打算と感情と礼節
俺はゆっくりと兎兎亀の前まで近づく。
カニさんミトンを外し、しまうと、ホッパーソードを取り出す。
ざわっとする周囲の動物達。
しかし、まだ敵意や殺気は向けられて来ない。
ホッパーソードの刃が兎兎亀に向かないように十分気にしながら、膝をつく。
声をかける。
「幻を俺にかけたのは、お前達の主の指示なのか?」
「ホッ、ホッ。我が、主は朽木殿の力量を、知りたがってましての。手段は一任されてました、がの」
「もし、俺が幻から抜けられなかったらどうなっていた?」
「弱きもの、が、長く生きられないのは、この世の理」と、いよいよ息が苦しそうな兎兎亀。
「それは獣の理だ。俺は違う。兎兎亀、もしお前が俺の力を受け入れるなら俺にはお前を治すことが出来る。どうする?」
俺は考え考え問いかける。目の前の相手は敵だ。敵対行動もしてきた。しかし、確実に殺しにかかってきたとは、どうも思えないのだ。事前に告げられた、明らかにヒントになるフレーズ。そして交渉が通じる手応え。そもそも、その礼儀正しい態度が、心証として大きい。
完全に殺しにかかってきた銀斑猫、その完全に相容れない価値観とは違い、どうしても感じてしまうのだ。その人格を。人に類する何かを。魂と言ってもいい。
勿論、このまま兎兎亀にとどめをさせば、周りの動物達が問答無用で襲ってくるから、不確定要素を作っておきたいという打算もある。まあ、それも兎兎亀の返答次第だが。
「ここで、朽木殿にくだり主を裏切り、生きろとっ? 申し出はありが、たいですが、お断りします。この命、ここで尽きるものと」
と、最後まで言い切ることなく、兎兎亀は沈黙。そして、そのままその体は装備品化スキルの影響で、黒い煙と化した。
渦巻く煙が、一つの装備品となる。
そのタイミングで、じわりと間合いを詰めてくる、周囲を取り囲む異形の動物達。
俺は目の前に現れた装備品を掴むや、飛行スキルで一気に上昇する。
俺の動きに合わせ押し寄せてくる異形の動物達。その牙、その爪を紙一重で逃れ、飛び立つことに成功する。
「やっぱり、こうなるよね」
足元にひしめく、無数の獣達。そして飛び立った俺を待ち受けていたのは、翼を持つ異形の存在達だった。動物達のそこかしこから、羽ばたきの音が響く。俺に迫る無数の鳥やら虫やらの姿がいくつも、いくつも現れた。
地上にひしめく獣達からも、殺気を感じる。あるものは投擲の構え。またあるものは体内から射出し俺の事を撃ち落とそうとして、攻撃体勢に移行していく。
俺は一声、叫ぶ。このために準備していた手札を、いま切る。
「ぷにっと達、押し潰せ!」
俺の叫び声に合わせ、動物園の壁が一部、また一部。いくつもの亀裂を作りながら内側に倒れる。
壁が倒れ響く轟音。立ち上る砂煙。
その砂煙をまといながら。
わらわら、わらわらと。
倒れた隙間から無数のぷにっと達が獣達へ押し寄せてきた。




