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【書籍発売中】猫と週末とハーブティー  作者: 編乃肌
記憶の中のローズマリーティー
16/33

3 姉弟と内緒のアルバムと

「このアルバムはね、私が仕事で撮った写真とは別で、超プライベートな写真がいっぱいなの。私、昔からカメラが大好きだったから、親からカメラ奪ってカシャカシャしていてね。カナメのチビな頃の写真もあるよ」

「! それは見たいです!」


 受け取ったアルバムを早苗はドキドキと開く。

 アルバムはミニサイズの台紙に貼るタイプで、一ページに一枚ずつ収められており、分厚さはなかなかのものだった。


 いそいそと鞠は椅子を移動させて、解説役として早苗のすぐ横につく。


 一ページ目からすでに威力抜群で、五~六歳くらいの天使みたいなタレ目の男の子が、猫耳パジャマを着てベッドに転がっている。


「か、かわっ! なんですかこれ、かわいい! え、ハッカさん!? これハッカさん!?」

「ハッカさんってのもカナメのこと? そうそう、かわいいでしょこれ! 私と母さんが着せたのよー!」

「ええ、めっちゃグッジョブですよ! 超かわいいです!」

「でしょでしょ? 顔に出さないけど父さんもメロメロでさー。子育て雑誌の巻頭を飾ったこともあるのよ。あ、こっちの写真はどう? 小学校の文化祭で、カナメがお姫様役したやつ」

「王子様役じゃないんだ!? でもこれは……ナンバーワンプリンセスですね!」

「クラスで一番かわいかったんだから仕方ないよねー」


 女二人はきゃっきゃっと異常に盛り上がり、早苗はもう普通に『ハッカさん呼び』に戻っていた。


 要は幼い頃から綺麗な男の子だったようで、周りから蝶よ花よと溺愛されて育ったらしい。それもあっての、あのゆるゆるな性格が形成されたのだろう。


「このあたりになってくると、ハッカさんは中学生ですか……うっわ、美少年。眩しい……目の保養……。それにしても鞠さん、写真撮るの本当にお上手ですね。プロの方にこんなこと言うのも変ですが、写真自体がすごく生き生きしている感じがします」


 幼い頃の写真は、被写体は主に要中心で技術も拙かったが、写真の中の要が成長するに連れて、カメラマンである鞠の技術も目に見えて向上していっている。

 この頃になると、要だけでなく、空や花といった自然だけの写真も増えてきた。


 どれも(なま)の生命力をそのまま閉じ込めたような、見事な出来だ。


「ありがとう。この頃は本格的にカメラの勉強をはじめたばかりで、自然を撮ることが多かったかな。カナメのことは変わらず激写し続けていたんだけど」

「どれもすごく素敵な写真です……あ、学ランのハッカさん! 高校生ですね。に、似合わなくて面白い……!」

「私と母さんはブレザーの方が絶対似合う! って押してたんだけど、カナメの選んだ高校が学ランでさあ。猫背に学ランはダメだよね」

「いやでもこれはこれで……って、あれ? この人って……」


 ページを半分超えたところから、要以外のとある人物のピン写真がチラホラ目立ってきた。

 大柄な体つきで、ガテン系っぽい三十代前後の男性だ。顔は厳つく、写真ではどれも渋面を作って写っている。


「ああ、ソイツはね、私の旦那。ケンスケ」

「この方が……」


 緑だらけのハーブの庭を創り上げた、鞠さんの旦那さん。


 そう認識しなおして、早苗はじっと写真を見つめる。場所はちょうどこの洋館で、ケンスケは庭でハーブの手入れをしているところのようだった。

 一メートルちょっとある高さの、細長い葉を付けたハーブだ。淡いブルーの小さな花が愛嬌がある。


 そのハーブと写っていると、ケンスケはギャップでちょっとほのぼのして見えた。

 『森のクマさん』みたいな感じで。


「出会いは私が会社員時代、仕事繋がりだったかな。見た目通りのザ・不器用な男ってとこが、私の好みにドストライクでさ。がんばって口説き落としたのよ。ただ並んで歩いていると……実際にケンスケは私の五歳上なんだけど、ほら、私ってこのお子さま体型に童顔でしょ? イケナイ関係に思われて、たまに警察に声かけられてね」

「鞠さんは……下手したら高校生でもいけそうですしね」


 今より若い時代だったなら、なおさら二人が並ぶと犯罪臭がしただろう。


「毎回必死に弁明するケンスケが面白かったな。まあ、結婚してすぐ、その写真を撮った直後くらいに、交通事故で死んじゃったんだけど」

「……え」


 あまりにもサラリと、鞠が旦那の死について挟んできたので、早苗は一瞬反応が遅れた。

 デリケートな話題のため、コメントに悩む早苗に対し、鞠は「結婚早々、いきなり未亡人にするとかマジないわー」と軽い調子で笑い飛ばしている。



 ……鞠のような強い女性だと、もう過去のこととして、気持ちの整理をし終わっているのだろうか。



 早苗は戸惑いつつも、この話題には下手に触れないでおいた。まだ明るく笑う鞠に曖昧に頷き、アルバムの次のページをめくる。


 そこにいたのは、現在の年齢に追い付いた要だった。



「というかこれ……スーツさん?」



 スーツは着ておらず、紺のカットシャツにスキニーパンツとカジュアルな格好だが、要は背を伸ばし、髪を撫で付け、ノンフレームの眼鏡をかけている。

 なにより眼鏡越しの瞳が鋭利な光を湛えているので、間違いなくスーツを着ていないけどスーツさんモードだ。


 その横には、髪の長い女性が写って……。


「あ、ああっと! それはアウト! ダメ! さすがにカナメにマジギレされるやつ! アルバムタイムはこれでおわり!」

「あっ!」


 早苗が真剣にその写真を観察しようとしたところで、取り乱した鞠がアルバムを乱暴に奪った。


 そのままサッと背中に隠されてしまい、「さっきの写真って……」と、聞こうにも聞けない。気まずい沈黙が一瞬下りて、鞠は切り替えてあははと空笑いする。


「カ、カナメってば遅いなー。たかが買い物くらいで、何分かかっているのやら」

「……なにを買いに行かせたんですか?」

「たいしたことないよ。夜に久しぶりに日本らしいもの……ガッツリ和食が食べたくなったから、いろいろリクエストしただけで」

「そのいろいろが多かったんじゃないですか」

「えーそうでもないのに」


 早苗も空気を読んで調子を合わせ、ひとまず写真のことは頭の隅に追いやった。気まずさを長引かせないのは、営業としても大事なスキルだ。


 再びなんでもない会話を弾ませていると、ガサガサと紙袋のすれる音を立てて、誰かが庭に入ってくる。



 噂をすれば――――パシりに行かされていた要だ。



 パンパンに詰め込まれたスーパーの袋を両手に抱え、猫背がいつもより猫背っている。気だるさも割増しで、全身から疲労が滲み出ていた。


「はあ、疲れた……なんで休日にこんな目に……ってあれ? なんで早苗さんと姉さんが一緒にいるの?」

「お、お邪魔しています」

「門の前で遭遇したから、私が引き入れたんだ。買い物ひとつでそんなに参るなんて、だらしないぞ、弟よ!」


 要は早苗の存在にタレ目を丸くしていたが、鞠の叱咤に「姉さんのリクエストが多いし雑なんだよ」とため息をつく。


「醤油の利いたなんかが食べたいとか、茶碗蒸しもアリだけどおでんもいいとか、いや湯豆腐もとか……メニュー考える方の身にもなって」

「だってカナメのごはん、なんでも美味しいからさー」

「それは嬉しいけど……」


 あ、姉弟の会話だと、一人っ子の早苗はちょっと新鮮に感じる。要の雰囲気も、横暴な姉に困らされる末っ子というのが全開で、なんだか微笑ましい。


「本当、姉さんは調子がいいんだから……ん? ねえ、そのアルバム」

「げ」


 鞠の背に潜んでいたアルバムを、目敏く要が見つけてしまった。

 スッと、要の目尻がつり上がる。


「まさか、早苗さんに見せていないよね?」

「んー……と」

「…………見せていないよな、姉さん?」


 器用にも、要は半分だけスーツさんモードのスイッチを入れて、冷ややかに鞠を見据えた。背後には絶対零度の風が吹いている。

 鞠は降参のポーズをとって、「マズイページは見せてないって!」と言い訳をする。


「マズイページって、どれを見せてもマズイんだけど」

「猫耳パーカーもプリンセスも、別にマズくないし。人に広げるべき光輝く写真だし!」

「あれを見せたのか……?」

「だからそのモードで実の姉を睨むなって! 鍛えたの私だけどビビるから!」


 仲のいい姉弟のやり取りに、早苗はすっかりおいていかれてしまった。

 やがてハッと気付いた要が、いつものようにへにょんと眉を下げて、「ごめんね、早苗さん」と謝ってくる。


「姉さんが迷惑かけたみたいで……なにか飲んでいきます?」

「あ、ああ、いや。今日は貸切りのとこ入れてもらっただけだし、私のことはお気遣いなく……」

「そうだ! 早くいつもの私専用のハーブティー淹れてよ! あれを飲まなきゃ!」


 勇んで声をあげる鞠は、とことん自由だった。

 要は再度ため息をついて、袋を持ったままダラダラと、カウンターの方に歩みを進める。


「とりあえず姉さんを黙らせるために、この袋を片付けて、カフェスタイルに着替えてきます……早苗さん、ごゆっくり」

「ハッカさん……なんていうか、お疲れ様です」



 哀愁漂う要の背中を、早苗は苦笑気味で見送る。

 やはりゆるだるな弟は、今も昔も、パワフルな姉には勝てない模様だった。



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