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死霊術師、戦力を補充する。

『ようイネス。そっちはやけに静かだったな』


 そう言ってイネスの横に降り立ったのはニーズヘッグだった。

 熱気を含んだ夜の風に、イネスは少し不快感を示していた。


「そちらの方は随分と派手にやったようですね。下品な音がここまでよく届いてきてましたよ」


『くははははは! 死龍ドラゴンゾンビの群れが意外にもしつこかったのでな。一気に屠る方が楽だったのだ。龍王の吐息(ドラゴンズ・ブレス)を使ったのは久々だ』


「あぁ、地平線ほどにも広がる大火炎で相手はおろか地表や地形までも削る、下品極まりない力業のアレ(・・)ですか。どうりで焦げ臭いわけです」


 嘆息したようにイネスはその方角を見た。

黒い煙が延々と立ち込める空を眺めて言う。


「もう一頭の方はどうしたんですか?」


『ん、邪毒龍ヴリトラか。我の言葉に全く耳を貸そうともしなかったのでな。綺麗な消し炭にしてやったわ』


 巨体を揺らしたニーズヘッグは、『ふう』と小さく息を吐いてミニマム化して、ちょこんと草原に寝そべった。


『ところで、お主が自分の戦いが終わってから主の元に馳せ参じないのは珍しいものだな。かつての同胞を屠って、何か感慨に耽るものでもあったのか?』


 暢気に、自らの横に佇むイネスを見てニーズヘッグは首を傾げた。

 イネスは、風に揺れる銀のポニーテールを振って、「まさか」と一蹴する。


「今のローグ様のお邪魔をするわけにはいきませんからね。それに、私たちが行ったら全部壊してしまう(・・・・・・)ではないですか」


『……それもそうだな。くはははははは!!』


 創るよりも壊す方が得意な2人にとっては、闇夜の中で蠢くそれらを見守ることしか出来なかった。


○○○


 水平線に日が落ちると同時に、辺りは闇夜に包まれ始めた。

 ケルベロス、イフリートら魔人勢と龍の勢力はそれぞれイネス、ニーズヘッグが撒いてくれている。


 そして、彼らの主でもあるローグは自らに向かってくる数個の巨大な影に含み笑いを隠せないでいた。


「これは、実にいい材料になりそうだ」


 夜こそが、異類異形の者達の本領が発揮される。


「モブッッ!!」


 巨人、トロ-ルが合計7体。

 体長約3メートル近いゴブリンキングほどの大きさを有する毛むくじゃらの怪人だ。

 《亜人》種に分類されるが、ゴブリンほどの知能はない。

 本能の赴くままに力を振るい、本能の赴くままに全てを破壊していくその怪人は近年急速にその姿を見せなくなってきているのだが。


「トロール一体で、兵士50人単位を相手取れる力は今の俺たちにはありがたい存在だ。無駄には出来ない。……にしても《亜人》に()掛けるのは随分と久々だなー」


 ローグは「ふぅ」と短い息を吐いた。

 辺りは闇に包まれている。正に死霊術師ネクロマンサーの本領が発揮される時間帯だった。


 ――残存戦力は3648。先の対亜人野戦によって、全戦力の6%の消失が確認されています


 イネスが確認した戦力では、6%の消失が確認されている。

 対亜人野戦よりは遥かに戦力を投じる必要も出てくるだろう。

 おおよそ、一個体の単純戦力はスケルトン・ゾンビ群の100倍はある。


「……実に手に入れたい戦力だ」


 ローグは腰に提げた短刀で親指の先を小さく切った。

 ぽたり、鮮血が地面に落ちて染み渡る。

 瞬間、悍ましい冷気が場に満ち満ちていく。


「ポ?」


 《巨人》トロールも、その雰囲気だけは感じ取っていたようだ。

 本能に従って、ローグの元に駆けていたトロールの脚が止まる。

 その隙に、ローグは流れる血で地面に小さな円を描いていた。


「《死霊術師の蘇生術》、開放」


 ズゾゾゾ――と。


 地中から、蠢くようにして。土をはね除けるようにして、ローグの前に黒の一団が現れる。

 出てきた黒の一団の胸からは、主とコネクトするかのようにそれぞれ一本の光のような線がローグの手元に握られている。

 おおよそ100程度の骸骨兵(スケルトン)腐人(ゾンビ)の軍勢だ。

 簡易的な木製盾と骨製槍を携える骸骨兵スケルトン、そして腐敗臭漂わせる腐人(ゾンビ)達は、静かに主の命を待っていた。

 

「傷物にはしてくれるなよ。耐久性が低くなるしそこから腐敗したら元も子もないからな。んじゃ、死霊術師の誓約(ネクロマンス)解除だ。思う存分っ! 暴れてこい!」


 ローグが言うや否や、押さえ込まれていた彼らの魔法力が一気に上昇。


『ゴギギ……ギギ……ギギ……!!』


 ピキピキと骨同士が蠢き合う音、そして肉と肉が擦れる音が場に響き渡っていく。


「ブモッ!!」


 トロールは、その巨腕で近付いてくる有象無象を蹴散らしていく。

 彼らにとっては、スケルトン風情は自身に群がろうとするありと何ら遜色はない。

 一つ腕を振れば、盾で防ぐか吹き飛ぶか。それだけの話だ。

 怪力を持ってして、骨槍を突きつけてくるスケルトンをトロールはいとも簡単に持ち上げる。


「ギキッキャ!?」


 トロールは首を傾げながら、持ち上げたスケルトンを両手で持ってその背骨を折る。

 パラパラと骨片が舞い落ち、力を無くして墜落していく中で――。


 ――ズッ。


 背後から、別の個体が槍を突き立ててくる。

 トロールは違和感と共に、背後を振り返り、スケルトンを上から脚で踏み潰す。

 と思えば上空から、前から、足下から、そして再び背後から。

 数に物を言わせて群がり出すスケルトンの対処に追われ回るトロールは「ブモォォォォォォォッッ!!」と、今晩一の雄叫びを上げて両腕を地面に振り下ろした。

 その衝撃で、多くのスケルトンが空を舞い、地面にはクレーターが広がっていく。


 その、たった一瞬生じた隙を。


「皆よくやってくれた。感謝する」


 ――死霊術師(ネクロマンサー)は待ち望んでいた。


 トロールが再び腕を上げる前に勝負を決められるように、ローグの手元には一本の直剣が携えられていた。

 スケルトン勢の屍を踏み越えて、宙を舞ったローグの視線はトロールに向けられていた。

 直剣を、トロールの胸正中に押し当てる。

 最小限の力と傷で、ほぼ五体満足の完全体状態で、戦力を手に入れるために。

 ブツリという音と共に肉を貫通させ、心ノ臓へと一直線に刃を向けた。


「――モ……」


 コプリ、血を吐き出すトロールの緑色の目から光が消え、魔法力供給の波が途絶えた。

 それは絶命を示す証であるとも言えた。


「悪いけど、第二の生(・・・・)は俺のために生きてもらうよ。その代わり、存分に暴れさせてあげよう。本能の赴くままに、ね」


 ローグは不適に笑みを浮かべ、直剣に魔法力を込めた。


死霊術師の蘇生術ネクロマンス・リザレクション


 培ってきた力を込めて、直剣伝いにトロールに流し込む。


 ドクン、と。


 停止していた心ノ臓が再び鼓動を再開させ始めた。

 目に黒い光が灯ると同時に、トロールは先ほどまでの大暴れ状態とは打って変わって大人しくなった。


「……モゥ」


「ん、これからよろしく頼む。後、7体か。出来れば全部完全体の状態で欲しいな」


 ローグはそう言って、死霊術の魔法力を込めた直剣を携え直して、次の目標を定め直したのだった。

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