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始祖の魔王、勘付く。

 ティアリスの姉、クラリス・マーロゥは聖地林(リートル)を支える巨木へと向かい、姿を消した。

 ローグたちはティアリスの後を付いていくが、その雰囲気は「異様」だった。


 至る所に配置された獣人の衛兵は、いつでも臨戦態勢を取れるようにと微弱な肉体強化魔法で身体を纏っている。

 屈強な男たちが、闇夜に潜む羽虫一匹をも屠らんとする勢いだ。


「シャリスの墓近くだというのに、騒々しいですね。故人の魂ならば、ゆっくりと眠らせておけばいいものを」


 不快そうにイネスが呟いた。

 ティアリス曰く、これらは全てクラリス配下の自警団だという。

 聖地林リートル最東にある、初代頭領シャリス・マーロゥの墓地から歩くこと15分。


「初代の墓が荒らされるようになってから、特に監視は酷くなったの。見回りの大人たちも数が増えたし、ティアたちの行動も激しく制限され始めたのも全部、墓荒らしのせいなの……」


 きょろきょろと辺りを見回しながら、ミカエラも続く。


「墓荒らしさんは、ここの木々の元気も吸い取ってしまっているのですか?」


 先ほどいたシャリス・マーロゥの墓からここに至るまで、腐敗した木の幹や、枝葉を彩る緑色の影もない。

 禍々しく歪曲した、朽ちかけの木々が散見される。

 ローグも、ミカエラに続く。


「世界有数の森林地帯って割には寂しいよな。季節柄、そういうのでもないはずだろうし」


「みんな、初代が大好きなの。初代は森が大好きだったの。初代の周りだけこんなに寂しい森だと、魂もゆっくり眠れないの……」


 寂しそうに呟くティアリスは、とぼとぼと歩みを進めていた。


 聖地林リートル初代頭領、シャリス・マーロゥ。

 遥か1000年前。100以上の部族が混在する、広大な聖地林(リートル)をたった一人で統一した獣人族の大英雄である。

 当時、部族間抗争に加えて、東隣の魔族領域ダレスとの領土戦争において、ミレット大陸史上唯一魔族との一時休戦を成し遂げた逸話は、今でも世界で語り継がれている。


 そんな唯一の時代を生き抜いた当人は、物憂げな表情でローグの隣を歩いていた。


『……ふぬぅ』


 ミカエラの腕の中でため息を浮かべるニーズヘッグ。

 ひたり、ひたり。ひんやりと冷えた尻尾を、ミカエラの腕の中に隠れ込ませている。


「どうしたのですか、ニーズヘッグさん」


『我はあまりここの空気は合わんようだ。気分が悪いというわけでもないが、本来の力の半分出せるかすらも危ういところだ』


「そうなのですか、よぉしよぉしですよ~」


『むぅ……むぅ……』


 回復魔法を帯びた手でニーズヘッグを撫でるミカエラ。

 イネスは、自身の右手を眺めつつ、「恐らく――」と呟いた、その時だった。


「着いたの。ここがティアたちが住まわされてるとこ、『聖のゆりかご』なの」


『ゆりかごなどと可愛い名前しているが、これではまるで広い隔離牢だな』


 皮肉げに言うニーズヘッグに、ティアリスは何も答えずに前へと出た。

 大きく隔てられた5メートル四方ほどの竹柵が、広い村を大きく囲っている。

 中に覗く藁葺き屋根の家下には、小さな子供や、老人の獣人族の姿が多く見られた。

 所々設置された松明の火の前には、屈強な獣人族の男たちが槍を番えて立っている。

 元々気性が荒いとされる獣人族の特色に加え、鍛え抜かれた筋肉質の肉体を保持する獣人の男は、大きな図体でティアリスの前に立ち尽くした。


「お頭から話は聞いている。獣約規範を二つも破った上に、外部の者まで呼び寄せるとはな。本来ならば懲罰房ものだ。今回はお頭の身内ということで裁量は甘いが――次はないと思え」


 厳しい顔つきで言う衛兵は、気に食わぬ表情で竹柵の門を開けた。

 その門の奥には、白髪白髭で顔を覆われた弱々しい獣老人が一人、杖を突いて立っていた。

 弱々しい立ち姿に反して、鋭い銀の眼光をティアリスに突きつける。

 ゴゥッ。と――。

 とても老人のものが放つと思われぬその眼光に、歴戦のローグでさえ、ぞわりと鳥肌が立つのを感じていた。

 恐る恐る、耳をたたみながらティアリスは呟いた。


「た、ただいまなの、ドリス爺……」


「……無事で何よりじゃ」


 労いの言葉を掛けるその老人。聖地林(リートル)前頭領――ドリス・マーロゥのその瞳は、全く笑っていなかった。

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