決裂
漆黒に染まった瞳から、だらだらと血がしたたる。それは俺が限界を超えて汲み取り出したイドの代償。
その血すらも黒く染まり。真っ黒な血が、俺の顔にその跡を残して顎先からホームセンターの床へと向かって滴となる。
その滴が俺の顎先から離れた、ちょうどその時。目の前には一つ目の商品棚。
身に溢れる、過剰な程に引き出したイド。それを、自身にかけた重力加重操作に注ぎ込む。
そしてさらにイド生体変化のスキルの二重使用。
高速でぶつかってきた商品棚がへし折れるようにして、俺の体を起点に二つに千切れ、後方へと飛び去っていく。
そこへ、さらに横から二つ目の商品棚。
そう、イド生体変化で全身を硬質化させた俺の体。それが楔のように、ぶつかってきた勢いを利用し、商品棚を再びへし折る。
当然、体は重い。
硬化するために変化させた肉体、かつ床に体を固定するためにかけた重力。
加速する意識とは反対に、体の動きは気が狂いそうになるぐらい、遅々としてしまう。
へし折れた商品棚の影から、飛び出してくる白蜘蛛。どうやら止めを差そうとしていたのだろう。ハンマーをふりかぶった姿勢で、俺と目が合う。
健在な俺の様子に、白蜘蛛の目が驚愕に染まる様子がわかる。
しかし、振り下ろさんとするハンマーの動きは止まらない。
俺の額へ振り下ろされる、ハンマー。
硬質な音が辺りに響く。それは、まるで金属を殴り付けたかのような音。
そう、商品棚の高速の激突に耐えうる俺の硬化した肉体なら、当然、受け止め可能な程度の衝撃。
俺はそのまま額の接触面を通じて、白蜘蛛の持つハンマーに重力加重操作をかける。
と、同時に、一歩後退。
ハンマーの重さに耐えきれず、地面に激突する白蜘蛛。
一歩、前進。そして、もう一歩。
ちょうど靴の下にきた、白蜘蛛の首。
そのまま、靴が床に埋まる勢いで、踏みしめる。
革靴の底を通しても伝わってくる骨の折れる感触。
気道に残っていた空気の生み出す断末魔の声。
しかし、出来るだけそれらを気にしないようにして、俺はまだ残っている巨大ゴブリン二体へと意識を強制的に向ける。
視界に映る、巨大ゴブリン達。しかし、様子がおかしい。
攻撃の意志が感じられない。
それどころかまるで操り人形の糸が切れたかの如く、ぼーっとそこに佇むのみ。
俺は訝しく思いながらも、今がチャンスとばかりに二体に酸の泡を撃ち込む。
まるで避ける様子もない二体。
巨体を包み込む酸の泡。
体が溶け始め、ようやく反応を見せる巨大ゴブリン達。
しかし、時すでに遅く、そのまま体は溶け落ちていく。
俺は踏みつけたままだったかつて白蜘蛛だったものから、足をどかす。
装備品化が発動しないこと改めて確認し、一度、目をつぶると、カニさんミトンを外した左手で額を何度も撫でる。
──やっぱり人間だったんだよな、こいつ。
大きく息を吐いて、とりあえず今やるべきことに集中しようと周りを見る。
目にはいる、白蜘蛛の使っていた長柄のハンマー。やはり、何故か、首筋がぞわぞわする。
そっとしゃがみこみ、左手でそのハンマーに触れてみる。
──額に当たったときは何もなかったから、大丈夫だとは思うんだが……。しかし、この感覚はなんだ?
特に、何も起きない。そっと持ち上げると、何となく俺はステータスを開いた。