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犬も歩けば……? 前編

読んでくださった読者様のおかげで、無事に書籍版が発売になりました!

下の方に表紙絵などが載せてあるのでぜひ見てみてください。ハッカさんがキラキラです♪

本屋さんでもし見かけたらよろしくお願いします。


また今回の記念番外編はわんこが中心なので、よかったらどうぞ!

 

 犬飼善治という男は、世間が定める一般的なパーソナリティーの水準は極めて高い方である。


 まず背丈もそこそこあり体つきはしっかりしていて、華やかなアイドル系のイケメン顔で容姿は◯。

 裏表のない人懐っこい性格は、老若男女問わず他者から好かれ、友人も多い。ちょっと弄られキャラなところもご愛嬌だ。


 仕事においてもその性格を活かして成功しており、対人スキルの必要な『営業』という職種はまさに天職であろう。


 ついでにスポーツの面においては、犬かきしかできない苦手な水泳を除けば、基本は万能。

 学生時代はバスケ部で活躍していて球技はオール得意だし、社内で行われたボウリング大会ではチームを優勝に導き、最近のブームは休日に体験に行ってハマったボルタリングだ。スノボーも得意でウィンタースポーツもなんでもござれ。


 そんないかにも人生勝ち組な善治だが、ここであえて欠点の方を挙げていくと、『すぐ調子に乗る』、『たまに周りが見えなくなる』、『反応がいいためとにかくからかわれる』、『地道な事務処理が不得手』……など、もろもろあるが。


 おそらく一番の欠点はこれだろう。



「もう別れよう、善治くん。申し訳ないんだけど……他に好きな人ができたの。それに善治くんとは、恋人より友達がいいかもって。だからごめんね」



 ……こちら、大学時代から社会人デビューして間もなくまで、最後に付き合っていた彼女からの最後の台詞である。

 告白は向こうからで、二年近く付き合っていたにも関わらず、そんな台詞であっさりピリオドを打たれたのだ。


 なお善治には過去、似たような別れ方を切り出されたことがあと数回ある。



 悲しいかな――犬飼善治は圧倒的に『恋愛運』がなかった。




 ※※※




「犬飼さん! いまちょっといいですか?」

「へっ?」


 時間は昼時。

 とある企業のオフィスにて。


 外での打ち合わせを終えて自社に戻ってきた善治は、「腹減ったなあ、早苗先輩を誘って駅前の新しい定食屋にでも行こうかな」などと呑気に考えながら、茶色がかった髪をふわふわさせて廊下を歩いていた。


 そんな彼に後ろから声をかけてきたのは、キレイ目なオフィスカジュアルスタイルに身を包んだ、善治とそう年の変わらない総務課の女の子だ。


「佐藤さん、どうしたんスか」

「お聞きしたことがあって……あの、来週の飲み会って、犬飼さんは参加しますか?」

「ああ、あれッスか。俺はまだ悩んでいて、出席の返事は保留にしてあるんスよね。佐藤さんは参加予定なんスか?」

「はい!」


 佐藤が勢いよく頷くと、ショコラブラウンのボブヘアーがやわらかく揺れる。


 飲み会自体は他部署との交流を図ることを目的に、定期的に開かれているもので、若手主導で上司はいない気楽なものだ。

 幹事は持ち回りで前々回は犬飼だった。今回の担当は誰だったか……人伝に連絡が来たため、善治は首を捻るが思い出せない。まあそれはいい。


 それよりも佐藤が参加するということは、幹事さんは出席率には悩まなくてよさそうだなとぼんやり思う。きっと男性社員がこぞって参加するだろう。


 佐藤は支社からこちらの本社に移動でやってきた子で、まだまだこちらでの日は浅いが、すでに愛らしい容姿と気立てのよさで男性陣から熱い支持を得ていた。やってきた当初「総務にレベルの高い子が入った!」と、営業課の先輩が騒いでいたことは善治も記憶に新しい。


「それで、その、犬飼さんにお願いが……」


 おずおずと、佐藤はパッチリ二重の大きな瞳で善治を見上げる。


「悩んでいるなら、ぜひ飲み会に参加して欲しいんです」

「んん? なんで?」

「誘われたんですけど、私はその飲み会に参加するのは初めてで……初対面の人も多そうだし、緊張しちゃいそうだなって。でも善治さんがいてくれたら、話しやすいし私も安心できるというか……」


 不安そうな表情を覗かせて、こんなことを言われてしまえば、他の男性だったらイチコロだったに違いない。

 さりげなく『犬飼さん』から『善治さん』と呼び名を変えて距離を縮めているところも、少々あざといがなかなかに有効な手だ。


 そう……相手が善治でなければ。

 

「うーん。でも佐藤さんなら、俺じゃなくてもすぐに仲良くなれるだろうし、そんな心配しなくてもいいんじゃないスかね?」

「え? い、いやでも……」

「なにより周りが放っておかないって! それに交流を広げるのが目的の飲み会なんスから、初対面の人とこそ積極的に話さなくちゃダメッスよ!」


 正論だ。

 だがそうじゃねえっ!


 佐藤もキャラをかなぐり捨てて吠えかけた。


 善治は決して人の気持ちに対して鈍いわけではないし、自分に向けられる好意にだって、本来ならちゃんと察することが出来るタイプだ。


 しかし、いまの彼は片思いの相手に全力投球中。

 おまけについ最近面と向かってフラれたばかりだが、それでも諦めずに喰らい付いているところである。


 それゆえに端的に言ってしまえば、己の恋に必死過ぎて、他者から向けられる矢印に気付く余裕がまったくないのであった。


「俺は参加するかどうかはまだわからないスけど、佐藤さんはがんばってくださいね!」

「………………はい」


 善意100%のピッカピカの眩しい笑顔を向けられたら、佐藤には頷く他ない。社内では有名な善治の片想いの話は、このあときっと彼女もようやく知ることになるだろう。

 心がポッキリ折れた佐藤は「では失礼します……」とすごすご引き下がっていった。


 さあて、俺も行くか! と、善治も歩みを再開したのだが、角を曲がったところで「止まりなさい、そこのわんこ」とまたしても引き留めに遇う。


「透子先輩……せめて人間扱いして欲しいッス」

「あら、『この色男』とでも言えばよかったかしら?」


 悠然と腕を組んで真っ赤な唇をつりあげたのは、善治の飲み仲間でもある経理課の長谷川透子だった。



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スターツ出版文庫様より発売中です♪ 内容はボリュームアップしてます!
なにとぞよろしくお願い致します!
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