何時ものように枠が拡大と縮小を繰り返し始める。
「アクア?」
「こっちの準備はいいの。これ。」
アクアが拾ってくれていた装備品を渡して来るので、一度荷物を整理して、何とかしまいこむ。
布はリュックに入ったが、鎧だと思った物はチェインメイルだった。何とか折り畳んでしまおうとするが、嵩張りすぎて諦め、腕で抱える。
「じゃあ行くの。手を出すの。」
「うん?」
俺は不思議に思いながら空いている方の手をアクアに差し出す。
アクアはその手を握ると、いつものように足を振り下ろす。ダンジョンの床に足をめり込ませ、動く枠を力ずくで固定する。
俺は、固定された扉の闇の中へ、踏み出した。