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《ドレッド・ファイア》、弱点を見つける。

 ――ゴブリンロード。

 推定ランクはAを越す、夜の住人とも言われるゴブリンの中の王である。

 一国に一個体存在するかしないかという希少価値を持つそれは、突然変異種というわけではない。

 ゴブリンとして生を受け、数々の傷を負い、数々の冒険者達との闘いを生き抜き、数十、数百年をかけて辿り着いたその境地。

 体長おおよそ3メートル。下級ドラゴンをその腕力一つで屠るほどとも言われるゴブリンロードの太い手足は、直撃すれば即死することは明らかだ。


「やっぱ、他の奴等とは段違いだな」


「初任務がこれって、俺たちもしかして結構ツキの無さで言ったら断トツなんじゃ……?」


「むしろ断トツでラッキーじゃんよ、ラグルド。グランのおっさん追い越して、ドレッド・ファイア(ウチ)が『アスカロン』のトップに立つんだろ?」


「そういや、そんな事も言ってたっけ。ローグさんが来て、SSSランクになって帰ってきちゃうから叶わなそうだけど、ナンバー2では、いたいかな」


 雲がはれ、空には満月が浮かんでいた。

 銀光が確かな輝きを放ち始めると同時に、ラグルドとシノンは大地を強く蹴り上げた。


 炎属性の魔力付与エンチャントを施したラグルドの直剣と、シノンの槍が手ぶらで待ち構えるゴブリンロードの身体に触れる、その直前に。


「ការប្រែចិត្តជឿ――」


 ゴブリンロードがうめき声のような音を出す。


「あぁん? 具現魔法だと?」


 思わずシノンの顔が強張った。

 魔法力が集約し、ゴブリンロードの右腕には、ラグルド達の背丈ほどもある巨大な剣が現れたのだった。

 刃先が少々刃こぼれしているものの、月夜に反射して輝く銀の巨大刃には思わず2人の背筋が強張った。

 高等魔法の部類には入らないが、思い浮かべる形などを正確に把握していないと上手く発動しないそれは、常人が使うことすら難しいとされる。

 使用具を細部まで脳内補完し、形にする際にも魔法力の微細なコントロールが必要とされていることから、具現魔法は衰退されたとされているはずなのに――。


「……っ!!」


 ガァンッ!!


 ラグルドは力任せに直剣を振り抜いた。

 シノンも小手調べとばかりに槍の先端・穂を首に目がけて突き出すが、その攻撃の両方がゴブリンロードの持つ巨大な刀身に阻まれてしまう。


「ខ្ញុំមិនអាចធ្វើវាបាន។!」


「何言ってっか全然分かんねぇんだよ、このデカブツがぁぁぁぁッ!!」


 くるりと獲物を反転させて上段から振り下ろしにかかったシノンだったが、ゴブリンロードはその体躯に似合わない動きで後ろに反れていく。

 ラグルド、シノン両名が剣と槍を振り下ろしたその瞬間に生まれたわずかな隙。


「ខ្ញុំមិនអ!」


 大きく振りかぶったゴブリンロードは、力任せにその大剣を振りかぶる。


「いっっっっってぇ!!」

「ぐ……!」


 即座に槍の柄で大剣を受け止めるシノンと、その衝撃でラグルドも同様に吹き飛ばされる。

 ミシミシと骨が軋む音が聞こえたと思えば、2人の身体はいとも簡単に宙に投げ出されていた。

 かろうじて着地をしたシノンが、隣で尻餅をついているラグルドに毒づく。


「ラグルド! お前また怖じ気づいてんのか!」


「いや……なぁ、シノン、よく見てみろよ。あの剣、見覚えないか?」


「あぁ?」


 ゴブリンロードが大地を蹴って、2人に急接近する。

 武器は完璧に模倣でいても、剣術までは完璧ではない。

 ざっくばらんに、右に左にと大剣をぶんまわすゴブリンロードの攻撃を一切受け付けないように回避しながら、シノンは訝しむ。


「先端が刃こぼれしてる、くらいか? そういや、完璧に模倣してるっぽいのにそこだけ雑なのもおかしいが――……」


「ើវាបាន។!」


 ドゴンと、鈍い音と共にゴブリンロードの一撃が大地を穿つ。

 砂埃と土塊が空へと浮かび、地響きが鳴る。

 そのさまにピンと来たシノンは、態勢を立て直してラグルドの隣に立った。


「そういうことか。あれは木剣ぼくけんだってことか? Cランクパーティー『アーセナル』の団長が使ってたってやつ」


 Cランクパーティー『アーセナル』。

 先日、ラグルド達の行った昇格試験における、デラウェア渓谷《空白の第11階層》にて痕跡を残していたパーティーの名だ。

 アスカロンでも捜索隊による調査が続いていたが、結局掴めた手がかりは11階層に残されていた武器や防具などの備品のみ。

 そのパーティーの長は、木剣ぼくけん使いだったことをラグルドは思い出していた。

 シノンは、呆れたように思い浮かべながら言う。


「そういやいたよな。鉄製の剣にしておけばいいものの、わざわざ木剣にランク落として使ってた偏屈団長だっけか。装飾だけは鉄製の剣を真似てたんだっけ」


「アーセナル団長は風属性魔法の使い手だったんだ。自然を味方にして闘う手法で、木剣とは相性が良かったんだよ。風属性の魔法と地脈の流れを使った擬似的な魔力付与(エンチャント)も可能だったしね」


「なるほど、そりゃ木造剣でも強ぇな」


 じっと、シノンがゴブリンロードの大剣を見て「そういうことか……」と小さく呟いた。

 ラグルドは落ち着いた声音で言う。


「あいつが、アーセナル団長の木剣を質そのままに模倣(コピー)したんだったら、付け込む隙はそこしかない」


「アーセナル団長が使えばそれなりの強さだったが、それ以外が使えばただの木剣ってことか。それにラグルドの炎属性付与(エンチャント)があれば……!」


「そういうこ――とっ!」


 ラグルドとシノンの間に割って入るように、ゴブリンロードは剣を突き立てる。


「シノン! 30秒だけ奴の相手頼んだ! 全部の魔法力使い切るッ!」


「人使いが荒いリーダーだな! 了解――!」


 シノンは、言うや否やゴブリンロードの間合いに踏み込んだ。


「らぁぁぁぁ!!!」


 雄叫びと共に槍の穂を横薙ぎにしてゴブリンロードの脇腹を斬り裂こうとするも、その灰緑の皮膚は堅すぎて少しも刃が通らない。


「物理攻撃だけじゃ、無理か……!」


 歯ぎしりをするシノン。

 ゴブリンロードの垂らす涎がふと、シノンの頬を掠めた。

 微かに緑がかった顔が紅潮しているゴブリンロードは、荒い息と唾液を撒き散らしながら、片腕でシノンの腕をグッと掴んだ。


「សូមក្លាយជាប្រពន្ធរបស់ខ្ញុំ!  សូមក្លាយជាប្រពន្ធរបស់ខ្ញុំ!」


「だっから、何言ってんのか分かんねぇってぇぇぇぇ!!」


 気味の悪い笑みだと分かりながらも、その力強い腕力を振り切ることは出来ないシノン。

 そんな時だった。


「助かったよ、シノン!」


 ゴブリンロードは、迫り来るラグルドの気配を感じ取った。

 もはや脅威とも見なしていないのか、シノンの腕をがっちり掴みながらゴブリンロードは空いた片手で剣を構え、ラグルドのそれ(・・)を迎え撃とうとしてしていた。


「――炎属性属性付与(エンチャント)蒼炎剣(クリムゾン・フレア)


 剣の形が、ゆらりと形を変える。


 ボォッと。


 蒼い炎を纏ったラグルドの剣は、振り下ろされるといとも容易く木剣の刀身を折った。

 一瞬にして真っ赤に燃え上がったのは、折れた刀剣。

 人間が見ても、ゴブリンロードの狼狽ぶりが窺えた。


「……សូមក្លាយ?」


「それは、お前じゃ扱い切れないよ」


 ラグルドは、無防備となったゴブリンロードの胴を目がけて属性付与(エンチャント)剣を振り抜いた。


「――សូ」


 ゴブリンロードはそれを防ぐ間もなく、胴体からプスプスと焦げた匂いを漂わせていた。

 身体の奥深くまで刻まれた炎属性の魔法。身体を揺らめかせ、力尽きたようにシノンの身体から手を放した。

 するりと、シノンが地面に落とされると同時に、3メートルほどのある大きな身体はようやく地に沈んでいったのだった。

 

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