兎兎亀
「ちょっ、これはどういうこと?」思わず漏れる独り言。
右も左も木ばかり。生い茂った木の隙間から山頂が見える。
山頂には目印とばかりに一本の木がはえている。
──まるで、兎と亀の童話のおいかけっこの舞台みたいじゃないか。いくらなんでも、まさかね。
俺はいくらなんでもそんな駄洒落みたいな状況ではあるまいと今一度辺りを見回す。
──うーん。否めない。この舞台に、転送させられた? それとも結界的な何かで異空間的な場所に閉じ込められたのか?
俺はまずは地形を把握しようと、飛行スキルを使って空にあがってみることにする。
……飛行スキルが、発動しない。
俺は慌てて、今使えるスキルをすべて試してみる。……しかし、一切発動しない。
「す、ステータス、オープン」慌てすぎて、思わず噛んでしまう。
何も起きない。
「まじか。ステータスも開かないとは。これ、どうなってるんだ」と、動揺のあまり、思考停止しかける。
「落ち着け、落ち着け。状況を整理してみよう」
俺は一度落ち着くために、その場で一度腰を落とすと、座り込む。あぐらをかくと、兎兎亀の言動を中心に、一つ一つ思い返してみる。
「まずは現状だが、何が起きているかは不明。ただ、兎兎亀か、他の彼らの仲間の能力である可能性が一番高そうだ。これまで、百紫芋の手下の動物達はそれぞれ特殊な能力があったよな。腹の口で消滅させたり。銀斑猫はものすごく速かった。ゾウかキリンは通信手段みたいなものを持っていたのだろう。とすると、この現象も奴らの誰かの能力だろう」
俺はじっと前方を見据えたまま、独り言を呟く。
──これ、端から見たらかなり怪しい人物だよな。
と思わず苦笑いが漏れる。
はぁーと一息ついて、検討を続ける。
「能力だとしたら、制限とか弱点とかが必ずあるはず。完璧な能力とか、絶対に破れないスキルとか、あるはずないんだ。だから必死に考えるんた、自分」と自分自身を鼓舞する。
「兎兎亀は何て言ってたっけ?」
俺は先程までの会話を思い起こす。
「たしか、力を見せろとか、状況を脱してみろとか言ってたよな。うん、あれ? そうすると……」
と、何か引っ掛かりを感じる。
「そうか、答えが一つじゃないんだ。何か力を見せるか、もしくはそうしなくても、この状況を打破出来るってことだよな。でも、だとすると」俺は改めて山頂の木を眺める。
「そうか、これがブラフ。いわゆるミスリーディングとか言うやつか。いかにもな兎兎亀という名前に、その童話チックな舞台」
俺は呟きながら改めて周囲を見渡すと、そのまま目を瞑る。
冷静に落ち着いて耳を澄ましてみる。
「──やっぱりだ。これだけ木々が繁っているのに葉擦れの音すらしない」
俺はそのまま左手を前につき出す。
全く感じられない、イド。
しかし、スキルの発動は、これまで何度も繰り返してきた。感じられないままでも、半ば無意識で、出来るようになっているはず。
そう、信じる。信じこむ。
ひたすら集中。
そして、何度も感じたイドの流れを反復する。
その感覚のままに、呟く。
「泡魔法。酸の泡、発射」