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《ドレッド・ファイア》の冒険

「グォォォォォォォォャッ!!」


 ヒトの腰ほどしかない身長のゴブリンだが、その俊敏さはかなり厄介なものだ。

 ゴブリン(かれら)1頭1頭の持つ小刀の先に塗られた液体は、触れれば一瞬にして全身に麻痺が伝わる植物性の毒である。


 毒が身体を巡り、硬直した所に多数で群がって滅多刺しにして相手を屠る。それがゴブリン達の基本戦術だ。


「コイツら、突いても突いても、キリ……ねぇぞ! 悪いが援護射撃止めてくれんなよな!」


 冒険者・正規兵連合の先頭を切り開くのは、シノンら槍使い(ランサー)と長刀持ちの近接戦闘組だった。

 長獲物を武器とする近接戦闘組を前方に突き出し、陣形は三角の形を作る。

 周りは、皇国正規兵ら直剣部隊、盾士部隊が護り斬り伏せ、中央に近接に弱い銃士と魔法術師を配置。

 隊列の隙間を縫って魔法射撃を繰り返している。


「ラグルド達は体力温存だ! その代わりゴブリンロード(やつ)は確実に仕留めろよ!」


「……もちろんだ!」


 シノン以外のドレッド・ファイアは隊列中央に配置されている。

 ダルン地区最大戦力である彼らをゴブリンロードにそのままぶつけるためにとの温存策だった。


 ポーション・魔法力回復薬(マジックポーション)が絶対的に不足しているなかで、一撃必殺の光魔法を浴びせる魔法術師、銃士の援護射撃は必要不可欠だった。


「んらぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ゴブリンの胸元に槍を突き立て、強引に力で振り飛ばしたシノンは汗を拭って前方を見る。

 各々、巨大斧持ちのゴブリンキングを先頭に、小刀装備のゴブリン達がバラバラに突っ込んでくる。

 突っ込んでくる雑魚を蹴散らして道を作るのがシノンらの役割だとすれば、ゴブリンキングの討伐は正規兵達の役割だ。


「ゴフンッ!」


 生温かい荒息と共に振り下ろされるゴブリンキングの斧。

 2メートル大の筋肉質な身体から振り下ろされるそれは、地面を穿つと大きなクレーターを形成していく。


「サルディア皇国の名にかけて、二度の敗戦は恥と知れッ!」


 5人1組を崩さず、死角をつきながら善戦していくのは正規兵組。

 ゴブリンキングの繰り出す力任せの攻撃を紙一重で避けつつ、反撃の機をうかがっていた。


「へぇ、奴等もなかなかやるじゃんな」


「前は闘い方が特殊で分からなかったってだけだろうね。グランさんとこも、上手くやってるといいんだけど――」


 シノンとラグルドは目を合わせた。

 もうすぐ日も暮れる。

 オレンジ色の夕日が地平線に落ちていくなかで、それぞれの鮮血が宙を舞う。

 世界が赤に染まり、場は乱戦の様相を呈していた。


「魔法術師部隊は永続的火属性魔法を準備しろ! 夜目の効く魔物の好きにさせるなよッ!」


 どこからか檄が飛ぶ。同時に、隊列上空には、辺りを照らす篝火が出現する。


「よし、見えた! 見えたぞラグルド!」


 横陣を敷いていた魔物軍との乱戦は続き、ゴブリンロードの姿をシノンが視界に捉える。

 いくら叩いて死屍累々の山を築いても、前方で紫の光が出現したと思えば、一個小隊分のゴブリンが乱戦に追加される。


「う……らぁっ!」


 温存策に出ていたラグルドも、剣を振るって突入していく。

 ゴブリンの肩に刃を斬り下ろし、ずぷりと言う粘着質な音と共に剣腹を捻って首を搔き切る。


「ゴァ――」


 血を吹き上げながら、空を舞う首がごとんと地に落ちる頃には、もう次の標的に刃を向けている。


 冒険者・正規兵連合とて無傷では終われない。

 麻痺毒を含んだ小刀が掠り、全身に行き渡り、その場で停止。

 その隙に、数体のゴブリン達が鎧の隙間を縫ってザクザクと滅多刺しにしていく姿を踏み越えて進むしか無かった。


「冒険者引き連れて行ってくれ、ラグルド。ここは皇国正規兵(われら)が死ぬ気で請け負おう。これ以上無様な姿をカルファ様に晒すわけにもいかん」


 刃こぼれを起こしながらも闘う正規兵の1人がラグルドの背中をポンと叩いた。

 乱戦は続く。ここで最大戦力の一つである冒険者連合が抜けるのはかなりの痛手でもあったが――。


「――シノン!」


「了解だぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 ラグルドの合図と共に、シノンは槍を地面に突き立て、反動を利用して大空へと舞い上がる。


「衝撃魔法、魔槍地変(アルマゲドン)ンンン!!」


 待ってましたと言わんばかりに、シノンは槍の先端になけなしの魔法力を込めた。

 シノンが使える魔法力の全てを注ぎ込んで、魔物群がる大地に向けて放たれたその槍は、地面に直撃すると同時に辺り一帯に巨大な衝撃波を生み出した。


「ヴァァァァァァァッ!?」


「よっしゃ雑魚共は全員吹っ飛んだぞ! 後はよろしくリーダー!」


 生み出された衝撃波によって、横陣の一部は崩壊。

 わずかに出来た隙間の先には、総大将であるゴブリンロードが左腕に魔法力の波動を滾らせていた。


「って、やべぇな読まれてたんじゃねーか、これ……?」


「伊達にゴブリンの王張ってないだろうしな」


「悠長な事言ってる場合かラグルド!?」


 シノンは着地すると同時に、槍を回収してゴブリンロードの射程圏内から逃げだそうとする――が。


「ការប្រែចិត្តជឿ」


 一閃。


 ゴブリンロードの丸太ほど太い左腕が前に突き出されると、ラグルド達を目がけて大質量の闇を纏った魔力弾が撃ち出された。


「やっば!?」


 逃げ遅れたシノンの視界が、禍々しい黒に侵食されたその時だった。


魔力付与(エンチャント)、炎撃剣!」


 シノンの前を過ぎったのは、昔馴染みの魔法力の気配。

 炎の魔法力を纏った直剣は、闇の魔力弾を真っ二つに斬り裂いていった。


「っしゃ! っしゃ! 俺にも出来たよ、ローグさん!」


「ら、ラグルド、あんたいつの間にそんな高等技術身につけたんだよ?」


「あぁ、すげーだろ。ローグさんに教えてもらったんだ、魔力付与(エンチャント)。どうしてもカッコよかったからな」


 少年のような純真な瞳を輝かせるラグルドに、シノンは「はぁ」と小さくため息をついて立ち上がった。


「まだ行けるね? シノン」


「あぁ、あんなバケモン(・・・・・・・)後ろにまわすわけにはいかねーからな!」


 刃に反射していた日も完全に地平線へと落ち、辺りは暗闇に包まれる。

 魔法術師達が灯す篝火以外の光が失われた、魔物達のフィールドだ。

 そんな過酷な状況下の中での新生Bランクパーティー《ドレッド・ファイア》最初の任務が始まったのだった。

 

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