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始祖の魔王、友を語る(後)

「『じゃの気、身体に染め込めば、汝が身体は邪に至る。汝が心も邪に至る』……てのは、初代から受け継がれてきた教訓だ」


 クラリスは、次のカリンに手を伸ばし、力任せにかぶりつく。


「今までの頭領からしちゃ何のこっちゃ分からなかったらしいが、ドリス爺とアタシの代で分かった気がするよ」


 そう言いがら、クラリスは自信の栗色の髪を掻き上げ、現れた青痣を指した。


「これは、いつアタシらの魂まで侵食してくんだ?」


 冷淡に言うクラリス。

 イネスは、動揺すること無く答える。


「あなたの身体を蝕むそれは、魔族領域(ダレス)から漏れ出る瘴気(ミアスマ)と呼ばれるものです。魔族以外に有害性を示す地帯に居続ければ、あなたのように斑点が出現し始めます」


「だろーな。だから、ドリス爺は前線から退いてもらってんだ」


私の経験則では(・・・・・・・)瘴気(ミアスマ)はおおよそ身体の半分ほどを覆い始めると、魂魄に悪影響を生じます。魔力に耐性の無い者が魂魄を汚染されれば、ヒトは魔物へと成り果てます。それも、ヒト以上の力を持った、暴力の化身へと」


「ほんっとうに、人と魔族ってのは相容れねぇんだな。容れ物(かたち)は似てるってのによ」


「魔力を制御できるのは、魔族だけですからね。魔力の動力源である魔素(まそ)噴出地帯は、魔族(われわれ)以外の生物はあまり近寄れませんし」


 淡々と言うイネスは、クラリスの首元の青痣をじっと見つめる。


「……おおよそ、3ヶ月と言った所でしょうか」


 イネスの答えに、クラリスは鼻で笑う。


「結構時間は残されちゃねェようだな。んで、アンタの経験則(・・・)とやらが、初代ってわけか」


 イネスは、小さく頷いた。

 そして隠さずに、現代の獣人族頭領に話した。


「当時、魔族には大いなる敵がいました。魔族領域(ダレス)周辺に現れる、《不死の軍勢》たちです。長年の私の恐怖統治に隙が出てしまったのだと、思っています。怯え続けていた人類たちが、ついに牙を剥き出したのです」


「それ、あれだな。人類国家でもお伽噺で語り継がれてる『祖史魔王譚そしまおうたん』ってやつだ。『恐怖で世界を支配していた魔王を、全世界の人々が一致団結して打ち倒したのです』っていう、1000年前のヒーロー譚だな」


「一応、目の前の私がその打ち倒された本人なんですけどね」


 半眼で言うイネスは、こほんと咳払いをする。


 『祖史魔王譚』は、サルディア皇国守護龍の小話『龍神伝説』に並んで今もなお人類に語り継がれる人気お伽噺の一種である。

 おおよそ1000年前に繰り広げられたそれは、人類対魔族の最初の大戦だと言われている。結果は、《始祖の魔王》の封印を含めた人類側の勝利に終わりはしたが、その戦争はその後果てしなく続く長い人魔対立の序章に過ぎなかった。


「アタシも昔はよくドリス爺に言われてたよ。夜更かししてる悪い子は、無数の翼を持つ女に攫われる。恐怖の魔王が、悪い子を引き連れていくぞぉぉ……ってな」


「サルディア皇国の兵士にも同じ事を言われましたね。ですが、今となると1000年前のお伽噺よりも、6年前の《世界七賢人》伝説の方が主流でしょう」


「まーな。世界七賢人(アタシら)がやっつけた魔族も、噂に聞くより随分と弱体化してたし、参考になんねェ。世間様じゃ魔族を壊滅させただなんだと、アタシらを異常にもてはやしちゃいるが、総本山はまだ息潜めてっからな。虎視眈々と、再起の時を狙ってやがる」


 そう言って、クラリスが見つめるのは魔族領域(ダレス)の紫がかった空だ。

 イネス・ルシファー亡き後の1000年間を統治する不死鳥(フェニックス)一族の長ジャッジ・フェニックスの根城だ。

 クラリスは思い出したように言う。


「そーいや、初代が代替わりしたってのも最初の人魔大戦の時だったかな。アンタと仲が良かったってことは、それなりに関係してんのか?」


「えぇ。やはり、魔族は数が少なく劣勢の立場を強いられていました」


 人類勢力の持つ最大の武器、「数」の利。

 そして、当時の死霊術師ネクロマンサーによる、スケルトン・ゾンビ勢力の「数」の利が合わさったことは、初期人魔大戦における大きな要因の一つではあった。


 イネス・ルシファーは自ら先頭に立ち、多くの命を屠って来た。

 イネスの恐怖のみによる統治を良しとしなかった当時の副官、ジャッジ・フェニックスの離反を頭に入れつつの戦闘は、流石のイネスにも重荷であり、ついぞ魔族領域(ダレス)内部に敵を引き入れるまでになった。


「そんな時、シャリスが私を助けにきてくれたのです。仮面を被り、身分を隠し、私の一友人として、最前線の戦場にやってきてくれました」


「そりゃ初耳だな」


 興味深そうに聞き耳を立てるクラリス。

 もちろん、獣人族が魔族と共闘したと人類が知れば、部族もろとも被害を受けることを案じたのだろう。

 獣人族でありながら、本来ならば何の得にもならないにも関わらず、シャリスはイネスと共に戦場を駆け回った。

 シャリスは、殺しこそ行わなかったものの、半年もの長い期間を魔族領域ダレスにて、戦いに費やした。

 その間、彼女の身体に迫る瘴気(ミアスマ)汚染の影響を、微塵も感じさせること無く――。


「今でこそ、一部瘴気(ミアスマ)汚染は魔族以外の種族に影響があることが判明していますが、当時誰も近付こうとしなかった魔族領域ダレスにおいては前例も無く、ほとんどの者が気付くことはありませんでした。――彼女自身を、除いて」


 クラリスは、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 自身の首を隠すようにして手で抑え、冷や汗混じりに呟く。 


「――そこで、瘴気ってのを過剰摂取しちまってた……ってことか」


 イネスがシャリスの瘴気汚染に気がついた時には、もう手遅れだった。

 瘴気を過剰に体内に取り込んだことによる、狂魔化きょうまか現象。

 体と心は邪に蝕まれ、人としての言語と思考回路も放棄した、人の形をした魔物(・・・・・・・・)が出来上がっていたのだった。


 ――シャリス! 聞こえますか、シャリス!! 返事をしなさい、シャリスッ!!


 数多の戦場を乗り越えて、屍の上に立っていた、かつての盟友。

 身体半分に覆われていた大痣は、形を変えていった。

 シャリスの身体半分を覆っていた大痣は、主の魂の変調に呼応して、ねじ曲がった暗黒の紋様を浮かび上がらせる。

 言葉の通じなくなった、盟友を偲んで、イネスはぽつりと呟いたのだった。


「その時シャリスはまず、人として(・・・・)死にゆきました」

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