転換の契機
「さて、冬蜻蛉は逃げ隠れするのは得意、って言ってたよね」と俺は途中で拾ってきた木の枝を空き地の地面に突き刺しながら問いかける。
「うん」
「よしっ」特に草むした所を囲むようにして、四隅に枝をさし終わると、次に妖精の鍬を取り出す。スキルを発動しながら、辺りを耕していく俺。
当然、倍加のスキルで空き地に生えた雑草がどんどん増えていく。
もともと、うっそうとしていた空き地が、草の絨毯と言っても過言でないぐらいの惨状となる。
俺が何をしようとしているかと言えば、かつて師匠にやらされたガンスリンガーの訓練の簡易版を、冬蜻蛉にもしてもらおうという準備だ。当然、江奈さんの昨晩のアドバイスの影響だが。
俺の様子を興味津々といった様子で眺める冬蜻蛉。
俺はふと、いたずら心がわく。
冬蜻蛉に、一言、たずねてしまう。この時はこの一言が、どれだけ今後の運命を変えてしまうことになるか、全く意識せず。
「冬蜻蛉もやってみる?」と、妖精の鍬を見せながら。
「いいの?! やる!」と喜び勇んで俺から鍬を受けとる冬蜻蛉。
両足を肩幅に開き、まっすぐに立つと、鍬の柄を両手で握りしめる冬蜻蛉。
その瞳は、まっすぐ一本の雑草へ。
大きく腕を振りかぶる。少女の体躯には、長すぎた鍬の柄。
鍬の重さと勢いで、冬蜻蛉がよろける。
「うわっ」「危ないっ」
思わず何とかしようと近づく俺。
冬蜻蛉は何とか踏ん張り、転倒は免れる。しかし、鍬の柄から片手が離れてしまう。
あさっての方向に流れる鍬の歯が、俺の足元を掠めるように振り下ろされてくる。
俺はとっさに踏ん張り、急停止。もともと、さっき俺が耕して柔らかくなっていた地面に片足がめり込む。
危うく足を耕されそうになるも、鍬の歯は、ギリギリ俺の靴の真横へ。
そして、ぽんっという音と共に、地面に埋もれた黒い物。
艶々と黒光りする色合い。
足にフィットしそうな見慣れたフォルム。
それは、もう一つのGの革靴だった。
驚きのあまり、俺は足元を確認してしまう。自分の足元と、新しく現れたGの革靴を何度も行き来する視線。
──確かに俺はGの革靴、はいてるよな? うん、はいてるはいてる。間違いない。ってことは、これ、倍加のスキルで装備品が増えたのかっ!
その時だった。冬蜻蛉がうずくまるようにして座り込む。
「……うぅ。気持ち、悪い」
冬蜻蛉がイド枯渇の症状を示していた。