立ち上がるもの
巻き上がる粉塵。崩壊に伴い、飛び散る塔の瓦礫。
塔の足元で戦闘を続けていたぷにっと達も、否応なしにその崩落に巻き込まれてしまう。
轟音が鳴りやむ。
かつて塔だったものが潰れ、瓦礫の山と化したものが、巻き上がった砂塵の隙間から、その姿を現す。
その時だった。瓦礫の山が大きく膨らんだかと思うと、瓦礫が周囲に飛び舞う。その速度は、まるで砲弾。
空中でその様子を見守っていた俺の顔面にも、机の一部のようなものが飛んでくる。咄嗟に仰け反り、回避する。
──冬蜻蛉達は?!
離れた位置にいた第一の喇叭ちゃんの所までは瓦礫が届かなかった様子。
ほっとして振り向くと、瓦礫のあった場所には、巨大な肉の塊。
しかし、ぷしゅーと空気が抜けるように、それは小さくなっていく。ラットの姿へと。
手のひらサイズまで小さくなっていくラットの体。それを手にした百紫芋と黒豹が、瓦礫のあった場所の中心に立っていた。
さすがに無傷ではない様子。
骨の欠片を放出していた黒豹の二対の足は根本からもげ、百紫芋は額から血を流し、顔面を真っ赤に染めている。
俺にとって朗報は、百紫芋の手のひらの上のラットがピクリとも動かないこと。
「くーちーきーっ!」と、何やら叫んでいる百紫芋。そのまま何やらガミガミとがなりたて始める。
「よくも、よくも、小生のっ」声がひび割れ、何を言っているのかよくわからない。どうやらラットの死を嘆いているらしい。
俺は話を聞くのは諦め、決着をつけるべく、構える。
──今なら、あれが……
それは百紫芋も同じだったのか、懐から万年筆を取り出す百紫芋。顔面を染める真っ赤な血を全てその万年筆で吸いとる。それでも足りないとばかりに、自分の額の傷に、ベン先を突っ込む。
万年筆が真っ赤に光り始める。
百紫芋が手のひらの上のラットと、黒豹を一直線に並べると、叫ぶ。
「『ペン入れ』かいしっ!」
ラットと、黒豹が、半透明の枠線で固定される。多重構造で展開される枠線。
俺は、額の傷にペンを突き刺すという奇行におののき、その後のエフェクトで、何か新たな攻撃がくると構える。
その間にもさらさらと万年筆を動かす百紫芋。
ラットと、黒豹。それぞれを取り巻く枠線がまるでレイヤーのように、万年筆の筆先で線が書き込まれていく。
「『ペン入れ』完了」と、今度は呟くように。どこか哀しみをたたえた声。
ラットと黒豹を取り囲んでいた枠線が消えたかと思えば、ラットの体が、そのまま分解されていく。
そして書き込まれた線の光と混じり合い、黒豹へと吸い込まれていく。
黒豹の野太い雄叫びが響く。
それは、苦痛と歓喜の声。
融合と進化の変質。
黒豹の体が膨らむ。
もげたはずの足。その付け根の肉が蠢く。
一回り大きくなり。そしてさらに一回り大きくなり。
最終的に、小型車よりも大きな体躯へと。
そして蠢いていた足の付け根の肉からは無数の細長い骨が生えてくる。まるで針ネズミのように。
──違うネズミじゃん!
と思わず内心突っ込みをいれてしまう俺。
そこでようやく俺は百紫芋のスキルを理解する。生き物を作り替えるタイプの能力なんだと。ラットの死骸と黒豹を融合させ、強化したのだろう。
巨大化した黒豹がその骨の剣山ののような足を空中にいる俺へと向けてくる。先程までの欠片と比べ明らかに威力の上がっていそうな見た目。しかも、あれが同時に射出されてきたら、俺の体が剣山のようになってしまうのは間違いない。
「喰豹っ! やつを殺せっ」と叫ぶ百紫芋
加速する思考。ノロノロと動き始める世界で、俺はしまう時間を惜しんでホッパーソードを真上に投げあげる。空いた右手で、くるっくるぼーを荷物から取り出す。目の前を縦にくるくる回りながらホッパーソードが上へ。
そしてくるっくるぼーの尻尾を握りこむ。羽を広げ嘴を開くくるっくるぼー。
俺の目の前まで迫る骨の針。欠片の時よりも、速い。
俺は、最後の切り札を切る。
コンビニ休憩のほとんどの時間を費やして準備したそれ。いや、それらを。
俺は上空を見上げる。
雲の上、見えない所にあるそれら。しかし、イドを見ることのできる俺の漆黒の瞳には、はっきりと映る。
上空で旋回する、千羽を越える、イドの鳩達。
そう、くるっくるぼーのスキル、ダヴで作ったイドの鳩は、一羽発射しても空を旋回させておけば次のイドの鳩が作れたのだ。コンビニ休憩中にそれに気がつき、思わず何匹まで同時に旋回させておけるか試してみたくなった、その結果があれだ。
俺は振り上げた右手のくるっくるぼーを、ひとふり。
振り下ろす。
「全羽、降りろっ!」
空を旋回していたイドの鳩が、雲を突き破り、その姿を現す。一羽、また一羽。次から次へと。それはすぐさま鳩の雨となって、地上へと降り注ぐ。
白く輝く光の奔流。
一羽一羽の鳩が、黒豹と百紫芋へと殺到する。
ほぼ同じタイミングで、黒豹から放たれた骨が俺へと刺さる。足先へ一本。両足を貫通し、上半身。そして咄嗟に顔を庇った両腕へと。それはそのまま勢いを殺しつつも、顔面へも。
あっという間に、全身に、骨のトゲが突き刺さった剣山のようになってしまう。
イドの鳩は、百紫芋と黒豹へと舞い降りる。触れた部分を鳩に変えるそのイドが、百紫芋と黒豹へと。
最初のイドの鳩が百紫芋の肩へと停まる。肩の肉の一部が削り取られるようにして、鳩が一羽生まれる。飛び立つ、鳩。
その空いた場所に、次は二羽のイドの鳩が降り立つ。
そのあとはもう、数えきれないほどのイドの鳩が百紫芋の腕に、足に、胴に。顔面も、イドの鳩に覆われる。
そしてその肉が、骨が、血が鳩へとかわり、飛び立っていく。
隣にいた黒豹も、その巨体があっという間にイドの鳩に覆われてしまう。そのまま崩れ落ちるようにいったん沈みこむ。
現れる、その体から変化した鳩達。
それでも終わらぬイドの鳩の降下。どうやら作り過ぎてしまったようだ。塔の瓦礫も周囲の地面も鳩に変わっていく。
辺りを埋め尽くさんばかりの鳩が、一斉に飛び立つ。千羽を越える鳩の羽ばたき音が響き渡る。
彼方へと飛びっていく鳩達。
残されたのは、クレーター状に抉られた地面。そしてそこに、一本残された万年筆が転がっている。
俺は全身を黒豹の放った骨に貫かれたまま、そのクレーターへと落下していく。
地面へ激突。
その衝撃でさらに深く突き刺さる黒豹の骨。
クレーターの中をごろごろと転がり落ちる。回転する度に深く突き刺さる。もう痛みを通り越し、血が抜けすぎたのか寒さを感じ始める。
俺は寒さと転がる世界の中、何とか予備のホッパーソードを取り出そうとするも、指先すらまともに動かない。
クレーターの底へ着いたのか、回転が停まる。ちょうど目の前には万年筆が転がっている。
意識が途切れる直前だった。目に映るは、片翼の天使が舞い降りる姿。その天使は少女を抱えるようにして大地に降り立つ。そう、それは冬蜻蛉だった。俺が放り投げたホッパーソードを手にし、こちらへと駆け寄ってくる。
──冬蜻蛉、無事か。良かった……
そこで俺の意識は途絶えた。