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始祖の魔王、喧嘩する。

 そこは見渡す限り木々に囲まれ、夜の虫が甲高い音色を奏でていた。

 光虫ヒカリムシが一行の前を過ぎり、暗闇の中にわずかな光を灯している。


「転移完了致しました、ローグ様」


 イネスは、ふっと息をついて言った。


「ありがとな、イネス。じゃティアリス、ここからは案内任せて良いかい?」


 ローグが優しくティアリスの頭をポンと撫でると、彼女は感慨深そうに頷いた。


「ここはご先祖様の匂いが強いかも、なの。ちょっと待ってて、旦那。周り見てくるの」


 ぴょんと、近くの木に飛び乗ってティアリスは目を閉じた。

 索敵を開始したティアリスを横目で見つつ、イネスは呟いた。


「私が知っている聖地林(リートル)の地点が、ここともう一つしかありませんでしたからね」


『なぁ……』


「何気、イネスは聖地林(リートル)と関わり深いもんな」


「ローグ様に蘇生させていただいた思い出の地ですから。シャリスの墓と、私が第二の生を受けた《始まりの間》は、いつでも飛べるように抑えております」


『おい、主よその、なんだ……」


 くんくんと辺りを嗅ぎまわるティアリスの後方では、気まずそうにニーズヘッグがちょいちょいとローグの袖に爪を引っかけていた。


「何だよニーズヘッグ、こっから忙しいって時に――」


 ふと、ローグが振り返った先には、見知った人影がそこにはあった。

 ぴょこぴょこと揺れる可愛らしく尖った耳に、華奢な白い体躯。

 全身を、古めの銀鎧で包まれたその少女は、ぺかっとした笑みを浮かべてローグに笑顔を向けていた。


「お疲れさまです、ししょー!」


「……どゆこと?」


 唖然と口を開けるローグに、狼狽するイネス。


「み、ミカエラ・シークレット!? あなた一体どこから……!?」


「イネスさんの転移の魔法に乗っかってきました。アデライドさんから、ししょーたちが遠くに行ってしまうと、聞いてしまったので……」


 寂しそうに俯くミカエラにも、イネスは冷静だった。


「わ、私が転移の際に気付いていればこうはならなかったことを! ローグ様。ここは責任を取って一旦私だけでも、ミカエラ・シークレットと共に皇国へと戻るべきでしょうか? 彼女を連れたままだと行動範囲も大きく絞られますし、何より彼女自身の安全を保証しきれません」


 イネスの言葉に、ミカエラは口を尖らせた。


「わたしには、回復魔法があります! それに、イネスさんが転移魔法を使ってきてここに来るまで見つからない、エルフの民の《隠密の術》もあります!」


「わ、私が不覚を取ったのは確かですが! 何のためにローグ様がアスカロンにあなたを預けたと考えているんですか。あなたにはまだ、経験が不足しすぎています。アスカロンで修行して――」


「修行は、ししょーの元だってできます!」


『お、おい二人ともその辺にしとけよ。イネス、貴様ももう少し何というか、言葉の掛け方というものがあるだろうが……』


 ローグの邪魔になるのを怖れて皇国に連れ戻そうとするイネスとどうしてもローグたちと行動を供にしたいミカエラが、互いにバチバチと火花を散らす中でニーズヘッグは、おろおろと二人の頭上を旋回しているばかりだった。


「まぁどっちにせよ、危ないのは確かだ」


『我はミカエラがいたとて何の不都合もないぞ。むしろ、娘の回復能力は凄まじいからな』


 ローグが、ミカエラを優しく説得しようと歩みを進めた。


「いいか、ミカエラ。今から言うことはきっちりと心に留めておいて欲しいんだ。今のミカエラは――」


 イネスの肩をポンと叩き、「ここからは俺の出番だぞ」とばかりに目線を送ったローグに、イネスが安堵の表情を浮かべた――その時だった。


「独りぼっちは、もういやなんです!」


 目尻に涙を溜めたミカエラの一言で、ローグの動きがぴたりと止まった。


「ろ、ローグ……様……?」


 イネスがローグの顔を覗き込む。


「……独りぼっち……沼地で一人でお絵描き……腐人ゾンビ骸骨兵(スケルトン)との無言鬼ごっこ……楽しそうな冒険者をじっと見てるだけの生活……独りぼっち……」


 ぶつぶつと、遠く彼方の記憶にあるぼっちコンプレックスを再発させている主の姿に、イネスは思わず後ずさった。


「そうだよな……ミカエラ、そうだよな……」


「そうですよ……! ししょーにとって、ラグルドさんや、グランさんがししょーを置いて楽しく冒険しちゃうんですよ?」


「ぐふっ……それは、辛い! 一緒に、冒険したい……! 一緒に、喜び合いたい……!」


『主が幼女に言葉で完敗しているな』


「ミカエラ・シークレットと、ローグ様の境遇は似て非なるものがありますからね……」


『そもそも、お前はどうしてそこまでミカエラ・シークレットの同行を拒む』


 ニーズヘッグは、怪訝そうに呟いた。


「彼女の回復能力、隠密術は随一です。私たちにとって、大いなる戦力になるでしょう。……上手く説明が出来ないことが心苦しくはありますが、今の彼女からは、その大きなメリットさえも打ち消すほどの、主にとっての不幸を――ナニカ(・・・)を感じずにはいられないのですよ」


『ほぅ、根拠はあるのか?』


「女の勘です」


『……曖昧だな。とはいえ、お前のは良く当たる』


 普段から現実主義のイネスが持ち出した《勘》に嘆息していたニーズヘッグの翼元に、ローグはポンと手を置いた。


「そういうことだ……ぼっちは……ぼっちはよくないということを、寂しいと言うことを俺は学んだばかりなのに……」


 嗚咽混じりに言うローグに従うしかない配下たちが、ジト目で主を眺めていた――そんな夜の冷風が、ほんのりと熱を帯びていた。


「――っ!!」


 ビクンと、偵察のために樹上にいたティアリスの肩が跳ね上がった。

 遠方に微かに見えたのは、幾粒もの紅の光だった。


「旦那っ! 伏せるの!!」


 ティアリスの声が響くと同時に、ローグはミカエラの頭を抱えて地に伏せた。


『むんっ!!』「――はっ!」


 突如として、一行に襲いかかったのは火矢だった。

 ニーズヘッグはティアリスを、イネスは主とミカエラを護るように前に立って矢を撃ち落とす。


 ドドドドドドッッ!!


 防ぎきれなかった火矢は、一行の周りを円のように取り囲む。

 草むらに炎は移り、暗闇の中でも彼らの姿だけがはっきりと浮かび上がる。

 

『くはははは、いい的ではないか』


「ローグ様、応戦の許可を」


 2人の言葉に、ローグはミカエラを抱えて首を振った。

 ボツボツと現れる炎の気配は、凄まじい速度で移動していた。

 火矢を持った者が高速で移動し、視線を攪乱しようとしていたのだ。


「必要ない」


 ティアリスとミカエラを二人に預けたローグは、火矢の炎で描かれた円の中央に膝を付き、指で地面に小さな丸を描いた。


腐人ゾンビ50、骸骨兵スケルトン50、死霊術師の蘇生術(ネクロマンス)解除。半数は盾となり、半数は遊撃へ」


 ズゾゾゾゾ――と。


 悍ましい気配と、圧倒的な負のオーラが闇より出でる。


「――殺すな、姿を炙り出せ」


『ヴァァァァォォォォォォッッッ!!!!』


 ローグが拳を握りしめた瞬間、円心状に現れた《不死の軍勢》は、奇妙な雄叫びを発して不規則な動きで闇の中に消えていったのだった。

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