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【書籍発売中】猫と週末とハーブティー  作者: 編乃肌
あなたのためのハーブティー
25/33

5 常連ズとお久しぶりと

 旅行から戻ってきて、繰り返し始まった一週間は、早苗にはひどく長く感じた。


 早く週末にならないかな。

 うそまだ水曜日?

 まだ半分もあるじゃん! みたいな感じである。


 ただ週末が近づいたら近づいたで、もう金曜日!? と焦ることになったが。

 またフッたフラレたという事実のある善治とは、これといって気まずくなることもなく、いつも通り……と思いきや。


「早苗先輩、この企画書、俺がまとめておきました! どうですか? 俺、仕事出来ますよね? 惚れましたか?」

「また飲みにいきましょうよ! たまには二人きりでどうですか?」

「ハーブティーについて、俺にも教えてほしいッス!」


 などと、ちょいちょい露骨なアピールを、善治はめげずに日常の間に挟むようになった。

 早苗は真正面からまだまだ余裕で交わし、周囲はそんなわんこを相も変わらず微笑ましく見守っている。これはこれで平和だった。



 そして、早苗にとって待ち望んだ、週末がやってくる。



 土曜は出勤日だったため、早苗は日曜の午後から用意を整えて外に出た。ただカフェに行くだけなのに、無駄に服に悩んで、結局お気に入りの秋物ニットに細身のタイトパンツを選択した。女性らしさよりは、落ち着いた大人なコーデだ。

 結んだ髪もハネはないし、化粧のノリも悪くない。冬が近づいてきているわりに、青々とした秋晴れの今日は、風も温度も肌にちょうどいい。


 ただひとつ、難点をあげるとするならば。


「頭いったい……久々に飲み過ぎた……」


 昨日の夜、逸る気持ちと緊張を抑えようと、少々、いやだいぶ酒をあおった。しかもアルコール度数の強いものばかり。

 酒豪の早苗が二度目の二日酔いになるレベルなので、善治あたりが同じ量を飲んだら、軽くぶっ倒れているだろう。


 だけど今日を逃したら、またズルズル行けなくなってしまいそうなので、早苗は頭痛も吐き気もなんとか耐えて『ねこみんと』に向かっている。


「……お土産も持ってきたし、大丈夫、うん」


 肩にかけたトートバッグの紐をぎゅっと握る。中には旅行中に、要にあげようと考えて買ってきた、ささやかなお土産が入っている。


 カップを両の前足で持った、三毛猫の根付けストラップ。


 たまたま旅館の売店で見つけただけだが、なんとも要にぴったりだと思った。猫なんかそのままミントだし、カップはハーブティーを連想させる。全体的にゆるいデザインなのも似合う。

 あとは渡せるかどうかだが、そこは気合いだ。


 羽塚宅の前まできて、早苗はふうと呼吸を整えてから、門を開けようとした。猫の顔をかたどった木板の看板は、本日もちゃんと営業中なことを示している。

 だが門に手をかけたところで、向こうからふくよかな女性と、小学生くらいの男の子が、並んで談笑しながら歩いてきた。


 見覚えのある二人の姿に、早苗は「ん?」と少し意表を突かれる。



「――――志保さんと、マロウブルー少年?」

「あ、早苗ちゃん!」

「ツリ目の姉ちゃんだ!」



 意外な組み合わせに驚く早苗のもとへ、志保と少年は門を開けて駆け寄ってきた。


「よかったわ、早苗ちゃんが来てくれて! 要ちゃん、早苗ちゃんが来なくなってから、とっても寂しそうだったんだもの。ぼーっとして、カップを落として割っちゃったのよ。どうして来なかったの? もうハーブティー飽きちゃった?」

「いえ、そういうわけでは……ちょっとした諸事情で」

「まあなんでもいいのよ! これで要ちゃんも元気になるわ!」


 久しぶりでも変わらずペラペラお喋りな志保は、ぽっちゃり顔を綻ばせて、傍らの少年に「ねー」と同意を求めている。

 少年も「だな、おばちゃん」とうんうん頷いていて、なにやらとても仲良しな様子だ。


 早苗の足が遠退いていた間に、もとより常連な志保と、一人でも『ねこみんと』に遊びに来るようになっていた少年は、だいぶ打ち解けていた模様である。


「オレも食べ終わった皿、師匠がガッチャンって割っているとこ見たよ。ポンコツな師匠がもっとポンコツになっちゃうから、姉ちゃんは今度からもちゃんと通ってやってくれよ!」

「師匠っていうのは……」

「カフェのタレ目の兄ちゃんのこと! ゲームのこととか、ハーブのこととか教えてもらっているから、オレの師匠!」


 ついでに要は、少年の師匠にまで昇格していたらしい。

 そういえば、少年がはじめて『ねこみんと』に来たとき、弟子入りがどうとか言っていた。


 ちょっとカフェに行かない間に、いろいろお客様事情も変化しているなあと、早苗は妙におかしくなった。


「じゃあ私はこのあと、旦那とアウトレットにお買い物にいくから。次の週末は、またカフェで一緒にお茶しましょうね、早苗ちゃん」

「オレはこれから母ちゃんと映画見に行くんだ! また母ちゃんもカフェに連れてくるから、そんときは姉ちゃんにも紹介するな」


 またね、じゃあねと手を振って、志保と少年はそれぞれ別の方向に去っていった。お互い、旦那さんやお母さんとの仲も良好らしい。

 賑やかな常連ズを見送って、二人が教えてくれた要情報を、早苗は立ち止まったまま反芻する。


 鞠も言っていたように、早苗が『ねこみんと』に来なくなったことで、要がダメージを受けていることは、どうやら嘘ではないようだ。


「よし」


 なんだか勇気をもらって、今度こそ開いた門を、早苗はくぐり抜けようとした。


 そのときだ。



「あの、早苗さん……でしたっけ」

「あ……」



 少年が去った方向から、背まで流れる長いブラウンの髪を靡かせて、一人の女性が現れた。ここで早苗と初遭遇したときと同じ、髪型はバレッタで留めたハーフアップ。服装は白を基調とした長袖ワンピースで、やはりたおやかで可憐な印象を受ける。


 千早さん、と、早苗はその女性の名前を、口の中で小さく転がした。


「このカフェに、要さんに会いに来たんですか?」

「は、はい」

「そうですか」


 鈴の音のような声で、探るように尋ねてきたかと思えば、早苗の返事を聞いた途端に黙り込む。そんな千早の思惑がわからず、早苗はゴクリと息を呑んだ。


 千早は、要の元カノさんとかではない。

 ではないが、スーツさんにとって、もっとも近い存在であったことは確かだ。

 鞠からの情報によると、昔はスーツさんに好意を向けていたっぽい面もあるようだし、早苗としては相手の出方をどうしても窺ってしまう。


「……本当は、今日は要さんに話を聞いてもらおうと思ってここに来たんだけど。私、実は要さんの言う『早苗さん』とも、一度お話がしたかったの」

「私と、ですか」

「ええ。このカフェで……だと、要さんもいるし少し気まずいから、どこか別の場所で。突然こんな申し出をしてごめんなさい。お時間はあまり取らせないし、どうかしら?」

 

 悩んだのは数秒で、気分的には「受けてたとう」という戦士のような覚悟で、早苗は了承の意を込めて頷いた。

 頭に流れるのが戦闘用BGMなのは、さきほど少年がゲームの話をしていたからだろうか。


「よかった。じゃあ行きましょうか」

「……はい」


 要に会いに行く前のラスボス戦だなんて思いながら、早苗はふわりと漂う、花のような千早の香りを追い掛けた。




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