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羽塚要の月曜日 前編

要サイドの番外編、前編です。

【朝 7時15分 起床】


 ジリリリとけたたましく鳴るスマホのアラームと共に、むくり、と起き上がる。


「あー……なんで月曜日って繰り返すんだろう……永遠に日曜日の世界線に行きたいな……」


 などと戯れ言を吐いて、要はベッドを出て、だらだらとリビングに移動した。


 羽塚要の寝起きはひどいもので、髪はボサボサ、猫背全開。


 下はくたびれたジャージのズボン、上は通販で衝動買いした文字入りの変Tだ。『社畜の叫びシリーズ』は全部で十二種類あって、本日は『レッツ★有給休暇』と書かれた、要の一番のお気に入りである。


「んー、今日のモーニングティーは、レモンバーベナとレモングラスのレモンレモンブレンドにしようかな。あとペパーミントも足すか……」


 頭すっきりお目覚め用のハーブティーを淹れて、焼いた食パンと自家製ヨーグルトで朝食をとる。

 ここに余裕があればハムや目玉焼きがつくのだが、今日は気力がなかったので作らなかった。


 もそもそ朝食を食べ終えたら、外のハーブたちの様子をチェック。ウッドデッキのところには、猫用のエサを配置することも忘れない。気まぐれな三毛猫が食べに来るかは半々だが、日課のように置くだけおいておく。



 それから身なりを整えて、スーツを着て眼鏡(※伊達)をかけたら『スーツさん』に早変わり。


 ゆるい素の自分を引っ込めて、要は家をあとにした。





【朝 8時40分 出勤】


「あ、あああの、羽塚主任! こ、この書類のチェックをお願いします!」

「ああ」


 某大手広告代理店のオフィスにて。


 席で渡された書類を、要は眼鏡(※伊達)を中指で押し上げて目を通す。

 渡した新人男性のみならず、その場にいる全員が、固唾を呑んで要の動向を窺っている。やがて顔を上げた要は、書類を返して「おおむね問題ない」と端的に述べた。


「よくまとまっている。次もこの調子でいけ」

「は、はい! ありがとうございます!」

「ただ一点。ここの表現は相手に伝わりにくい。こういときはもっと……」


 部下の指導も要の仕事だ。カチンコチンに固まる新人男性に、丁寧に指導をする要を、周囲は三者三様で見守っている。


 女性社員は感嘆の息と共に。


「はあ、羽塚主任、今日もクールでカッコいい……。お付き合いしている人いないのかな」

「あれで独身っていうんだから、優良物件すぎるわよねえ。ルックスもよくて、仕事が出来て。ただちょっと近寄り難いかしら」

「隙が無さ過ぎるもんね。休みの日とかも、仕事のことしか考えてなさそう。でも素敵!」


 男性社員は尊敬と畏怖と共に。


「はあ、羽塚主任、超こえええ……。あの人と付き合える女なんているのかな」

「完璧超人って感じだもんなあ。俺が女なら引け目を感じて無理だわ。男としては、あの敏腕っぷりは憧れるけどな」

「プライベートとかなにしてんだろうな。家でだらけている姿とかくつろいでいる姿とか、ちっとも想像できねえよ」


 そんな自分を噂する声など、例え聞こえていてもスーツさんモードのときは一切遮断する要は、新人男性を席に戻して、さっさと己の業務に戻った。


 途中で取引先から、直接自分のスマホに連絡が入り、流れるような動作で電話に出る。


「はい、お世話になっております。ご用件は……ああ、その件ですか。この前もご説明した通り……」

「……お、おい、主任のスマホになんか」

「なんだあれ」

「キャ、キャラストラップ?」



 ――――『それ』を目にとめ、社内に激震が走る。



 要のスマホについている、なんともゆるいデザインのにゃんこストラップ。


 カップを持った猫は愛らしくデフォルメされ、どちらかといえば女性向けな一品だ。それはあまりにも『羽塚要』という男に似つかわしくなく、ミスマッチもいいところだった。


 先週まではあんなのなかったのに、いったいぜんたいどうしたことか。


 ざわつく周囲は総スルーで、電話を終えた要はスマホを仕舞い、パソコンに黙々と向き直る。


「主任が自分で買ったのか? ……いやありえない。も、貰い物か?」

「誰からのだよ。おい、めちゃくちゃ気になるぞ」

「お前ちょっと聞いてこいよ。そのストラップどうしたんですかー? って」

「てめえ、俺を早死にさせるつもりか!?」

「私はギャップでアリかも……」

「うん、主任にゆるキャラ……わりとアリ……」


 会社では『謎に包まれたミステリアスな男』扱いの要は、ストラップひとつで爆弾を投下したことにも気付かず、ただひたすらキーボードを叩き続けていた。

 




【昼 12時00分 ランチタイム休憩】


 要のお昼は、自作の弁当半分、社員食堂の利用率半分の割合だ。

 なおこの会社の食堂は、巷ではシャレオツで有名であり、開放的な空間にデザイン製のある照明、メニューも豊富で、社員たちからの評判はすこぶるいい。


 人気のパスタランチを選び、要は適当な席に座って食事を済ませる。



 あー……食後のハーブティー飲みたい、消化にいいやつ……。



 というのは内なる要の声で、表では無表情で紙コップのブラックコーヒーをすすっている。


 要は決してコーヒーも嫌いではないのだが、飲めるだけで圧倒的ハーブティー党であった。むしろハーブティー過激派だ。


「ねえ、これ見て。私の新しい彼氏が先週、デートに着てきた私服。信じられないくらいダサくない?」

「うわっ、これはひどいね」

「痛い勘違い系ファッション」


 近くの席に集まる若い女性社員たちの声に、要はピクリと反応する。

 彼女たちは一人が見せたスマホの写真を覗き合い、彼氏の私服に辛口コメントをしていた。盛り上がっているためか、食堂中に響く声量だ。


 要が反応したのは、『デート』『私服』という単語である。



 内なる要は、今週末、とある女性と出掛ける際の私服に、わりと本気で悩んでいた。



「だいたいこのスタイルでこの服は、バランスが難しすぎ……」

「すまない、少しいいか」

「へ…………は、はははは羽塚主任!?」



 ――――立ち上がって女性社員たちに声をかけた要に、社内に激震が走る(本日二回目)。



 女性社員たちはスマホを取り落として、みっともないほど慌てた。

 仕事以外ではほとんど口を開かない、冷静沈着でクールな主任が……真実はただボロが出ないよう、お口チャックをしているだけなのだが……まさか喋りかけてくるとは思いもしなかった。


「今後の仕事の参考に聞きたいのだが。女性視点で今時の男性のファッションについて、食事中に悪いがうかがいたい」


 しれっとした顔でそんなことを尋ねる要。


 その場ででっちあげたそれらしい理由に、周囲は「すげえな、主任。食事中まで仕事のことを考えているなんて」「どんなことでも仕事に活かそうとする姿勢、見習いたいな」「あそこの女ども、私と代われ!」と好意的解釈をしている。


 この場に彼の素を知るツリ目女子がいたら、「いやあの人、そこまで見習う姿勢ないよ」とツッコんでいるだろうが。

 残念ながら、要の本来の思惑がわかる者などここにはいなかった。


「わ、私たちのお話でよければ、いくらでも!」

「羽塚主任のお役に立てるなら!」

「そうか。助かる」



 食堂で大きな声は感心しないけど、いい子たちだな。

 あ、この子、ちょっと目元が早苗さんに似ているかも。



 などと考えて、ほんのわずかだがスーツさんモードが緩んだ要は、「ありがとう」と眼鏡の奥の鋭い瞳を和らげた。

 女性社員たちは顔を真っ赤にし、この会社に入社したことを感謝したという。


「これも参考までに聞くが、俺に似合いそうな服があればそれも教えてほしい」

「はい! スタイルがいいので、なんでもお似合いになるかと思いますが、主任ならカッチリ決めた大人の男コーデなどがぴったりかと! テーラードジャケットを中心に、スマートな着こなしを……」

「バカ、同じジャケットなら、主任にはコーチジャケットでしょ! ネイビーのコーチジャケットに、下は白のネックニットで決まりよ!」

「でもでも、開襟シャツも捨てがたいー! 身長あるからロングカーデも映えそうだよね!」


 異常に盛り上がる女性陣に、要は「テーラード……? なに? 新しいハーブの名前?」と内心で首を傾げつつ、基本的には優秀な脳の中に、彼女たちから教わったファッション情報を登録していく。



 ランチタイム休憩が終わるまで、要はデートに着ていく服装を、真面目な顔で真剣に検討していた。




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